第7話
静かになり、ゆっくりと広がっていく血溜まりを見て椋吉は目を逸らす。
「うわ、グッロ。 『
悪魔が槍で掬い上げた魔導書を放って寄こす。
椋吉が飛んで来た魔導書を受け止めるとページが勝手に外れて自分の持っている分と統合される。
「これで二冊か。 ま、この調子なら楽に集まるっしょ」
気楽にそう呟くと踵を返した。
彼女は素行に問題こそあるが、ここまで残虐な事を平気でできるほど狂ってもいなかった。
そんな彼女がこのような凶行に及んだ事には理由がある。
手に入れた魔導書に宿った悪魔『
『
事実、『
ならば未来だけ間違いがある訳がない。 椋吉は『
出会った敵は皆殺しにし、全ての悪魔の力を束ねて、最上の結果を手繰り寄せる。
未来はもう確定しているので後は敷かれたレールの上を走るだけだ。
そんな考えで彼女はどうせくたばる連中だし何をしても問題ないと割り切っていた。
召喚した悪魔は強く、遭遇した敵をなんの問題もなく撃破した事で確信を深める。
『
そう考えるとこの事件に巻き込まれたのは幸運だったかもしれない。
この調子で魔導書を集めて――椋吉はそんな事を考えていたが、不意に足を止める。
何故ならそこには一人の男がいたからだ。
年齢は二十前後で若く、着慣れていないであろうスーツと緩んだネクタイ。
鍛えているのか体格はかなりいい。 男は椋吉を見て、その後ろで倒れている子供の死体を見た。
「――その子はお前が殺したのか?」
静かな声だったが、押し殺した怒りが内包されていた。
椋吉はその様子に少し気圧されたが、自分が『
「そうだけど? なんか文句ある?」
「いや、ないな。 だが、気に入らねぇ。 子供を平気で殺せるお前に腹が立つ。 キレるのは筋違いだってのは分かるが、ただただムカついているだけだ」
「あっそ。 じゃあ死ねよ」
『
「――は?」
椋吉には目の前で何が起こっているのか理解できず、そんな間抜けな声が漏れる。
何かが焼ける音が微かに響く、音源は男の手だ。 掴んだ槍が熱で溶かされている。
一体何がと目を凝らすと男の体に炎のようなものが纏わりついており、それが熱を発して槍を溶かしたようだ。
――<
魔導書の第三位階。 悪魔との限定融合。
それにより男は悪魔の力を限定的にではあるが我が物としていた。
握った手に力を込めると握った部分が溶け落ちる。 金属音がして槍の先端が地面に転がった。
「クソが、初っ端から不愉快なものを見せやがって」
『
男は風のような速さでベリトの槍へ飛びのり、踏み台にして一気に肉薄。
空中で横薙ぎの蹴りを放つ。 炎を纏った足がベリトの胴体を捉え、くの字に曲がった『
「ちょ、なんな――」
椋吉が再度召喚しようとしたが、既に目の前にいた男が炎を消した手でその顔を張り飛ばす。
男は椋吉が取り落とした魔導書を拾い上げるが、特に変化は起こらない。
「か、返せ! 返せよ!」
殴られた経験がなかった椋吉は目に涙を浮かべながら掴みかかろうとするが男の放つ熱が強すぎて近寄れない。 逆に男が近寄ると下がらざるを得ない状況だった。
男は炎に包まれても焼けない魔導書を見て、恐怖の表情を浮かべる椋吉を見て小さく鼻を鳴らす。
「こいつの所有権を放棄しろ。 さもなきゃ焼き殺す」
下がろうにも椋吉の背後は壁で男がもう数歩近寄れば炎は彼女の体を焼くだろう。
「ふ、ふざけんな! そんな事、できる訳ないだろうが! それに私はこの戦いに勝つって決まってるのに放棄なんて――」
男の纏う炎の火力が上がり、椋吉の皮膚の表面を焦がす。
痛みに彼女は悲鳴を上げ「分かった。 分かったから止めて!」と思わず叫ぶ。
それが引き金だったようでページが勝手に外れ、男の魔導書へと吸い込まれる。
男は空になった椋吉の魔導書を投げ捨てた後、悪魔との同化を解いて少年の死体の傍へ向かう。
小さく手を合わせ。 恐怖と絶望に彩られ、見開かれた目を閉ざして手を組ませた。
男は椋吉を軽く睨むと「自分のやった事の意味をよく考えるんだな」と言い残してその場を去って行った。
椋吉は空になった魔導書を拾おうとしたが、拾う前に光の粒子になって消滅。
返せと男の背を追いかけたかったが、次に何かしたら殺されると根拠なくそう思っていたのでできなかった。 結果、立ち竦んで男の背を見送る事となる。
「な、なんで、何でよ! 私が勝つんじゃなかったのかよ!?」
八つ当たりのようにそう叫ぶが答える声はない。
彼女の使役している――使役していた悪魔、『
過去と現在に対しての正確な情報と、首尾よく勝利した初戦。
その二点が彼女から疑心を完全に消し去り、悪魔の言葉を鵜呑みにしてしまう土壌を作ってしまった。
結果、彼女は敗北し、この危険な場所で身を守る手段を喪失する事となる。
それが何を意味するのか、それは彼女自身が身を以って示す事となるだろう。
シューシューと空気が抜けるような音が闇の奥から聞こえる。
「ヒッ!?」
椋吉は小さく悲鳴を上げて後退る。
その動きと連動するように闇から這い出るようにそれが姿を現した。
全長十数メートルの蛇。 チロチロと舌を出し入れし、獲物である椋吉をじっと見つめていた。
「い、嫌、『
ありったけの呪詛と命乞いの悲鳴を上げた椋吉だったが、踵を返して走ろうとした瞬間、バクリと蛇に丸呑みにされた。 彼女の体は蛇の胴体をゆっくりと移動し、その胴体に形が浮かび上がる。
逃げようと足掻くが、こうなってしまった以上はどうにもならない。
蛇の体内でゆっくりと溶かされる未来だけが彼女に残された現実だった。
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