　然（しか）し、斯（か）くも我儘（わがまま）を云（い）う様（よう）に成るとは、何と不恩知（おんしらず）な事で御座（ござ）いましょう。既（すでに）、斜陽を了（おえ）たと申しても差支え無き程（ほど）の属国で有り乍（なが）ら、其処（そこ）へ帰ろう等と申すのは、身に余る程（ほど）の豪奢な暮（くらし）に飽いた者の驕慢（きょうまん）に違い有りません。

　而（しか）して、度々（どど）、我が主に対して恥可（はずべ）き振舞を繰返した事は言う迄（まで）も有りますまい。私（わたくし）が辟易する程の破廉恥な媚態（びたい）を晒したかと思えば、無礼極まる猥雑な言（ことば）を不所構（ところかまわず）投げる等致（いた）しまして、度々（たびたび）、我が主は苦笑を漏らす御容子（ごようす）で御座いました。仮令（たとえ）、我が主が十六色の宝石の彩（いろ）が輝かしい鞘（さや）から、眼を灼（や）く程の光明を放つ刀を抜き、エメラルドの首輪へと一閃（いっせん）、パルムの頸（くび）から上が、乳白の絨毯の上に、独楽（こま）の様に回りました所で、同情する者が在りましょうか。

　併（しか）し、百年に一度の大災厄から民々（たみども）を一人残らず救済（おすくい）になられた我が主の事で御座（ござ）いますから、傲慢な態度を示す彼（か）の女に、何とも勿体なき御言葉の数々を御恵みになり、北の珍鳥の羽で作った扇、東の熱帯に五年に一度だけ咲く華で拵（こしらえ）た香水、西の大海（たいかい）奥深くに棲む大魚の鱗を磨り潰した香辛料（スパイス）……他、二十六種大小の真珠を嵌（はめ）た冠、踏入る者が無多（すくなき）雪山に咲く老樹の虹色の樹液を凝固（かた）めた美麗な靴、終日（ひねもす）、如之炎熱地獄照返（えんねつじごくのごとくてりかえる）、世界の果てに在る砂漠の、無目印（めじるしなき）所に忽然（こつぜん）と現（あらわれ）る朱色の霞（かすみ）を蒐（あつ）めた唇紅（くちべに）と、様々な豪奢（ごうしゃ）極まる宝品（たから）を御与えに為（な）ったので御座います。

　扨（さて）、斯様（かよう）な厚遇を施された所で、パルムの放埓（ほうらつ）振りが止（や）む気色（けしき）は有りません。而（しか）して、我ら老人衆は夜夜（よなよな）集い、善後策に思案を巡らして居（お）りましたが、天網恢恢疎（てんもうかいかいそ）にして漏（も）らさぬ様（よう）な術は思い浮かばず、不相変（あいかわらず）、彼の女の堕落し尽（つく）した生活は無聊（ぶりょう）する暇無（いとまもな）く、業を煮やした幾人者（いくにんか）は、乱暴狼藉（らんぼうろうぜき）な手段を以（もって）しても、忠臣の矜持（きょうじ）を示さんと息巻く始末で御座いました。

　勿論（もちろん）、私も冷静を装えぬ段（だん）になって居（お）りましたから、佞悪（ねいあく）な手法に拠（よ）ってでも、王宮から彼の女を除かなければ成らぬと考えて居りました。然（しか）し、下手な事を致しますれば、我が主から天上の神々を凌駕する聖なる鉄槌が下（くだり）、私身（わたくし）は文字通り木端微塵（こっぱみじん）に変（かわ）るに相違（そうい）御座いません。南国遠征から凱旋為（な）された折には、斯様（かよう）な重大事（じょうだいごと）が起こるとは思って居りませんでしたので、衆の中には、彼（か）の国の謀（はかりごと）で有る等と、見当外れ甚（はなはだ）しい憶測を飛ばす者も有りました。我が主の御威光の前に、無抵抗（ていこうなく）、武器を捨て平伏（へいふく）致した彼（か）の国の者共が、其（そ）の様（よう）な涜聖（とくせい）を働く等と推察すると云（い）うのは、酔狂な譫言（うわごと）に相違（そうい）有りませぬ。

　無論（むろん）、パルムを野放図（のほうず）の儘（まま）にして置く訳には行きませんから、私共（わたくしども）が何度も顔を突き合わせ忌憚（きたん）なく舌戦（ぜっせん）致しましたのは申し上げる迄（まで）も有りますまい。議論は壮絶を極（きわめ）、或者（あるもの）は彼（か）の女を暗殺すべきと云（い）い、又或者は王国の版図拡大の為の一策に堕（りよう）すべきと云い、更（さらに）或者は彼奴（かやつ）に精神的罰則を加える可（べ）しと熱弁致す次第で御座いました。然（しか）し、時を忘れる程の激論も実らず、我等（わたくしども）は、何の手応（てごたえ）も得ぬ儘（まま）に、散会するより他（ほか）は在りませんでした。

　無論之事（むろんのこと）、盛者必衰（じょうしゃひっすい）を避けられぬ宿命は世の理（ことわり）とでも申しましょう。

　パルムが王宮に迎えられてから、二年経（た）てた五月の事、彼（か）の女が或使用人を殺害（せつがい）したとの報（しらせ）が、私の許（もと）へと届いて参りました。放蕩（ほうとう）の限りを尽（つくし）、艶然たる態度を始終（いつでも）振舞（ふるま）う不遜者（ふそんなもの）で御座いましたから、使用人を誑（たぶら）かし、関係の縺（もつ）れから自ら手を下したとの由（よし）、不自然な事は全く有りますまい。此（こ）の事許（ばか）りは、天地開闢（てんちかいびゃく）以来比類無（ひるいな）き聖人君子で有（あ）る所の我が主と雖（いえども）、憤慨なされる事は自然の数（すう）で御座いましょう。評議する迄（まで）も無く、パルムは即刻に火刑に致す事と相成りました。

　併（しか）し、南の彼（か）の国より、我が主の御寛恕（ごかんにょ）を請（こ）う陳情の者が参りましたので、何が有（あ）ろうと、一考する事を忘れぬ冷静な性を具（そな）えた我が主の事で御座いますから、其（そ）の言訳に耳を傾聴（かたむけ）る事、厭（いと）う筈（はず）無く、最期（さいご）まで其（そ）の妄言（いいわけ）を吟味致して居（お）りました。然（しか）し、斯様（かよう）な有命乞（いのちごいあり）と雖（いえど）も、公序と良俗と公平とを重んじる事が優先で有ろうと云（い）う我が主の審判に、異論無く、彼（か）の女を恩赦（おんしゃ）致しては云々（うんぬん）等と云（い）う進言は一（ひとつ）も御座いませんでした。

　扨（さて）、多少の遅れは有りましたが、火刑の日は光陰矢の如く訪れたので御座います。何とも哀憫（あわ）れなる事で有りましょう。彼（か）の女の末期（まつご）の日は、天、憤怒の業火を吠えて居（い）るかの如く、今迄（まで）に眼にした事の無い程（ほど）の大快晴（よきひより）に相成ったので御座います。

　喧喧囂囂（けんけんごうごう）の火炎（ほむら）は瞬間（またたくま）に雷（いかずち）の如く彼の女の総身に走りまして、数分も経たずして、否、否、数秒も数えずに、天地開闢（てんちかいびゃく）以来比類無（ひるいな）き聖人君子で有（あ）る所の我が主の所有（もの）の現世から、夢幻（ゆめまぼろし）の如く、滅び消えて終（しま）いました事は、これ以上、仔細（しさい）に描写する迄（まで）も有（あ）りますまい。…………