月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。

デコスケ

第1話 婚約破棄

「クリスティナ・ダールグレン! お前はこのセーデルルンド王国の第一王子であるこの私の婚約者でありながら、ゴロツキ共や賤民達と懇意にしているそうだな?! そんな賤しい女は王妃に相応しくない! お前との婚約は解消させて貰う!」


 セーデルルンド王国が誇る最高教育機関であるブレンドレル魔法学院の中庭に、この国の第一王子であるフレードリクの声が響き渡る。


「しかもお前が自分を<聖女>だと詐称している事はわかっている! 魔力が少し多いぐらいで<聖女>を自称するとは恥を知れ! <聖女>とは高潔で慈悲深い女性でなければならない! この国の王族である私、フレードリク・スラウス・セーデルルンドの名のもとに、下賤なお前から<聖女>の称号を剥奪する!」


 フレードリクが言う<聖女>とは、この国を魔物から守る結界を張り、<瘴気>を浄化する<神聖力>を持つ者のことだ。


 <神聖力>は、この世界を創造したとされるラーシャルード神を崇拝する神殿の神官や巫女達が修行の末、神から与えられる力であったが、たまに聖職者以外の子供から生まれることがあった。


 現に当代の<聖女>──クリスティナ・ダールグレンは庶民の出で、その<神聖力>の強さから、神殿に<聖女>として選ばれた少女であった。


「<聖女>の資格を剥奪されたお前は王妃候補でもないただの孤児に過ぎない! その<聖女>の証である腕輪を返還し、元の賤しい身分に戻るがいい!!」


 <聖女>として選ばれたクリスティナは膨大な魔力を持っていた。その力に目をつけた王室は、その優秀な血を王家に残そうと画策し、半ば強引にクリスティナを第一王子の婚約者に指名したのだ。


「そもそもお前は学院にもろくに来ていなかったではないか!! 勉学に励まず授業をサボり、賤しい者達と遊び歩くなど、このブレンドレル魔法学院の恥だ!! さっさとこの誉れあるブレンドレル魔法学院から立ち去れ!!」


 この国の王子であるフレードリクの大声と剣幕に、生徒達が気付き何事かと集まって来た。

 更に、王子が婚約者である<聖女>を糾弾していると噂が広がり、その噂を聞きつけた生徒達が集まった中庭は、普段の閑散とした光景からは想像もできないほど生徒達でひしめきあっている。


 生徒達が固唾を飲んで見守っている中、王子からの罵倒をずっと無言で聞いていたクリスティナが、ゆっくりと口を開いた。


「……発言の許可をいただきたく存じます」


「許可しよう。しかし言い訳はするな! お前に拒否権はない!!」


 フレードリクにクリスティナは一礼すると、顔を上げ、姿勢を正し、真っ直ぐにフレードリクを見据える。

 その堂々とした姿には、未来の王妃になるべく、厳しい教育を受けてきた者としての威厳があった。


「恐れながら、私と殿下の婚約は陛下が決められたこと。その決定を殿下が勝手に覆して宜しいのですか?」


 クリスティナの凛とした声に、フレードリク以外の中庭にいる誰もが聞き惚れ、生徒達の意識は一瞬で彼女に惹きつけられる。


「父上には私からちゃんと説明する。父上もお前が下賤な女だと知れば納得してくださるだろう」


「左様ですか。では、次に<聖女>の資格剥奪ですが、大神殿からの許可は取られましたか? 大神殿は説得でどうにかなる相手ではございませんが」


「ふんっ! それならば問題ない!! 偽物のお前を追い出し、新たな<聖女>を連れていけば、神殿も諸手を挙げて喜ぶだろう!!」


 新たな聖女と聞いた生徒達から、動揺する声と気配が伝わってくる。


「新しい<聖女>だって?!」


「<稀代の聖女>といわれるクリスティナ様の代わり……?!」


「クリスティナ様の代わりなんてそう簡単に見つかるはずが……」


 生徒達が困惑する中、フレードリクは得意げに高々と告げる。


「私は<聖女>として相応しい人を見付けた! それはベイエル男爵家のアンネマリー嬢だ!!」


 フレードリクが名前を告げると、その女生徒アンネマリー・ベイエルが姿を現した。

 煌めく金色の髪に海のような蒼い瞳のアンネマリーは、少し前に特待生としてブレンドレル魔法学院に入学して来た令嬢だ。


 ここ、ブレンドレル魔法学院は、非常に強力な魔力を持つ者であれば、身分関係なく特待生として迎え入れられる。

 クリスティナもその身体に膨大な魔力量を有していたので、特待生として学院に通う事が出来ていたのだ。


「フレードリク様、この騒ぎは一体……? 私が<聖女>だなんて、冗談ですよね……?」


 アンネマリーが大きな瞳を潤ませてフレードリクにすり寄った。


「ああ、アンネマリー! 怖がらなくていいんだよ? 君ほど<聖女>に相応しい人はいない! 私は君を次期<聖女>に推薦するつもりだ!」


「……まあ! フレードリク様、そのような栄誉を私に……?」


 大勢の生徒の前にも関わらず、フレードリクは戸惑うアンネマリーの肩を安心させるように抱いた。それは婚約者がいる者が本人のいる前で見せていい距離感では無い。


 しかし、生徒達の関心は<聖女>交代の可能性に集中する。

 <聖女>の存在の有無はこの国にとって死活問題だ。しかも王族が<聖女>を推薦すると宣言したとすれば、大神殿も無視はできないだろう。


「アンネマリー嬢が次代の<聖女>?!」


「確かに、彼女は特待生だし魔力量には問題ないかも……」


「でも、いくら殿下が推薦しても大神殿が認めないとアンネマリー嬢は<聖女>になれないんじゃ?」


 生徒達が情報を整理しながら会話していると、再びフレードリクがクリスティナに向かって言い放つ。


「さあ、クリスティナ・ダールグレン! お前のその腕輪をアンネマリーに渡せ!!」


 フレードリクが、クリスティナの腕輪を指差した。

 <聖女>の証だという腕輪には、澄んだ青色の魔石と複雑な文様が刻まれている。


 クリスティナは自分に付けられた腕輪を見ると、フレードリクとアンネマリーに向かって腕を伸ばした。


「申し訳ありませんが、この腕輪は私の意思で外すことは出来ませんの。次期<聖女>であるアンネマリー様に外していただけないでしょうか」


 クリスティナの言葉に、アンネマリーは「わかりました!」と言って彼女に近づいた。


「あれ? でもこの腕輪、繋ぎ目が無いみたいですけど?」


 アンネマリーの疑問通り、証の腕輪には繋ぎ目が見当たらず、しかもクリスティナの腕にぴったりと嵌っているため、簡単に外すことが出来ないようだった。


「大丈夫ですわ。この魔石に魔力を込めるように触れていただければ外れるようになっておりますから」


 アンネマリーはクリスティナの言う通り魔石にそっと触れ、自身の魔力を注ぎ込む。

 すると、繋ぎ目が無かったはずの腕輪が”カチリ”と外れ、アンネマリーの手のひらにぽとりと落ちた。


「まあ、不思議。でも流石<聖女>の証たる腕輪ね!」


「そうだ。その証はアンネマリー、君にこそ相応しい」


 フレードリクがアンネマリーに証の腕輪を付けると、どういう仕掛けなのか継ぎ目が無くなり、アンネマリーの腕にピッタリのサイズへと変化する。


「うむ! これでクリスティナは<聖女>ではなくなった! これからはアンネマリーがその称号を持つのだ!」


 フレードリクの宣言に生徒達が困惑する中、<聖女>の資格を剥奪されたクリスティナは、悲しむ様子など微塵も感じさせず、極上の笑顔を浮かべた。


 そしてクリスティナは生徒達に向かって完璧なカーテシーを披露する。


「皆様もご覧の通り、私クリスティナ・ダールグレンはフレードリク・スラウス・セーデルルンド殿下から婚約を破棄を言い渡され、更にブレンドレル魔法学院退学の申し入れと<聖女>の称号を剥奪されました。皆様には今回の件について証人になっていただきたく存じます」


 ブレンドレル魔法学院の殆どの生徒が目撃した今回の出来事は、流石に隠蔽不可能だろう。しかしクリスティナは念には念を入れて、生徒達を証人にしたのだ。


「クリスティナ!! それは私に対する報復のつもりか?! 私を悪人にしてどうするつもりだ?!」


「何もするつもりはございません。ただ今回の出来事は私の意志ではなく、殿下の希望でされたものだと明確にしたいのです」


 フレードリクにも少しの罪悪感があったらしく、クリスティナからの報復を恐れたものの、本人から何もしないと言われて安堵する。


「……そうか。父上や大神殿には私が伝えておこう」


「よろしくお願いいたしますわ。では、私はこれで」


 クリスティナはフレードリクに挨拶をすると、颯爽とブレンドレル魔法学院を去っていった。


 ──そうして、今回の婚約破棄騒動を最後に、<稀代の聖女>と称された王妃候補、クリスティナ・ダールグレンは姿を消したのだった。


 



* * * * * *


お読みいただき有難うございました!


また新連載はじめました。( ´ ▽ ` )ノ

プロットは出来ているので、今度こそ脱線せずに終わる予定。

でも何話で終わるのかは不明です。(プロットの意味無し)


お付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします!

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