鉄仮面の素顔
華さんが出ていくと部屋がシンと静まり返った。
ずっとその場に立っている倭斗くん。死闘を繰り広げ、その上何時間も立っていたのだから体はしんどいだろうに、倭斗くんはそんな事をおくびにも出さない。
けれど、普通に椅子に座れって言ってもきっと聞き入れないだろうから、わざとそっけない言い方をする。
「見上げてるの辛いから、そこに座ってよ」
倭斗くんは一瞬ためらったけど、ベッドの傍の椅子に腰を下ろした。
でもすぐに後悔した。
座ったら倭斗くんの顔がよく見えるようになって、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
すると、先ほど看護師さんから聞いた話が頭をよぎる。
『救急車に乗っている時から、ずっとあなたの手を握っていた』とか、『あなたの無事を確認するまでは自分は治療を受けないってきかなくて』とか、極めつけは『あなたのことが心配だったのね。ひと時も離れたくないって感じだった』なんて……。
絶対に信じられないことだけど、想像しただけで顔が火照ってくる。
火照る顔を何とかしたくて、両手で顔を覆った。けれど、その行動がさらに自分自身を追い詰める。
倭斗くんが私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫か? なんか、顔が赤いぞ。気分が悪いのか? 待ってろ、今看護師さん呼んでくる」
そう言って立ち上がろうとしたから、慌てて倭斗くんのシャツを掴んで引き留めた。
「待って、行かないで!」
「え?」
驚いた顔で私を見た倭斗くん。その顔を見て、自分が発した言葉にハッとした。
あ、違う。間違えた!
さらに顔が火照るのが自分でもわかったから、倭斗くんの顔を見ることが出来ずに俯きながら言った。
「えっと、その、具合が悪いとかじゃないから……、ホント大丈夫。うん、大丈夫」
「ホントに?」
いつもは意地悪なくらい嫌味なことを言うくせに、今日に限って何故かとても優しくて、どう対処していいか分からなくなってしまう。
とりあえず何度も頷くことにした。
大丈夫だという事を分かってくれたのか、倭斗くんは浮かしかけた腰を下ろしたので、ひとまず胸をなでおろした。
でも、まだ倭斗くんのシャツをギュッと握っていたことに気付いて、慌てて手を放した。
そのあと倭斗くんは何も話をしないから、なんだか居心地が悪くて必死に話題を探す。
「そ、そう言えば、明日からみっちり稽古するって言ってたけど、華さんも武術を習っていたりするの?」
まさかと思いつつ尋ねたけど、倭斗くんの口からとんでもない言葉が返ってきた。
「俺の師匠」
事も投げに放った倭斗くんの言葉に度肝を抜かれた。
あんなに華奢で深窓の姫君のような華さんが武術を習っているだけでも驚きなのに、倭斗くんの師匠とはさらに驚きだ。
「華さんが倭斗くんの師匠? 倭斗くんより強いの?」
倭斗くんは力強く頷いた。
「だから言っただろ。冬眠し損ねたクマに出会っても大丈夫って。俺はまだ華に勝ったことが一度もない」
たったひとりで大の男を十人以上も、しかも何も武器を持たない状況で倒した倭斗くんの強さは尋常じゃない。そんな倭斗くんが一度も勝てない華さんの強さとは……。
ブルッと身震いした。
考えるだけでも恐ろしいけど、少しだけ羨ましく思った。
何十人もの男の人を倒すほどの強さを身につけなくても、足手まといにならない程度には強くなりたい。
そうすれば自分のせいで誰かが傷つかずにすむ。
包帯を巻いた倭斗くんの手に、自然と目がいってしまう。
知らず手が伸びていた。
指先が倭斗くんの手に触れた時、弾かれたように倭斗くんが手を引っ込めた。
「あ、ごめん、えっと、その……、手は大丈夫?」
「ああ、これか? 単なるかすり傷だって言っただろ」
あんなに血が出ていたのにかすり傷なわけがない。看護師さんも縫合したって言っていたし……。
「傷……残っちゃうかな」
「痕が残ったところでどうってことない。っていうか、痕が残ったとしてもそれはそれでアリかな」
沈む私の声とは対照的に、倭斗くんの声はとても明るかった。
「え?」
予想外の答えに顔を上げたると、バッチリと倭斗くんと目があった。
先に視線をそらしたのは倭斗くんだった。
倭斗くんはバツが悪そうに鼻の頭をポリポリとかいた。
「豊臣秀吉は自分で運命線を掘って天下を取ったくらいだ。俺もこの傷のおかげで徳川家康と同じ百掴みの手相になるかもな。それなら消えないほうがいいだろ?」
根本に自分が川上華子と嘘をついた時にも思ったけど、歴史に興味がないと言っている割には相当詳しい。そう言えば、颯太くんもそんなことを言っていたっけ。
だから非会員なんだろうけど。前にも聞いたけど、もう一度聞いてみる。
「歴史詳しいよね。実は興味あったりする?」
「ない」
短い言葉だけど、はっきりと断言した。
だよねぇ~。なら、どうしてこんなに歴史に詳しいのだろうか。
私の疑問を察したのか、倭斗くんがその理由を教えてくれた。
「華が聞いてもいないのに、話して聞かせるから覚えた。俺、一度聞けば覚えるから」
ああ、そうですか。さすが秀才は違いますね。
改めて、倭斗くんの有能ぶりを見せつけられる。
「優秀な倭斗くんなら、百掴みの手相なんて必要ないかもね」
「確かに、そうかもな」
たっぷり皮肉を込めて言ったつもりだったけど、まったく通じなかった。
「あっそ」
面白くなくてそっぽを向いた。
「でも、――を守れるなら、百掴みの手相でもなんでもいいから手に入れたい……」
初めて聞く倭斗くんの弱々しい声と、ノックの音が重なった。
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