　彼（か）の姫様程（ほど）に狡猾で佞悪（ねいあく）な存在が有（あ）ろうものでしょうか。自らの親族を一挙に絶命させただけでは無く、彼らを奔放たる止めどない慾に正直な侭（まま）に操り、相討（あいう）たせる等の所業は、此（こ）の世の者の致すことでは御座（ござ）いません。

　屹度（きっと）、デイモンに憑依された――いや、自らデイモンに清純なる心魂を売ったに相違有りません。流行のオカルト・サイエンス曰く、デイモンの存在は、全くの虚構では無いとの事で御座いますから、私（わたくし）が知らぬ間に、デイモンに心身を…………

　嗚呼（ああ）！　もう、清冽（せいれつ）な湖と美しき星々と荘厳な音楽と――此（こ）の世の聖なる物の全てを体現した、彼（か）の姫様は、二度と見られぬ儘（まま）、私は自らの生涯を終えるのに違い有（あ）りません。

　然（しか）し、誰もが生きている限りに於（お）いて、不埒（ふらち）な振る舞いを犯さぬとは言い切る事が出来ますまい。激烈に色を好みもすれば、怨敵が被苦痛（くつうをこうむり）、悶えている有様を見て異様なる興奮を覚える事も有りましょう。

　デイモンは我々の影に密（ひそ）み、吾々（われわれ）を後ろから刺そうと意気込んで居（お）り…………而（しか）し、陽さえ沈み去れば、如何（いか）なる影も夜闇に紛れ散逸（きえて）しまうのは理（ことわり）で御座いましょう。

　併（しか）し、姫様は、陽の沈まぬ国に棲（す）み、酒池肉林に惑溺（わくでき）し、色戯（いろあそび）に沈湎（ちんめん）し、怨敵を悶死させる事に快（エクスタシヰ）を覚える、古今東西の和洋浩瀚（わようこうかん）の書を紐解（ひもと）いても似写し（ドッペルゲンガア）等は見つからぬ、唯一無二（ただひとつふたつとない）悪女と申しましても誇張とも言えますまい。

　悪辣（あくらつ）極（きわま）る振る舞いを露悪せず、佞悪（ねいあく）なる本性を偽善の仮面で蓋（かく）し、慾を満たす為（ため）の計略を巡らし、如何（いか）なる聖人の如き者をも誑（たぶら）かし翻弄（ほんろう）し挙句頽廃（たいはい）させ、奈落への抜道（ぬけみち）を創造する彼（か）の姫様こそ、天地開闢爾来初（てんちかいびゃくじらいはじめて）の悪女と申しました所で、誰が異論を唱えると云（い）うので御座（ござ）いましょう。

　恐（おそらく）、姫様に篭絡（ろうらく）されて居（い）る者共は「否」と申しましょう。然（しか）し、其（そ）れは、善悪の判別を失（なく）し理性を唾棄（だき）した人間に有（あ）り勝（が）ちな事で御座いましょう。斯様（かよう）な迄（まで）に姫様の掌（たなごころ）で滑稽に振る舞う有様は、眼を覆いたくなる程（ほど）の為体（ていたらく）。

　嗚呼（ああ）！　清廉（せいれん）で兼（あ）り潔白、お優しき御心（おこころ）は天上の神々の如く、正義の錦（にしき）は天使の息吹に靡（なび）き、御威光は遍（あまね）く地上を照らす、彼（か）のレイク様迄（まで）もが、姫様の前に堕落し、憐れなる有様へと成下（なりさが）りましたのは、何とも形容し難（がた）い屈辱で御座います。　