異世界逍遥

calber

語るべき事柄

前述・始

異世界。


そこは己の住む世界とは異なった理が在って、それへ前倣って物事が動き、己の世界と別離の変異と進化を辿った、所謂『別世界』でもある。


想像を絶し、常なる理が変異し、奇妙に満ちている。


空を飛び地を這う虫や獣も、繁茂する草木も、またその大地や湖などですら、規模や姿が異なる世界だ。


定まりのない混沌でありながら何かに沿うような大自然には、異なる種が同じ場所に偶然に奇しくも乱雑に跋扈していた。そのために、多種多様な種が煩雑な分布を呈する状態であり、そこには相利共生はなく、種同士の争いが折ある毎に起きた。


自然は食い食われを常理とする。


強者が弱者を食って然りというものだ。どの種族も平等に通ずる常理である。


これらは餌のため、よい棲家のため、危険を遠ざけるため、全ては生きるために行われる。


またそのような流れであるのに、偶然にもある世界と一致しうる種が存在し、伴って環境も酷似した。特に『人類』などがそれに当て嵌まる。


故、斯様な過酷で己等が生存競争を勝ち抜いて存続する為に、原生生物達はよりよい牙を、爪を、姿を、知恵を求めて進化を目指した。その過程で生まれた数多の生物は、雄々しくあり、獰猛であり、面妖であり、狡猾である。人類もまた然りだ。


だが原生生物は、おおよそ人類に害する。障りばかり齎すそれらを人は化物や魔物と呼称し、外より齎される害を知らしめようと折に触れてはそこかしこで謳われる為に、常に人類を脅かす厄災の象徴として見做され、周知されている。


無論そのような環境で知力のために牙や爪を捨てた人が、安全な生存圏を確保することは困難であった。世界は自然を道理としそれに倣って系統があり、道具を拵えられる程度に知性が高いだけでは全てに抗えない。


万物の理の流れに沿わず、馴染むことが出来ず、逸脱した人類は、培われ、積まれた認識を先祖代々にて保ち、以て摂理に抗ってきた。人類にとって立ち塞がる自然というこれら障害は決して生温いものではない。


故、人の生活は古来から常に危険と苦難に晒され続けてきた。


羽虫を払うように人を殺すことのできる化物が野に平然と彷徨う環境で、人類は余りにも弱い。生き抜く為に集い、互いに寄り添って、知恵を絞ることは必定であり、大きな力に抗う術を身に付ける他なかった。あらゆる手段を試み、多くの失敗を繰り返し、犠牲を払って時代を凌いだ。


無論、化物や魔物は生物である以上、危険ばかりが往来するわけではない。殆どの化物や魔物は、脅威あれど立ち向かって勝ち得た時の見返りも大きいものだった。


肉は食卓を賑わす食材として、牙や角、骨といった部位は武器や道具として、内蔵は病を治す妙薬の素材として、毛皮は衣類として適する為、ほぼ全ての部位が捨てる場所がなく、大変に重宝された。


またそれら利点の多さから、捕獲され手懐けられたいくつかの種は、労働力や畜産物を得るため、家畜として飼いならされている。


同時に化物と魔物の脅威が蔓延る森林や草原から採れる草木も、建材や薬などに用いられていた。


そうした発展と研鑽の最中、人類は対抗すべく多くの、そして様々な武器を生み出し、その末に最も強力な力を手に入れた。


魔法という手段である。


ほぼ無から有を生じさせるその手法は、火を、水を、あるいは土塊を、もしくは大気を、魔という力を媒介にして操り、破壊的な事象を生み出す異形の仕業である。


もっとも、この手段は儀式や祈祷が元祖だった。


あらゆる自然現象や存在に秘められた神秘に対して多くの人々が畏れや敬いを捧げ、或いは雨乞いや救いを求める強い思いが、何故か特定の力を顕現させることが叶ったのだ。齎される魔法の恩恵は太古の人々にとって救済の光である。その後はより熱心に行われた。


しかしながら、この儀式や祈祷という特定な方法で、且つその方法でしか発現できない魔法は、大人数を要し、必ずしも効果を得られるわけではない不確定な力でもあった。未知の力でしかなく、そも原理が不明な手段であり、確実性に欠けていた。沢山と行われた行事であるというのに僅かしか恩恵を賜れないことのほうが多分を締めたのである。


そうした多くの繰り返しと失敗の末、安易に縋れないものだと理解した人類は諦めを持った。儀式や祈祷は蔑ろにされ、熱心に行わなくなり、一時期は次第冷めていく一途へ進んでいった。


が、これら欠点を踏まえて尚、魔法は手放すには余りにも惜しかった。その効力は素晴らしく劇的であり、人の尽力を容易に凌駕し、或いは敵わないほどだ。


賢い者がやがて出した結論は、魔法を曲がりなりにも意のままに操ろうとする試みだった。未確定で未特定な魔法を確実にする追求が始まり、未知は既知へ変わっていく。


その後、魔法を確固たる技法とするのに、数百年もの長大な時間を要した。無視することのできない失敗や犠牲、伴う蔑みなどの風潮に煽られながらも、賢い者たちは時間を浪費したに見合うだけの結果を得た。


かつて形式として魔法に必要だった儀式や祈祷などの行いは不要な要素となり、ただ一人の使い手が嘗ての魔法に匹敵する効果を為し得るまでになった。


しかし、未来への希望となる筈のこの技法は、不幸なことに中途にて失われてしまう。


確固たる結果の産物や起源を示す歴史や技術を継承する者が、時代の風浪によって道半ばであえなく果てた為だった。故、後世において魔法の正確な技術や起源は損失され、何が真か定かでなくなってしまう。


よって後世においてその点における魔法への疑問を問うても使い手の誰もが首を傾げるために、目にする者からすれば奇妙さが目立つことになる。


それでも幸運なことに、この頃ともなれば羨望から見真似と独力で魔法を会得した非才ばかりが大勢いた。正統な使い手から学んだわけではない者達が殆どを占めていたのである。


が、尚多くの疑問は残りこそしたが、それらがあることはさしたる問題にはならなかった。何より魔法はもはや優秀であり、この手の疑問を解くことよりも、未来への希望を人々は渇望していた。


魔法は人類繁栄への光であり、疑念など後から考えればいいとの見識が強かったのである。


よって後の道行きは想像に難くない。ある世界と同じ経緯だ。


人類が身一つで勝てぬ力に工夫と技術で優位を獲得したように、これらを十全に利用し障害を討ち滅ぼして、人がまっとうに過ごせる生活圏を獲ようとの画策は必然であったのだ。


だがこのような力を手にしても人類は慎重を重ねた。魔法は確かに凄まじい代物であったが、確固たる技術の伝承が不明瞭に留まったことが、このもどかしい足踏みさせる原因だった。利点があれば欠点も有しているのが世の道理で、絶対であるという保証のないものは信用に足らない。


目の前に驚くべき現象を生み出すことが可能とは言え、魔法の効果は使い手に依存し且つ一時的なものだ。自惚れと性急な判断で走り出せば、思わぬ落とし穴を踏み抜き、最悪の想定にて苦労が泡沫に帰すことになる所業だと、古来より学んでいた。


故、人類の支配層は未完成で不十分な魔法を、さらなる時間を掛けて磨きかけることにした。


民草が未来への不安を常日頃から嘆く中での、苦渋の決断だった。不満と怒りが募る一方ではあるが、飛び出す訳にも行かないのが自然という脅威だ。多くの結果から計略を練り上げ、優先事項の順序を並べなければならなかった。



―――余談を挟むが、ここで言う支配層というのは、政で言うところの君主とは似て非である。実態は多数部族の代表のようなものであり、率いる人々の声を聞き、決まり事を定める、人の上に立つ性質を持った者達のことをそう指し示す。



そしてこの決断は功を奏す。


不満を吐くばかりの民の生活にも、魔法が定着するようになったのだ。


生活圏外より来る脅威を難なく返り討ちにし、不便だった生活の一部を改善させるという大成果だったのである。


これには民草も歓喜し沸き立った。目立った成果は支配層の支持を一層高めたのである。


勿論、運良くこの結果に至ったわけではない。支配層の策略だった。


言葉巧みでは操ることのできない無辜の民草を納得させるには単に結果を差し出せばよいが、それは早計で単純な願望を肥大させやすい策であり、支配層が欲する方向でない、望まぬ方向へ進みたがる風潮を予見させた。


持続的かつ長期的なこの策は大層難儀ではあったが、こうして裏で手を回し根回しするのは、後の治世の為だった。自分たちが信頼に値すると言う思想を、世代の移り変わりの中でも衆生に染み込ませることができるからの手段だ。


こうした政策はこの時代の人類の社会体系が、未だ国らしい状態ではない頃である為の手段である。統治体制の不完全さの現れだ。


魔法が衆生に浸透し、魔法に依存し始めたのを期に、支配層はこれを頃合いと見計らった。


自然という大きな常理からの解放を、だ。


ここに至るまで多くの屈辱を味わった。抗う術のなかった時代は失うものがあまりに多く、固唾を飲んで堪え、血を吐く思いで見捨てた。


人類はこの苦境から脱却を願い、傷ついて流した涙を拭いながら、世代を移ろってここまで歩みを進めてきた。


支配者は説いた。期は熟したと。


その宣言は天変地異を看過しかねる敵と見做すような大袈裟極まる長広舌ではあったが、沸き立っている民草はこれに大いに同意し燃え上がった。


その暁には栄光ある未来が待っている、そう信じて。


斯くして堆い遺恨を断つべく、支配層と民草が結託して軍が編成された。外の世界に旅立つ先駆けが我先と希望を募った。


巧妙な手口だ。ただ直視するしかない現状を嘆く者へ、先の見えない暗闇へ光を刺し込むように成果を差し出し、焚き付け、賢くない者をあからさまに尤もらしい言葉で誘導し、信じ込ませるのだ。嘘も方便にして狡猾な手段である。


民草は何も知らなずままに、わかり易い成果を目にすれば容易に言葉を鵜呑む。心の揺らぎに付け込んだ意思の操り易さ程、口八丁にとって容易い方策なものはない。


同時に、この軍に編成された兵士の中には、無知蒙昧な無能と言って差し支えない者達が撒き餌として選別されていた。納まった高位の職にありついて、義務を蔑ろにし惰眠を貪る腑抜け者達だった。


支配層のやり方は褒められものではない…が、民草が苦しみを抱えて生きる渦中で、贅に入り浸り無益で有益を貪る愚者など人類の未来に必要ではない。支配層はこれを機会に処分する算段を、魔法が馴染む前より行ってきた。


喧伝する通り、行き先を扇動した支配層の言葉に、盲目的視点しか持ち得ない民はその通りでもあると信じた。


恐れを打破して踏み出したのである。未来への希望に誰もが縋りたかったための結末だった。


脅威と害にしかならぬ原生生物をこの威を以って蹴散らし、追い払い、栄える都市を国を築こうという共通認識は、この時代の状況を省みるに帰結と捉えていい。


ここまで人類は長い時を刻みながら耐え忍び、世代を移ろいながらも外へ進出する時期を伺ってきた。


今か今かと飛び立つ時期を見極めてきた。


その最中で熟した権能を有する魔法という先見の明に照らされたのなら、これを用いて飛び立つ機会としたのは、人類にとって英断であっただろう。


意を決して生存圏を飛び出し闘争に身を投じた人類だったが、呆気ない結末を迎える。


耐え忍んだ時代で磨き上げた魔法が石塊から玉石となった為でもあるだろうが、成果は想像以上に圧倒的だったのだ。季節の巡りを待たずして、人類は広大な大地を手に入れた。大進歩にして快進撃である。


同時にこの進撃は外部の脅威によって積もり積もった鬱憤を晴らす、絶好の機会にもなり得た。


鬱憤を晴らそうと息巻くのは、現状に我慢を強いられ続け、屈辱を味わわされた者達だ。或いは現状を良しとせず抗って良い未来を勝ち取ろうと奮起した者達だ。


選別され先鋒を担わされた無能が蹈鞴を踏み、野晒と果てるのに対して、断然せず恨みを溜め込んだ民草の勢いは凄まじいの一言に尽きる。


この快進撃は魔法ばかりの功績ではなく、それら多くの意思を携えた者が進撃の大部分を担った末の結果でもあったのだ。


それでも火蓋を切ったのは魔法であることに違いはない。絶対を与える神力如き活躍を見せつける魔法が、人々の心を鼓舞し希望を抱かせたことは、まさに人智の結晶に相応しい叡智であることを認めるに疑いの余地はない。神の御業にも匹敵する効力を持っていたこの大いなる力は、人類に繁栄の道を築いたのである。


ここまで来れば人類の繁栄の為に多くの功徳を為した魔法は、人類が生み出した奇跡だと誰もが信じて疑わなかった。物知らぬ民草は僅かな期間で苦難から救いを与えてくれた魔法に対して信仰を捧げるようになり、それを扱える者を神の祝福を受けた使徒だと祀り上げ崇められるようになる。と同時に、賢い者がそうした民の意思を誘導して国を興すのに長い時間は掛からなかった。


しかしながら永劫への繁栄と讃えられたこの快進撃は、人々の深慮の外、長く続くことはなかった。ある出来事を境にぴたりと呆気無く止まってしまった。


欲望という人類の欠点によって、である。


単純な経緯だった。危機が去り、安定した生活が可能となり、伴って領土が広がり、人が増え、そして『余裕』が生まれた。


これまで誰もが結託しなければならない状況ではなくなり、考え方は殆ど同一である必要性がなくなったのだ。


余裕によって国が栄えた今、この先のより良い未来を夢想した時、それに沿って己が為したいことを賢い者たちは各々で考えた。


人類社会が何たるかを考察するようになったのである。


考える方向性は実に万別であった。殆どの者が同じ答えを出すことなどなく、しかしこれらは賢い者達の…自分たちにとって都合の良いものばかりに限られてしまっていた。


こうした意見の相違に因って、多くの思想を個別にする派閥は生まれた。同時に対立をもだ。


繁栄と共に人々に生まれた余裕が、皮肉なことに結託してきた者達を引き裂いたのである。


こうしたい、そうしたい、という思想は対立する要素に富み、食い違いを必然とさせる。


最初は多少異なる考え方でしかなく、争うほどのことでもなかった。今まで通りに事を進めることがその時は可能だったからだ。


しかし、国が大きくなり、得られる資源や余力が増すごとに、懐の暖かさを感受できる機会は増えた。そうした中で『暇』が生まれ、それを埋めるために賢い者たちは娯楽を作ることができた。


それが齎す幸福は多くの者が手放せない至福の時間でもあった。人は一度環境との変化を経た後は、二度と昔の不便な環境と無知な自分に帰すことはできない。


国が巨大になり公会議で議論を重ねるが一向に結果など出ては来なかった。無駄な時間を浪費するに従って鬱憤が募りだし、遂に刃を振り翳す事態に陥った。


争いが言葉の殴り合いから、物理的な暴力に変化したのである。


その後の乱闘めいた闘争は憎むべき相手を弑して、その上に自分の思想で蓋をするのを是とする有様であった。


だが一度その頂点に立とうとも、強欲な人類はこれで納得するはずもない。気に食わない相手を殺してしまえば、自分の思想を貫くことも可能だと考えるようになるのは時間の問題だった。


よって戦争は起きる。


今の在り方を貫こうとする者と、このような煩雑な悪行に終止符を打とうとする者が、何を善悪かと互いに主張しての乱痴気騒ぎである。


脅威でしかない原生生物達への対抗手段として、或いは生存手段として多く生み出されたはずの手法諸共が、この時、殺人という絞られた的への武器になった瞬間であった。


人類にとって繁栄を生んだはずの叡智は、呆気無く同胞を亡き者にする道具と成り下がり、余暇が生んだ思想の隔たりは歩み寄るという人情を崩壊させ、対する者同士の間には堆い壁が築かれた。


戦火に焚き付けられた者達は決して止まらない。己の願望を胸に、それを貫く意思で、思想違えた相手を鏖殺するべく、多くの武器を携えて果敢に戦いあった。


快進撃が続いた時代の次がこの戦乱の世であるが、しかし末に地上を支配するは人類であると自惚れてもいた。



その人類に災禍が下ったのは、十数年も続く争いの最中であった。



大自然の不自然とも言える変異を経た恐るべき脅威が、互いに同胞を殺し合う人類に襲いかかったのである。


この摩訶不思議な魔法を人類が行使可能であることは、己等種族が選ばれた種だと驕った認識である。個において矮小な存在でしかない種が、束になろうと世界を思い通りにさせることなど甚だしく、自然はそのような行いを凌駕する力を秘めている。


魔法行使には知性がなくてはならない、という認識はそもそも間違いであったのだ。


内輪揉めする人類の生存圏外に属す原生生物等が如何なる時からか、かつての姿を失い始めていた。


爪は研ぎ上げた刃めいて光沢を増し、牙や角は艶めいて鋭利と化していた。風貌は大きくなって、より恐ろしいまでに雄々しく、鋼に勝る毛皮や鋼鉄の甲皮が体を覆うようになった。


或いは歪んで面妖極まりない姿へ変わり果て、悪魔と恐れられた。


しかしこれだけの変化には収まらない。


だだの獣だったものが突如火を吹き、水を操り、風を刃にし、石塊を雨の如く降り注がせるようになったのだ。


より強い個体に置いては、前述を児戯と錯覚させるにあまりある。


豪炎が大地を撫で空を紅く染め一夜で国を灰燼にした。


大地を隆起させその深い谷間如き割れ目に国を堕として圧殺した。


小さな吐息が竜巻を呼び、舞い上がった全てが天より地に叩き込まれた。


湊の国が大津波によって呑まれ、跡形もなく海へ引きずり込まれた。


このような天変地異の仕業すら、為し得てみせた災禍の化身達は後に語られ、各地に多くの伝説を刻み残している。


同時に冷静に観察すると、これらの災禍は規模さえ異なれど人類が生み出した魔法なる叡智に酷似していた。


矮小な人類が知恵を絞って長年の研鑽と努力が齎す圧倒的な優位を、自然はどこ吹く風とばかりに模倣してのけた形だ。


そうして自然はこの術理は制約がないのを、狭い生活圏から飛び出して驕った人類に、代償であるかのように知らしめた。


多くの人類が食われ、弑逆され、住む場所を、生きる場所を追われた。人類同士の戦争は外部からの脅威に因って余儀なく終わりを強いられ、再び結束することとなるが、憎しみ合う者同士の結束が昔ほど良い道行きになるわけもなかった。



結局、人類が限られた安住の地を得たのは、それから五百年以上も経った後だった。



魔法は魔力という未知の力によって可能となる手法であり、魔力は魔素という未知の元素らしきものに依って形を成している。この【魔】を観察する研究者達の見立てでは、どんなものにも干渉し得るし、魔力そのものが有物を生み出す代物であった。故、魔法が無から有を生じさせるのも理屈的には道理が通ってしまう。


本来あるべきあらゆる法則を無視して、現実として神の御業に等しい現象を顕現させることが可能な力があるのならば、あらゆる存在に未知数の影響を齎すのも当然の結果であったのだろう。


それが向けられた先は悪いことか良いことか、世界に住む全ての存在に対してだった。


動物、植物、鉱物、大気。生物も無生物も有機物も無機物も。見えるもの見えないもの関係なく境界線がない。


長い年月を掛けて世界に浸透した魔という力は如何なる環境や条件の下であっても、変異という千差万別の機会を与え、或いは強いた。


賢い獣は己の望んだ姿のままに変わる為に魔素を利用して進化し、一方で望まぬして変異を遂げさせられた鈍い獣は凶暴な生物として生まれ変わったのだ。


大地に根を張る植物は魔素を溜め込み、もしくは取り込んで消費することで変化する。薬草は毒草に、毒草は霊草にと複雑怪奇な変貌を経た。


石塊はその性質故、魔素を吸着させるか変化を与えられた。大地の重圧で圧縮し、噴火などの事変を経て拡散した。その最果てに多種多様な鉱物となった。


大気は魔素を運ぶ船となり、または清浄な空気となり、或いは淀んだ毒素になり、至る場所を覆った。


魔素は時として不浄を清浄に変える力も有していたが、時には清浄を不浄に変わり果てさせる力も有していた。


しかしそれらは、どのような手段を用いて尚、変えることの出来ない自然が選んだ摂理でもあったのだ。この世界に住む全ての生物は、この覆せない道理に従うしか生きる手段はない。




故に




「おい、ばばあ。歴史のご高説は結構だが、んな話は訊いてねえ。俺は要点を簡潔に言えつったろーが」

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