【短編】チートスキル
じょお
チートスキル・01・事の始まり
子供時代のお話。
よくある話で、子供時代に過ごした村は貧乏臭くて…子供が得る
そしてこれまたよくある話で、盗賊団が村を襲って…ほぼ全員が殺されたみたいで…で…その…才能無しの俺だけが生き残ったって…まぁ、無能だけど…運だけは良かったって話。
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- はじまり -
俺はガン。冒険者…になる予定だった。
・
・
「おお…ガン君は…才能無しと出ました…」
「何ぃ!?…くっそぉぉぉ!!」
どうやら儀式の結果…「
「ガン、いいんだよ…能無しでも家に居てくれて…私たちの子供なんだからね!」
お母ちゃんは悲しそうな顔だったけど、取り敢えず追い出そうとは思ってないようだ。後ろからきゅっと抱き締めてくるのが少し恥ずかしい。いい匂いはするし安心感が半端ないんだけど…今日から16歳で子供を卒業して大人の仲間入りなんだから、その…恥ずかしい。
「才能なんて無くたって生きていけるさ…唯、ちぃと生き辛いかもしんね~がな…」
お父ちゃんは現実的な意見を述べてくる。まぁ、確かにそうだよな…。みんな16歳でスキルやら称号やらを得て自分に合っている、若しくは合わなくても何かしら村の役に立って行くのだから。でも、さっきの絶叫と今の態度とえらい違うんだけど…何かあったんか?
そんな両親の俺への態度で周囲の目が生暖かいのも気になるが…いつまでもここに居ても邪魔でしかない。両親は俺を励ましながら我が家へと帰るのだった…。うん、だから抱っこや肩車は止めて!…恥ずかしいって!!
- 一夜が経過して翌朝… -
日が昇り目が醒める。日が明るいから…ではなく、乱暴な音が聞こえてきたので目が醒めたんだけど…。何やら外が騒がしい…
「何かあったのかな?」
気になったので様子を見に外に出ようと廊下を渡って玄関のドアを開ける。と、そこには…
「ヒャッハァーッ!」
「金目の物と食料を出しやがれ!」
と、盗賊と思しき大人?が我が物顔で村を襲って回っていた。
俺は唖然としてその様子を見ていると、盗賊の1人と目がかち合った。いや、身なりが汚ないおっさんかも知れないけど盗賊は以前見た事がある。多分、間違いないと思う。
「見てんじゃねぇ!クソ餓鬼が!!」
シッシッと追い払う様に手で払われ、慌てて家に引っ込むとありのままを両親に伝えに戻る。いや、両親は既に起きてて様子を見てたようだけど…両親は俺の言葉を聞くと頷きあい、
「家から出るんじゃないぞ?」
お父ちゃんは口を酸っぱくして言うと、武器代わりの
お母ちゃんも内側から木の板で窓なんかを打ち付けて補強している。まるで台風や嵐に備えているようだけど、その発生源はそこかしこを闊歩している。とても間に合いそうもないし、火を点けられればアウトだ…釘は青銅製で高いんだけど、流石に家がぶっ壊れるよりはマシってことで準備はしてあるんだ。
「お母ちゃん手伝うよ。どうすれはいい?」
そう言ってみたものの、実際には何をしたらいいのか判らない。冒険者に憧れてはいるが、体が弱い唯の子供に過ぎない俺は打ち付けている板も持上げる事も難しい程に力が無い。
「その気持ちだけで十分よ…そうね、ベッドで大人しくしててくれると助かるかしら?」
早々の戦力外通告だが今日は村の広場まで往復している。体力的にそろそろ限界だしお母ちゃんもそう思ったのだろう。16歳の男子としては情けない限りだけど言われるままに寝室に戻り、布団に入るとストンと眠りに落ちた。
- めざめ -
「う…」
あれから何時間が経ったのか判らないけど、酷く喉が乾きを覚えて目が覚めた。
「ん…」
村を襲った
「え…」
部屋のドアを抜けると、釘を打ち付けてあった筈の板が殆んど破壊されていて、窓も窓枠毎無くなっている。
「…」
家の中は台風でも通ったかのような状態で、ちょっと人が住めるような状態じゃない。椅子なんかは打ち倒されて半ば壊れてるし、テーブルも蹴飛ばされたかのように壁に向かって吹っ飛んでるし…それに、妙に静かだ。耳が痛くなる程に…
室内の部屋は鍵が掛かってない所は壊されてはないけど、乱暴に開き閉めしたのか、ちょっとギィギィと軋んでいるのが判る。両親の部屋もトイレも見て回ったけど、誰も居ない…勿論、台所にも誰も居なかった。ついでに言うと食料棚も空っぽだった…。と言うか賊が侵入して洗いざらい持ってかれたんだろう。引出しなどは全部引き出されてるし、値打ちがありそうなのは全部持ってかれた後だ。
そして玄関…辛うじてそれと判る場所にドアは跡形も無く、廊下の途中まで焼け焦げたような有様になっている。爆弾でも放り込まれて爆破されたかのような有様だ。俺は、そっと頭を出して外の様子を伺う。すると…
そこにはお父ちゃんの顔…頭だけが転がっていて、お母ちゃんが小汚ない大人に…盗賊に乱暴を働かれていて…
他にも知り合いの人たちが首だけになってたり、盗賊たちに乱暴をされていた。
「こっ…」
これって…一体…
思考がぐちゃぐちゃになる。
お母ちゃんがこちらに気付いたのか、何か叫んでいる。
いや、掠れた声かも知れないけど、俺には聞き取れなかった。
盗賊の一人が俺に気付くと何か叫びながらこちらに歩いて来る。
「……!」
何か言ってるけど耳に入らない。
腕を乱暴に捕まれ、引っ張られる。ふと、視界の端にある光景が目に入る。
「…ちゃん」
名前を呟いたつもりだけど、声にでなかった。
その子は幼馴染みで、いつも俺の事を気に掛けてくれてて、笑顔の眩しい初恋の…それが、3人の盗賊たちに蹂躙されてて…そして、俺に気付いて目を見張った。
「ぎゃああっ!?」
突然、頭を掴んで彼女を蹂躙していた盗賊が叫び出す。
「お、俺のチン●がっ!!」
ぺっ…と見覚えのあるソ-セ-ジみたいな肉棒を吐き出す彼女。口の回りは血だらけだ。
「ちっ…こいつ、舌を噛み切りやがった!!」
更に血を吐き続けているから何だろうと思っていたら…。盗賊の声に、俺は声にならない声で絶叫してしまう。
「…!?」
彼女は蹴り飛ばされ、体をくの字に折って壁に叩き付けられる。服を剥ぎ取られていたせいで全裸の彼女。肌は傷だらけで唯でさえ擦り傷が酷かったのに、壁の木材から飛び出ている小片が突き刺さり、切り傷や刺し傷でボロボロになって流血している。
『無事、だったのね…』
舌を噛み切っている彼女の声が聞こえる訳がないのだが、俺にはそう言っているように聞こえた。
彼女は自分の体も省みず、俺なんかの事を気にして…。そこへ何かが飛んできて彼女の首に突き刺さる。
どっ!
「!?」
びくんっ!…と彼女は痙攣し、首から大量の血を噴出させて…それっきり動かなくなった…
恐る恐る振り返ると憎悪に顔を歪ませ、股間を真っ赤に染めた盗賊が何かを…恐らくは武器だろう…投げた姿勢でこちらを睨んでいた。
「このアマ…、人のチン●を噛み千切りやがって…」
周囲からは仲間だろう盗賊たちがゲラゲラ笑っている。
野次を飛ばしているんだろうけど、俺はそれどころじゃなかった。
「…!」
ヨロヨロと彼女の傍に近寄ろうと歩き出すが、それは叶わなかった。
キレた盗賊が俺を突き飛ばし、彼女に駆け寄ると投げた武器、大きさからしてナイフより大振りな…恐らくダガ-と呼ばれる物だろう…を突き刺さっている首から引き抜くと、滅茶苦茶に斬り付け始めた。
「な…止めろ…」
俺は驚き、死体に鞭打つ行為を…この場合は刃物で斬り付けている訳だが…止めようと叫ぶが…叫んだつもりだが、か細い声しか出なかった。
それでも、止めようと近寄るが、
「うるせえっ!!」
と、肘鉄を食らわされて吹っ飛ばされる。周囲の盗賊たちからは、更に野次が飛ぶがそれどころではない。
・
・
やがて、気が済んだのか、目前の盗賊が静かに立ち上がった。
彼女はどうなったのかと見ようとすると、既に原型を留めておらず、真っ赤な肉が。白い骨が。赤い液体が散乱しているだけだった…
人はこうも酷い事が出来るのか?
それだけが頭の中を占め、動けないでいると、
『無事…だったのね』
と、さっき聞いた言葉が頭を
そうだ…。彼女は自分ではなく、俺の無事を望んでいたんだ…。いつまでもこんな所に居ちゃいけない…
彼女の死体に後ろ髪引かれる思いは有るがそう思い直し、倒れた所からソロソロと距離を取ろうと動き出すと、
「何処に行くのかなぁ~? クソ餓鬼」
と呼び留められ、首を巡らすと包囲されており、逃げられない事を悟るのだった…
-
あれからどれだけの時間が経っただろうか…。俺は死んで…殺された幼馴染みの彼女の代わりに
ちなみに性的にではなく、単純に鞭とか棒で暴力を加えられていただけだ。関係者と判ったせいで、収まらない怒りをぶつける対象として…
最初に彼女を勢い余ってバラバラ死体にしてしまい、「もっと手を抜いてやれば良かった」とか抜かしていたがそんなの知った事じゃないしいい迷惑だ…
「…」
それにしてもおかしい。
いや、何がって…
これだけ危害…暴力を加えられていれば、俺も彼女の元へと旅立っていてもおかしくないのだが…
盗賊曰く、
「気味が悪い餓鬼だ」
だそうで。
鞭で打っても、棒で打っても、怪我はするが
いい加減面倒になり、殺そうと滅多斬りしても斬り付けている
痛いから止めて欲しいと言うと煩いと思ったのか舌を引っこ抜かれたんだが…次の瞬間には抜いた舌が盗賊の手元から消えて元に戻っている始末…
「疲れた…」
と、言い残して去って行く盗賊たち。
・
・
…と言う事があり、現在は絶賛放置中な訳だ。
放置している場所は見覚えがないけど、恐らくは村長のお屋敷だろう。
「何か高そうな家具とか有るし…」
地下室とかないからか、場所を開けた客室で
「彼女に比べれば、こんなもん…」
片や五体満足で、片や全身バラバラで…。比較するのも片腹痛い訳で…
無事だった親御さん、怪我してるのに無理して俺を…いや、悪くは言えないだろう。娘をあんな目にされたのに助けに動く事も出来ず、唯々見てただけのクソ餓鬼だもんな…
(そんな事、言わないで…)
あれ、何か幻聴が聴こえたような?
疲れてるんだろうな…寝るか。
普通、こんな目に遭っているのに寝るとか。それだけ異常な状態だったのだろうけど、俺はそんな事も気にしないで惰眠を貪るのだった…。またスコン、と寝落ちする所を見れば…クソ餓鬼っていわれてもしゃーないかな…あはは…
・
・
再びの起床は鉄の味がした。
何故って…
「おら、起きろ!!」
顔を…いや、顎を蹴り上げられて目覚める。口や頬、顎は勿論、目すらも爪先で蹴られて激痛が走る。
「ぐああっ!?」
直ぐに治るっちゃ治るが、痛みだけは感じるのだ。それは拷問に等しく、涙が流れても仕方がない。
「な、何しやがる!?」
抵抗すれば更に攻撃が激化するのは判っちゃいるが、反射で叫ぶと、口の中に棒を突っ込まれた。歯が破壊されて喉が削れて舌もぐちゃぐちゃになるんだけど…
「…!?」
痛みで藻掻きながら、強制的に立たされる。棒を引っこ抜かれると、釘が滅茶苦茶に刺さった木の棒で、明らかに拷問用の器具と判る。
「ぐはっ…げほげほ…」
数秒もすれば痛みは無くなり、口の中も元の通りとなる。蹴られた眼球も潰れてたんだけど元通りだ。鼻もひん曲がってたけど血が流れた跡は残るけど元通りの好青年…な訳はないか。16歳だけど見た目はクソ餓鬼だしっ!
体が弱くて、健康で怪我をしない頑強な体が欲しいとは思っていたが、こんな目に遭う為に強い体が欲しかった訳じゃない…くっそぉ~…
そう思いながらヨロヨロとしつつも前に目を向けると、
「ガン…」
村長がまだ生きていた。
「この村はおしまいじゃ…」
そりゃ、これだけ大勢の盗賊に襲われてしまえばな…。誰か逃げ出して近くの町に救援を頼んでも、その頃には盗賊たちは居なくなってるだろうし。
「せめてお前だけでも…」
いきなり村長が飛び出して来たんだが、後ろから斬られて首が飛ぶ。
「う゛…」
ばた~んっ!
…と体が倒れ、首がコロコロと転がっていく…。首からはドクドクと血が溢れ、転がった首からも少しだけど血が流れつつ転がった軌跡を描いていく…
「…」
推測だけど、盗賊に襲われたこの村の人たちは奴隷として捕らえられ…どこかの町の奴隷商に売り飛ばされるんだろうな…。気に食わなかったり抵抗すれば、首だけになった人たちや村長のように殺されると…
村長を凝視しながら、他人事のように考えていると…
「ちっ…気味の悪い餓鬼だ…おいっ」
背後から頷いた気配がして、首の右から鋭い物が通り過ぎる感覚を覚え、
「あ…」
と、一言だけ残して…俺の首から上は胴体から切り離された。
(…首を落とされても、すぐには死なないんだな…)
回転する視界を見ながらそんな事を思い…床に頭が落ちる。神経が麻痺しているのか、痛みは無い。そして…
ぐしゃっ
そんな音が聞こえた気がしたら、視界は真っ暗になった。
多分、頭が潰されたんだろう。
これで、俺の16年の人生はおしまい。
…はぁ、次があるなら…。もうちょっと体を丈夫に産んでくれないかなぁ…。いや、人として産まれるなら、だけどさ…
-
…とまぁ、そんな事を思っていた時期もありました。
焼け野原になっている場所…恐らくは元村長宅の中で寝ていて、たった今、気付いて起きた所だ。素っ裸で、だけど…
「…一体、これは…」
何て思っていると、遠くから大勢の人が走って…あぁ、馬に乗っている兵隊さんみたいな鎧を着た人たちが一杯。え?…兵隊と違う?
「良かった…おい!生存者1名確保!…お前たちは周囲を探れ!!」
と、飾りの多い鎧を着た大柄な人が俺を抱きかかえ、そっと馬車へと運び込もうと歩き出す。まぁ、馬車といっても目に映ってるのは荷馬車なんだけど。
「君、名前は何という?」
「君のお名前は?」
少し細い鎧を着込んだ女の人が優しく問い掛けてくる。
「…ぇっと…ゲホゲホ…」
答えようと口を開き、声を出そうとすると咳き込んでしまう。恐らく喉が渇ききっているのが原因だろう。
「あらあら…先に水を飲ませた方が良さそうね?」
女の人が先に荷馬車に向かう。偉丈夫の人はあくまでゆっくりと歩いて俺を運んでくれている。多分、衰弱が酷くて手荒に扱うとダメだと判断してくれてるんだろう。
「さ、これを…」
戻って来た女の人がコップに汲んだ水を差しだす。俺の口に付けたまま、ゆっくりと傾けてくれる。
コク…コク…
ゆっくりと口に含んで喉へ流し込む。
取り敢えず水は飲めるみたいだが、ふと、思い出す。
「う…うぁ…うわぁぁああぁぁぁ…!?」
殺された状況がフラッシュバックして、暴れだす俺。だが、衰弱してるせいでか細く声を上げるだけで、体は思うように動かない。
「なっ!?…おい、どうしたっ!?」
偉丈夫の人が暴れるかもと俺の体を押さえつけようとするが、か細い声を上げるだけで殆ど体が動かない事に気付いて力を抑える。
「ど、どうしたの!?」
女の人が慌ててコップを口から離し、聞いて来るがそれどころではない。
ひとしきり声を上げた後…俺はくたりと体から力が抜け意識も落ち、偉丈夫の人の腕の中で動かなくなった。
・
・
首に刃物が通り抜け、落ちた頭を潰されるシーンがリフレインし、心のブレーカーが落ちたのだ。これ以上続けると心が壊れてしまうと…。俺は…
(大丈夫だよ、大丈夫。ガンくんは、誰よりも心が強いもの…だから…)
あぁ、また彼女の声が聞こえる。
違うよ、俺は強くなんかない。両親に…お父ちゃんとお母ちゃんに守られてばかりで、強くなんてないんだ…。君の事だって救えなかった…救え…うう…
丈夫な体。傷付いてもすぐ治ってしまう体は得られたかも知れない。でも…
「俺は…強くなりたい…。みんなを敵から守れるだけの、強さを…」
そう…どんな敵に襲われても、瞬時に駆け付け、守れるだけの力が…欲しい。全世界の人を救うなんて大それた力じゃない。ただ、村のみんなを守れるだけの力が…
そう願っても…時、既に遅く。村は盗賊たちによって殺されるか奴隷として連れ去られ、村そのものは焼かれて地図から消滅した。
後日、俺の住んでいた村はこの日を最後に記録から抹消されてしまったんだ。廃村として…
- あれから数年が過ぎ去った… -
正確には4年が経過した。
ここは俺の住んでいた村から200km程離れている町だ。名前は「ディカーン」と言う。ちなみに俺の住んでいた村は「モーンカトラ」って言うらしい。いや、外に出ない限り「村」で済んでたしな…。俺に限っては体力の無さで家と広場や同じくらいの距離を往復するくらいしか出来なかったし…
衝撃のあの事件から4年が過ぎ、死んだ筈の俺があの偉丈夫さん…この町の警備隊長「ドンガオレ=マシュー」って言うんだけど…本人が「マシュー」か「ドン」でいいつってんだが、最低の爵位とはいえ貴族さま…男爵だっけ?…なので恐れ多いって事で、マシュー様って呼んでいる。独り身で他に家族が居ないから他にマシューって家名の人が居ないのもあるけど。
あぁ…俺は家名が無い唯のガンだ。平民には家名なんて付かないからな。
で、連れ添っていた女の人は平民の出だけど警備隊の副長をしていて、名前は「スワン」って言うそうだ。本人曰く、本名じゃなくて仮名らしい。じゃ、本名は何ですか?って聞いたら「内緒♪」だそうだ…何か凄く可愛いんだけど…それ言うと「年上に可愛いなんて言っちゃ駄目ですよ?」って笑顔で怒られた。そんな顔も素敵です、スワンさん。
あぁ、マシュー様はギリギリ20代の29歳で嫁さんを大募集してるそうだけど、いい人が居ないそうだ。いや、人気はあるんだけど希望と言うか要望が高過ぎてなかなか…とか。当時は25歳で、余裕があったらしいんだけどねぇ…あはは。
スワン様は当時はギリギリ10代の19歳で、今は焦り始めた23歳。突っ込むと本気で怖い顔で無言で睨まれるのでそれ以降は口にしていない。世の中には踏んではいけないモノがあると、そこで俺は学習した。
この世界は16歳で大人認定されて、結婚適齢期は20歳前後。平民なら22歳には相手を決めておかないと行き遅れになるらしい。貴族ともなれば、まだ少し猶予はあるけど、子供を作る関係で矢張り早く結婚するに越した事はないらしい(魔法使いを雇うだけの金があるか、魔法使いを抱えていれば婚期が遅れても子作りに問題は少ないんだろうけど)
男はまだ余裕あるけど、30までに相手が決まってないと甲斐性無しとしてお相手が来なくなるんだとか。貴族ならもう少し先まで頑張れるらしいけどね…男爵だと、どうだろう?…う~ん、判らん。
ま、他人の事はいいか。
俺の現在の立場だけど…そのマシュー家に居候させて貰っている。いや、あの村の最後の生き残りな訳だけど色々調書を取るって数週間居候してたんだけど、ずるずるとね…
あの村は規模が小さく、学校がある訳じゃない。力仕事も出来ない俺は暇を持て余していて冒険者になるなら読み書きくらいできないとってんで、村長の家に入り浸って本を読んだり、判らない事は村長や家族の人に質問して過ごす事も多くて。
まぁ、そんなこんなで読み書き計算も出来たんだ。本は少なかったんでそれ以上の知識は村長とその家族から少しづつ聞いたりしてはいたんだけど…
(彼女…村長の一人娘…うう、名前なんだっけ…ショックで思い出せないんだよな…)
あの事件で、凄惨な死体を見てしまったせいか、ショックで名前すら思い出せない。彼女には悪いけど、本当に…
4年が経過したけど、未だにうなされては夜中に飛び起きるとかやってるし…。最近は少なくなってきたけどね…
「はぁ…」
ああ、俺の今だね。悪い悪い。えっと…。健康で丈夫な体を手に入れ、ある程度強力な攻撃スキルを得た今、念願叶って冒険者やってるよ!
そこ、救ってくれた男爵の役に立って警備隊の平でも務めてるんじゃないのか?…って顔をしているけど、いいじゃないか…別に冒険者やったって。
あ~、まぁ、俺があの後、調書を完全に取り終えた後に。
「冒険者に、なりたい…」
って言ったら、マシュー様が鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした後、
「…そうか」
って言った後、色々と世話をしてくれたのが印象的だったかな…。俺の場合、町の学校の卒業レベルに学力がギリギリ到達していたお陰か、後は体作りだろうって事で。
「あれはきつかったよなぁ…」
警備隊の訓練所に放り込まれて、3年間みっちりと警備隊の新人たちと一緒に鍛えられて…。ついでに町の警らにも連れてかれたりしてな…給料無いけど。
そして、本来は2年で訓練終えて…って所を、わざわざ3年間もみっちりと…。で、19歳になった頃に卒所して…
「冒険者の登録にマシュー様と一緒に行ったんだよな…」
親代わりなのは判るんだけど、あれは恥ずかしかったなぁ…。いや、平民と男爵とどんだけ身分に差があるかは知らないけど、冒険者ギルドでザワついてたのが一気に静かになったのは面白かったなぁ…
で、それから1年。最低ランクを卒業して、今やランクDだ。最低がFなので、Eを経てDに…まぁ、先日なったばかりのペーペーだけどな。初心者を卒業してようやく中堅に仲間入りかな?って所だ。
1年で2ランク上がるのは割と早い方で、普通は経験不足とか言われてなかなか昇進試験は受けさせてくれないそうなんだけど。俺の場合は3年間の地獄の訓練期間があると言う事で、すんなり受けさせて貰ったよ。あの警備隊の訓練所では、体を鍛える以外に、頭脳も鍛える座学もさせられたからな…
「どっちかってーと、座学のが楽だったかな…。頭を使うのは慣れてるし」
ま、改めて体が強くなるらしいスキルを得ていたので、訓練そのものも楽っちゃ楽だった。体力的にはね…。精神的にどうかは別だけど…
「さて、と…」
掲示板から剥がした依頼票を読みながら受付に歩く。数人が待っているので待ち行列に並び、再び読み直す。
【討伐依頼票】
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◎討伐対象…ゴブリン数体とホブゴブリン。オークが居る可能性もあり
◎討伐依頼元…ディカーンから西に1日離れた村、トリント村。定期馬車あり
◎推奨人数…ランクCなら1人でも可。ランクDは2~3人。ランクE以下は経験を鑑みて推奨されないがランクD以上の付き添いがあれば別(D1人にE~Fを5人程の構成が最低限)
◎報酬…討伐完了を以て銀貨5枚+討伐報酬と素材売却費とする。村長に完了確認票にサイン受領後、ギルドに帰還した後で清算とする
◎他…討伐成功・失敗に関わらず、必ず帰還して報告する事
・1週間経過しても報告無い場合は討伐失敗と見なし、ギルドから追加部隊を派遣する(※逃亡などが発覚した場合の処置は別途)
・請け負った冒険者が全滅していた場合は登録抹消の上、家族か近親者に報告する事とする
・討伐失敗した冒険者が帰還して来た場合は状況を鑑みた後、ギルド内で処置を検討する
・追撃部隊の報告内容次第では降格処分、或いは懲戒処分に処す可能性もある
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「うわぁ~、下の方は誰も読んでないんだろうけど、相変わらずエグイよなぁ…」
普通にこなしてれば別に読まなくても問題はない。寧ろインク代の無駄だとは思うが、書いてなければ書いてないと言い出す冒険者が実際に居て、期限内に依頼を果たずに逃亡する輩が多かった時期もあったとか…
「にしても銀貨5枚+出来高制か…多いんだか少ないんだか…」
命を懸けて銀貨5枚は少ないだろう。尚、貨幣の価値はこんな感じとなっている。
円貨幣 角貨幣 下位円貨幣 現代貨幣(凡そ)
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白金x1=白金x5=金x10≒10万円+α
金 x1=銀 x5=銀x10≒1万円+α
銀 x1=銀 x5=銅x10≒ 千円+α
銅 x1=銅 x5 ≒ 百円
円貨幣は所謂普通の硬貨で丸い形状をしている。大きさは全て5百円玉くらいの大きさだ。厚さはやや厚めで3mm程。材質にもよるが重さは10g前後。柔らかい材質の貨幣は他の素材を混ぜて硬くしてあるらしい。
角貨幣は円貨幣より小型の四角い貨幣で、縦にやや長い長方形をしている。円貨幣の中にすっぽり収まるくらいで軽い。
それぞれ下の貨幣の10倍の価値で、角貨幣5枚で同系列円貨幣1枚分の価値が有る。
一番下の角銅貨1枚で20円くらいの価値があると思って貰えば大体合っている。一番安い黒パンが角銅貨2~3枚で買えると思えば判り易いだろうか?(町によって物価が違うが大体それくらい)
※但し、正確にイコールとなるのは銅貨止まりで、銀貨以上は+αがある為に一概に等価とは限らない。命を懸けて5千円じゃ、余りにも割が合わないだろう…(一応、1泊2食付きの宿に数日は泊まる事は可能な価値はある(宿のグレードは最底辺よりはマシな程度で、物価によっては1泊幾らかの差は出る))
尚、表には敢えて記載しなかったが、銅貨の下には
※ガンが日本を知っている訳ではないので、便宜的に比較要素として説明を入れました(転生者でも転移者でもないので、念の為)
「って愚痴を言っててもしゃーないか…お、来た来た」
丁度、妄想から戻ってくるとガンの順番が来て、いつものやり取りを経てギルドを出発する事に相成った。
「幾らランクDだからって、あれをソロで受けるかね…」
「確か、ランクDに上がったばかりでしょ?あの子…」
「いや、もう立派な二十歳なんだから、子共扱いは酷くね?」
「でも、何か放っておけないって言うか…こう、あたしの胸にキュンッてくるんだよね!」
「わかるぅ~」
「でもさぁ、そ~ゆ~目で見てると、時々何かさぁ…こう、背筋がぞぞぞ!って来ない?」
「あ~、時々するよね、何だろう…これ」
「あの…俺らさっきから並んでるんですけど…」
「「「あ゛あ゛っ!?」」」
「ひぃぃ~…勘弁してくださいよ…これ、急ぎの依頼みたいですから…」
「ちっ…しょうがね~な………ほらよ!」
「す、すいません…じゃ、いってき…」
「「「さっさと行け!」」」
「うひぃ~!?」
ガン以外の冒険者たちはガンが居る時間帯だけこんな扱いを受けていたが、それをガン本人が知る事は一切無いのだった…
「これが冒険者ギルドの闇か。怖い…ガクブル」
眼付けされて追い立てられた冒険者は、偶々初めてのギルドでの偶々きつい洗礼を受けたのだが、全部が全部、そうではないので生暖かい目で見守ってあげよう…(苦笑)
- トリント村まで後僅か… -
「やっと着いた…馬車で1日って遠いよな…どんくらい離れてるんだろ?」
平均時速を10㎞/hとすれば24時間では240㎞だろう。が、実際には途中で休憩や野営を挟む為にそれ程遠くは無い。いい所100kmと言った所だろうか?
「ありがとうございました!」
「おお、気を付けて行けよ!」
御者さんにお礼を言って馬車を離れるガン。
他に何名か降りて来たが、トリント村に用がある大荷物を担いだ商人と、小柄な人が1人。外観からは男か女かは判らない。商人は…ふくよかな体をしているおっさんだ。一言でいえばデブだった。
「じゃ、坊主。すぐそこだけど案内するよ!」
「あ、有難う御座います。一応討伐依頼で来たんですが、道中に出る可能性もありますし…」
「あぁ、その時は任せたぜ?…何しろ、俺はこれだからな!」
物凄い量の荷物を担いでいる商人は、重さで土の道路がめり込む程だ。歩く度に靴が土に沈む様は、雨の日だとどうなってしまうか容易に想像が付いてしまう。
(すってんころりん…だな)
幸い、昨日から今日まで晴天が続いており、雨なんて降りっこないだろうと思わせる。急がなくても村まで問題なく行ける…と思う。まぁ絶対なんて無いけどな…
俺と商人さんの後ろを名も知らない小柄な人物が追いかけてくる。商人さんの名前も聞いてないけど…知りたい訳じゃないが名乗って来ないし…まぁそれはいいか。
「…」
「それにしても暑いな…」
「えぇ…と言っても、もう暦の上じゃ秋なんですけどね…」
まだ時々暑い日があるが、最近はだいぶ涼しくなってきてはいる。昼間は太陽が照っているせいで、日中はまだまだ暑いのだ。
そうこうしている内にトリント村が見えて来た。定期馬車は街道が続いている所までしか移動出来ない為、そこから先は徒歩となる。村人のお手製らしく、幅が狭く馬車が入って来れないのだ。
「やっと見えて来たな…んん?…何か様子が…」
商人さんがトリント村を見ると、そう喋って
「これは…不味い、不味いぞ!」
そう叫ぶと商人さんは村ではなく、反対側へと走り出す。
「ガンくんと言ったかな? わしは救援を呼びに戻る。君は…依頼を果たしたまえ!」
と、偉そうな口ぶりで一目散に逃げ出した。一体、あの大荷物でどうやってあんなに俊敏に走れるのか謎だが…
「逃げた、か…今から追いかけても馬車に間に合うのかね…?」
と、はぁと溜息を吐く。
背後を見ていると、下に先程の小柄な人物が立っているのに気付く。
「…あの、君も逃げた方がいいんじゃないかな?」
取り敢えず、一般人ならあのモンスターを相手に逃げた方がいいだろうと判断し、逃亡を勧めたのだが、
「…?」
何故?…と首を傾げられてしまう。
「いや、あのね…」
余り部外者に情報を漏らすのも…とは思うが、知らないで殺されるのもバカバカしいだろうと、自分がここに来た事情を説明する。遠目に見ても、村で何が起こっているか判らないでもないので、簡単にだ。だが…
「大丈夫。あたしもその為に来た」
と、言い出す始末。
「え?…ひょっとして…
と、返すと、
「…ん」
と、どこから取り出したのか2本の
ぴゅぴゅっ
と振り抜いた。
かかんっ…
と音がしたと思えば、数本の矢が折れ落ちていたのだった。
「え…これって…」
「ん?…今、飛んで来た」
俺の足元に落ちていた所を見ると、どうやら狙われていた所を斬り落としてくれたようだ。それも、数本の矢を同時に…
(今、殆ど動かずに振り抜いただけだと思ったんだが…)
どうやら、とてつもない腕前の冒険者が来たようだ。俺は剣を抜いて構える。
「判った。さっきは助けてくれてありがとう」
「…ん。問題無い」
こうして、彼女と俺は村を襲っているモンスターを討伐する為に走り出した。俺より小柄な女性だが、腕前は多分…俺より数段上だろう…
・
・
「あ、今更だけど名前は?」
「あ…ごめん。名前、アン」
「アン…ちゃん?さん?」
「…どっちでも。呼び捨て推奨」
(呼び捨てって…あぁ、戦闘中だと言い辛いし「ん」が続くから言い難いってのもあるか…)
「判った。じゃあ「アン」で。俺の事も「ガン」で」
「…ん。ン繋がり。仲良くする」
「あはは…」
女の子?女の人か?…どちらにしても何考えてるか判らねぇ…。そんな事を考えていたが、目の前の戦闘に対処しようと頭を振って雑念を振り払って俺は村に向かって走った。
- トリント村に到着 -
年齢不詳(見た目だけなら自分より年下の女の子の可能性はあるが、先ほど見せた技量や立ち振る舞いは年端も行かない女の子のそれではない)の女性と同行したガンは、トリント村へ到着する。そこで見た光景は…
「ちっ…やっぱりか…」
ゴブリンとホブゴブリンが蹂躙していた。それどころか、オークや依頼票に記載の無かったオーガまでも闊歩していたのだ。だが、ガンはオーガを見た事が無いようで、
「てかあれって何だ?…見た事ないが」
大柄な体躯を誇るモンスターを見ながら誰ともなく呟くと、
「…オーガ。オークより強くて賢い。魔法を使う個体も稀に居る」
と、アンから回答があった。
「す、凄いな。見ただけで判るのか?」
アンは少し照れながらも、
「…ん。勉強した」
と、僅かに胸を張る…無いとか言ってはいけない。
ぴゅぴゅぴゅっ!
目に見えない速度で2本の小剣を振り、矢を斬り落とすアン。
「う、また…助かった」
「…問題無い。それより、弓兵を何とかした方が…」
アンが時折飛来する矢を斬り落としているが、一斉に放たれた場合は防御仕切れないかも知れない。
「そうだな…。何とかしないとなぁ…」
と、矢の攻撃を感知出来てないガンがぼやく。
「お…あれか?」
木の陰や木の枝の上に潜んで、矢を引き絞っている影が見えた。
「聞こえてんだよ!」
ガンは足元に転がっていた手頃な石を手に取ると、無造作に投げた。
「…え」
まさに、
ぶおん!
…と音を立てて放たれた小石は間髪入れずに弓兵の頭部へと吸い込まれて行き…
「えぇ…」
ばしゃ!…と粉砕音を響かせ、その後にどさっ!…と死体が落ちる音が響いた。
「いっちょ上がり…あ、そこもか」
続けて2投3投と投げては、ばしゃっ!とか、どさっ!と音が鳴り響き、矢が飛んでくる事はなくなっていった。
「…」
アンは小さな口をあんぐりと開けていたが、やがて閉じると
「…そんな事もある、か」
と、独り
そんな事より、他のモンスターだ。
小石を拾って左手に予備を持ち、右手で投げる分を1つ持ちながら歩くガン。
「そこか…せいっ!」
じゃり…と足音がする方へ向くとしゅぱん!と小石を投げる。
そして、投げた方からばしゃっ!と頭部が砕けて血が飛び散る音…恐らく脳漿も脳みそも何もかも撒き散らしているのだろう…が、遠すぎて見えない。そして、どさっと倒れる音もするが高い位置から落ちてる訳ではないので聞こえたり聞こえなかったりだ。
「あ、言い忘れてたけど…。一応、討伐部位の耳だけど、なるべく気を付けてはいるけど…諸共吹き飛んでたら堪忍な…」
と、ガンが言う。本当に今更だ。
(後で回収するにしても…それに関しては問題はないか。どうせ血だらけで判り易いだろうし…)
アンがそんな事を考えていると、
どすん!
と地響きが届く。
「…オークかオーガが来た。かなり大きい」
「了解…流石に小石じゃ無理がありそうだな…」
先程から小物…ゴブリン、ゴブリンアーチャーばかりを仕留めていたガンだ。最初に抜いた剣は小石を投げる為に鞘に戻していたが、小石をズボンのポッケに放り込んでから再び抜く。
「…小石、必要?」
「えっと、また使うかも知れないし?」
アンの突っ込みに苦笑いしながらガンは答える。
そうこうしてる内に林の陰から巨体が現れる。太い木を担いだ巨人が…
「これが、オーガか…」
「…ん。今のあたしたちには難敵。でも、勝つ」
アンが強い意志を以てオーガを睨み付ける。
「…!」
いきなりトップスピードに乗ったアンがダッシュして正面から…
「お、おい!」
いきなり直角に曲がって林の中に消えて行った。
「って、え?」
ガンはいきなり消えるアンに目を瞬かせるが、
「ええい、ままよ!」
と、ポッケに仕舞った小石を取り出して投げる!
ぼっ!
鳴ってはいけない投てき音を鳴らして小石がオーガの顔に…木を構えて避ける。
「ですよねぇ~…」
だが、余りの速度で投げた小石は
ずどぉぉんっ!
と鳴ってはいけない衝突音を鳴らして。構えた大木を、真っ二つに割る。
〈!?〉
オーガは割れた大木を両の手で慌てて保持し、混乱しながら見詰めている。
「…勝機」
そう言いながら、アンは林の中から現れて2本の小剣を振る。
ききぃんっ!
だが、それは2つに割れた大木で防がれる。
「…ち」
大木2刀流のオーガが振り下ろす前に、ダッシュで再び林の中へと回避するアン。
「なら、これでどうだ!?」
小石を投げた後、アンより遅いが走って接近していたガンが利き手で構えた剣を大上段から振り下ろす。
どがっ!
これまた、年齢相応の背丈に育ったガンが構える剣から鳴ってはいけない音が鳴り響く。
「もういっちょおっ!」
どがっ!どががっ!!
しかし、どれも大木で防がれてしまい、2つに分かたれた大木を更に細かく切り刻んだ結果で終わってしまう。
「ち…限界か」
剣身…剣の刃を見ると細かいひびが入っており、もう1度叩き込めば良くて2つに折れ、悪ければ粉砕。どちらにせよ、修理出来ない程に破壊されるだろう。
ガンは剣を鞘に戻すと、徒手空拳で構える。
「…あたしが隙を作る。ガンは逃げろ…」
アンはそう言うが、
「何言ってやがる。そっちだって小剣は限界だろ?」
ちらっと見ると、矢張り小剣にも細かいひびが入っており、ガンの剣よりマシとは言え、攻撃を続けていればいずれ壊れてしまうだろう。下手にオーガの攻撃を受けてしまえば、小柄なアンに耐えられる術は無い。
「…しかし」
「シカシもカカシもねぇっ!…まぁ、囮役くらいはやって貰ってもいいけどな?」
あれだけ素早く動けるアンは、囮役としては最適だろう。動きが鈍いオーガにはまず捕まらないだろう。
「…わかった」
小剣を鞘に戻し、走り出すアン。何回か蹴りを入れて気を引いている。
オーガはイラつきだして捕まえようと腕を振り回すがそう簡単には捕まらない。
「よし、行けるな…」
ガンはナックルガードを懐から取り出して、両手に嵌める。
「んっと…」
目を瞑って両腕を構えるガン。暫くすると、体を見えない何かが
「…これは」
アンが囮役をしながらガンから漂ってくる何かを感じ取る。
〈…グ!?〉
ついでにオーガも何かを感じ取ってガンの方を振り向く。
「ふぅ…もう遅ぇっ!」
そう叫んだ直後、音を置き去りにしたガンがオーガの腹の下で叫ぶ。
「…え。何これ」
アンが呟いた瞬間、ガンは有り得ない速度でオーガの腹の下に現れたのだ。
「
ず・どんっっ!!!
大地震でもあったのかと思うような音が響き…次の瞬間、オーガがその場から消えていた。簡単に言うと、ガンが亜音速でオーガの足元に移動し、その運動エネルギーをアッパーカットに全力で回して打ち上げただけの事だ。
オーガは腹周辺を粉砕され、ある程度打ち上ると引力に引かれて墜ちて来る。
「っとと、アン。こっから離れるぞ?」
ガンはアンを抱きかかえ…丁度お姫様抱っことなった…て、オーガの着地点から50mは遠ざかる。
時間にして凡そ1分程後、
ひゅるるるる………ずずぅぅ~~んんっっ!!
と、大音量を響かせて大質量が落ちて来る!
「うわぁ~、ぺっぺっぺっ…もっと離れるべきだったか…」
地面の土が舞い上がり、土埃で頭から下まで茶色に染まる2人。水魔法でも習得していればその場で洗い流せただろう。風魔法と火魔法を習得していればその場で乾かす事も出来ただろう。だが、無い物ねだりは叶わないのだった…w
「くっそ…村で井戸水でも借りられっかな…?」
無い物は使えない。ガンは諦めて、残るモンスターを探す事にした。
「…ん。取り敢えず、討伐部位を切り取っておく」
ついでに、素材も回収するアン。ガンには言ってないが、見た目より多くの物を収納出来る魔法の袋を所持しているのだ。
可能な限り、ゴブリンたちの死体を見かけたら討伐部位を回収していたが、素材としては小さな魔石の欠片くらいしか無い。敵モンスターがいつどこから出てくるか判らない状況ではすぐ切除出来る耳なら兎も角、胸の奥にある魔石の欠片を採取する時間的余裕は余り無かった…
・
・
結局、生存していたのはゴブリンが数体にオークが5体だけだった。村の中に入って襲っているモンスターはそれだけで、まだ外に出ていたゴブリン、ゴブリンアーチャー、外が騒がしいので様子を見に来た親玉のオーガが1体だけだったのだ。
村人たちにも被害はあったが死者は僅か2人で済み、暴行を受けた者も居るが村の方で何とかすると言う事で(治療薬は持ってなかったので対処する事が出来なかったともいう)ギルドに報告するとだけ。
ガンは、半日かけて整理した報告書を村長に読んで貰い、正式に完了署名を記入して貰って村を後にする事に。
「本当に休んで行かれないのですか?」
と、一泊して貰おうと村長に引き留められたが、
「いえ、想定外の事態もありましたし報告は急がないといけませんから」
と、辞退した。
過去に一泊して殺されそうになった事があったから…とはいえず、苦笑いを噛み殺して逃げるように村を出るガン。
「別にアンは泊まってっても良かったんだぞ?」
「…ん。大丈夫。それに、昔、殺されそうになった事あるし…」
つか、お前もかよ!…と、声を大にして叫びそうになったがそれも噛み殺して…
「…そっか。わかった」
と、ディカーンへ向けて歩く2人。
「はぁ。馬車で1日か…徒歩だと2~3日ってとこかなぁ…」
当初の予定では馬車で往復のつもりだったので野営の準備はしていない。一応、毛布はあるからそれで野宿かなぁ…と呟いていると、
「…大丈夫。野営セット持ってる」
と、先輩冒険者のアン様がいってくれたので
「ははぁ~!」
と、へりくだるガンだった。テントは1人用で布団なども1組しか無かったが、どの道交代で起きて見張りはする為に間違いは置きようも無かった事を付け加えておこう。
- 出発から4日後。ディカーンの町。冒険者ギルド -
「ただいまぁ~…疲れた」
思ったより疲弊していたガンたちは無理せずに3日かけて帰還した。途中、馬車とすれ違ったが逆走してまで送ってくれとはいえずにトボトボと徒歩で帰還した訳だ。
「おかえりなさいませ!…てか、よく無事で…」
受付嬢からハグされそうな勢いで駆けよられるが、臭いに気付いて
びたぁっ!
と急停止する受付嬢3名。
「あはは…ただいま戻りました」
結局水浴びすらできずにトンボ帰りで戻った為、結構酷い事になっているガンとアン。
「報告は俺がしておくから、アンはシャワーでも浴びてきなよ?」
と、ギルド備え付けのシャワー室を使うようにガンはアンに促す。急ぎの案件の為、先に報告しようとしたのだが…
「ガンくん?…先に臭いと汚れを落としてらっしゃい!…報告書は読んでおくから。早く!」
と受付嬢3人に鼻を摘まんだまま叫ばれ、仕方なく報告書を渡してシャワー室へと向かうのだった。
・
・
「これって…」
「う~わ、書類まで臭い移ってるし…」
「いや、臭いじゃなくて中身を読みなさいよ…」
モンスターの血と肉の腐臭だ。それもオーガクラスは強くて肉食の為に更にきつい。
「これに慣れちゃうと、そんじょそこらの人間のクソなんて、屁のツッパリにもならないでしょうね…」
「屁のツッパリは、要らんですよ」
「何それ…何かの格言?」
…気にしたら負けだろう(多分、きっと)
・
・
「ふぅ~、さっぱりした!」
「…同意」
何故か同時に出て来た2人だった。
「あ、ガンくん!報酬出てるわよ?」
「え?…まだ素材とか討伐部位が…」
「…もう提出済み」
Vサインを手にアンが勝ち誇る。
「え…いつの間に!?」
ガンが戦慄を覚えていると、
「えっと…一時パーティを組んだのね…アンさんと…え?ひょっとして…アンって、あの?」
アンが受付カウンターに近寄り、足台の上に乗って首に掛けているギルドカードを見せる。そこには…
「これが…ランクA冒険者の証!?」
銀色に輝くランクA冒険者のギルドカードが
キラーン!
と輝いていた!!
「…ん。そろそろランク上がる?」
「あ、いえ…。貢献度不足ですから、もうちょっと頑張って貰わないと…です、はい」
「…そう。残念」
実はアンって天井人…もとい、天上人だったんだとガンが更に戦慄している。
「ガンくん、じゃあはいこれ。一応、パーティリーダーみたいだからね。ちゃんと話し合って報酬を分けないとダメだからね?」
受付嬢が結構大きい革袋を手渡すと注意してくる。ガンがパーティを組んだ事が殆ど無いからだろう。
「あ、はい。判りました…」
ぼぉ~~~っとしながら、アンに革袋を手渡すガン。
「…?」
首をコテンと傾げながらガンを見るアン。
「あぁ…一時預かって欲しいんだ。ほら、アンって魔法の袋持ってるだろ?」
ガンは普通の背嚢とショルダーバッグしか所持してない上に、中には色々と道具が入っている。大量の報酬が入った大きい革袋を入れる隙間が無い訳だ。
「…判った」
コクリと頷くと、アンの頭程もある革袋が瞬時に消える。
取り敢えずガンが居候しているマーシュ家の屋敷へと案内する事になった。訓練所を卒所した後、無理に宿屋を借りて無駄に出費するよりはと言う事で再び世話になっているのだ。
- マシュー家・邸宅 -
「ふわぁ…」
珍しく、広大な敷地の中にある邸宅を見てアンが口をぽかんと開けて驚いている。入口からして2頭立ての馬車が並んで出入り出来るほどに大きいのだ。
尤も…これが全て男爵であるマシュー家の物では無く、ここの領主の邸宅を間借りしているだけで本当の家は敷地の中の離れ…となっている。ガンもその離れの一室を間借りしている訳だ。
「やぁ、お疲れ様です」
「はっ、ガン様も無事お帰りになられて…」
門番の人とは顔パスなんだけど、話しが長いのが珠に傷だ。ガンは適当に話しを終わらせて中へと入って行く。
「…え、と。あたしの説明とかは?」
アンが何の説明も身分証明もなしにガンと同様に顔パスした事に疑問を持ち、慌てていると、
「あぁ、大丈夫。ここに入る人は事前に色々と調査済みだから。勿論、独りで入るとかは無理だけど、知人とか中に居れば大丈夫なんじゃないかな?」
今回は、数日前に知り合ったばかりではあるが、ガンと一緒だから何の問題は無いと。そう説明されるが、それでも理解できずに混乱するアン。
「ま、貴族ってのはそういうもんだって事だよ…大丈夫、すぐ慣れるって」
実際、ガンも最初は今のアンと同様に混乱したが、マシュー様の説明で「考えたら負けだな」と理解し、そういうもんなんだと思うようにした。
こうして、現存する冒険者の中でも最上級と謳われるであろう最初の2人が偶然にも集結し、冒険を通じて仲間を増やして行き…いずれ強力なクランを打ち立てる事は…今の2人にも想像の埒外だろう。
だが、ガンが強力なスキル・称号に目覚めていき、パーティメンバーにもその力を貸し与えて行く事は、当事者たちだけの秘密となる。
━━━━━━━━━━━━━━━
想った力を得る(すぐにではないとしても)チートスキル。但し、死ぬような目に遭ってるからこそ、心の底から欲しいと思えるのだろう…(実際、死んだも同然の目に遭ってるし…)
【短編】チートスキル じょお @Joe-yunai
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