第3話 ちゅきと言うこと!

 こうして、故郷に戻ってきました。


 聖王都ブラン。


 歩道から、家から屋根から、花壇にある花から全て真っ白な、白聖女サン・ネージュを祀る都。

 全都市の中で白聖女サン・ネージュが一番多く産まれることから、使徒の都ヴィル・アポトールなんて呼ばれている。


 みんな、白聖女サン・ネージュになりたくて、髪を白く染めたりしている。洋服だって純白だ。


 小さい子の間では、白聖女サン・ネージェごっこが流行っていて、白のかつらぺリュックを被り、


「わたしは白聖女サン・ネージュ! もう大丈夫よ! わたしがいやしてあげる!」


 と、両手をかざして、はしゃいでいる、無邪気に。


 あの無邪気さが、私には痛い……。



 そんな街中で、黒聖女サン・ノワールの私は……。


黒聖女サン・ノワールだ!」


「またこの聖王都に災いが降りかかるぞ!」


「去れ!」


「…………」


 オークさんたち以上に歓迎されていない。


 災いだって、私が産まれた時に、たまたま大災害が起こっただけなのに……。


「わははは!」


「ふえ?」


 オークの王様はいきなり笑い出した。


「清々しいほど不羽向ぶはむきだな!」


「すいませーん!」


「謝ることはないぞ! わはは!」


「あれオーク王じゃないか!」


「しかも黒髪!」


「黒に黒!」


「この世の終わりだぁ!」


「…………」


 確かに王様は目立つ。下はちゃんと黒のズボンパンタロンを履いているけど、上半身は裸に灰色のブルゾンみたいな上着しか着ていないから……。

 右腕から見え隠れしているドラゴンの刺青とかが怖いんだよー。


「わははは! そんなことで終わるちっぽけな世界なら! 終わればいい! わははは! ほらっ、お前も!」


「わ、わはは?」


「そうだ! わははは!」


「——……」


 王様の大きな声で、周りの人の声が薄れて少し軽くなった。

 それに二メートル超えの身長と、大きな声で、町の人の視線はみんな王様に集まっている。……もしかして、私を庇うためにわざと?


「うむ! 着いたな!」


 王様の「わはは」にホッとしている間に着いたのは、着いた、のは……。


「こ、高級ブランド店『グラスタ』ー!?」


 宝石をあしらったドレスや、職人さんの細かいきれいな刺繍が施された貴重な洋服など。

 一生! ご縁のないお店!


 ダメダメダメ! 私なんかに似合う訳ないし! ドレスにも失礼だ! 怖いけどはっきり言わなきゃ!


 勇気を出して王様の手をがしっと握った。


「王様!」


「どうした! 我が妻よ!」


「ダメです無理です! 無理ですダメです! あんな煌びやかなドレス! 私なんかに似合いません!」


「…………」


 今度こそ気分を損ねてしまっただろうか……。


「うむ! わかった!」


 また否定されなかったー!


「だがしかし! お前にもルールを課す!」


「はひいぃ!?」


 私がルールじゃないのー!?


「今をもって! 「私なんか」、“なんか”と、言ったら! その倍! ちゅきと言うこと!」


「ええー!?」


 倍!? しかも“ちゅき”!? ……そもそもちゅきって何ー!? 好きの進化系ー!?


「でも……、私なんか、もっと地味な服の方が——」


「はい! ちゅきー!」


「はいぃ!?」


「一回の“なんか”! つまり二回の“ちゅき”だ!」


「…………」


 だからっ、意味わかんないんですよー! 


「さんはい!」


「ちゅ、ちゅきです、王様……」


 ——何これー! すごい恥ずかしいよー!


「うむ! 俺もだいちゅきだ!」


 声が大きいんですよー! みんなに見られていますってー! 呆れた視線が痛いんですー!


「あともう一回だな! あ! 俺の名はガザムだ!」


 え……? 名前を呼んで、「ちゅき」って言えってことー!?

 うわー! 大きな体の王様が、キラキラした期待の眼差しで見てるよー! 何でそんな子供みたいに純真な瞳なんですかー!


「ガ、ガザムさん、ちゅ、ちゅきです……」


 さっきより恥ずかしいー!


「俺もだいちゅきだー!」


「わかりました! わかりましたから! もう少し声を……」


「そうだ! お前っ名は何という!」


「メ、メヒアですー!」


「メヒア! 良い名だ! 俺はメヒアがだいちゅきだー!」


「わかりましたからー! 叫ばないでー!」

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