謎解きアドベンチャー
謎解きアドベンチャーと銘打ったこのイベントは、クイズ形式の迷路になっていて、謎を解きながら迷路を進んで行くという仕組みになっていた。
正解の方へと進んでいくとゴールにはお宝が眠っているという筋書きらしい。
入ってすぐに、さっそく問題が書かれたボードが立てかけてあった。
そこには『結城家初代当主、結城朝光は誰から褒美をもらったか』と書かれいた。
その問題の脇に二択の答えと進む方向が記されている。
一、源頼朝と思うものは右へ進め。
二、源義経と思うものは左へ進め。
答えは当然一番の源頼朝だ。
パンフレットにもそう書いてある。
四人は迷うことなく右へと進んだ。
次の分かれ道に二問目の問題が設けられていた。
『結城晴朝は何代目当主』
一、十五代目と思うものは右へ進め。
二、十七代目と思うものは左へ進め。
これも相談することもなく四人は左へと進んだ。
迷路を進んでいくごとに問題は難しくなるのというのが、こういったものの定番だけど、このイベントにはその定番は当てはまらないようだった。
全てがパンフレットに書かれていることばかり。このパンフレット自体ごく一般的に知られていることしか書かれていないから、これといって萌えるポイントはない。
最初はキャッキャ、キャッキャと騒ぎながら進んでいたけど、いつしか華さんの口数が少なくなり今では無言のまま歩いている。
殺気さえ感じる華さんの背中を追いながら、どうしたものかと気をもんでいた。
颯太くんに声をかけようとしたけど、颯太くんは華さんのそばにずっと張り付いているから無理。
そうなると聞けるのは倭斗くんしかいないんだけど、倭斗くんは来た時以上に仏頂面をしているし、この前のこともあって、なかなか声をかけられない。
どうしよう……って思っていたら、ジロリと倭斗くんが私をにらみつけてきた。
「言いたいことがあるならさっさと言え」
思いっきり不機嫌な声だった。
あまりの不機嫌さに一瞬ひるんだけど、せっかく声をかけてくれたんだから、これを逃す手はない。
「華さん……何か怒ってる?」
「ああ、相当怒ってる」
「私……何か気を悪くさせるようなことしちゃったのかな」
ようやくできた歴史好きの仲間を怒らせてしまったのかと思うと、悲しくなってくる。
「お前は加害者というより、むしろ被害者だろ」
「え?」
意味が分からず聞き返すと、先ほどよりも柔らかい声が返ってきた。
「このくだらんイベントせいだ。お前のせいじゃない」
倭斗くんが『お前のせいじゃない』と言ってくれたおかげで少しだけ気が楽になった。でも、その優しさが、この前彼を傷つけてしまった罪をさらに重くした気がした。
「お前が気に病むことじゃない」
うつむく私の頭を、倭斗くんがクシャっとかき乱す。
ドキンと胸が高鳴った。
「な、何すんのよ。髪の毛くしゃくしゃになっちゃったじゃない」
「いつも満員電車でもまれていっつもボロボロになってんだから気にするな」
クックックと笑った倭斗くん。
その笑顔はやっぱり毒消し作用がある。
「この前は……」
ごめんなさいと言いかけた時、突然華さんが振り向いた。
「私、ちょっと行ってくる!」
え? いきなり何?
そう思ったのは私だけじゃなかった。
「行くってどこに」
倭斗くんが尋ねると、華さんは怒りもあらわに叫ぶ。
「主催者のとこ。川上華子を愚弄するにもほどがある!」
「確かにそうですよね。全然川上華子さんらしくないです。このイベント」
同意した私の肩を華さんがガシッと掴んだ。
「乙羽ちゃんもそう思う? 思うよね、そうだよね、うん。じゃあ、私ちょっと行ってくる!」
「俺、華さんのお供します! 何かあれば俺が身を挺してでもお守りします」
颯太くんは姫を守る騎士さながらに、華さんに傍に張り付いた。
「え? ホントに行くんですか?」
「だって我慢ならないんだもの。乙羽ちゃんは倭斗と一緒にゴールまで行ってね。乙羽ちゃんを残していくのは気が引けるけど、まあ、倭斗が一緒だから大丈夫かな。ボディーガードには役不足だけど、盾くらいにはなるから。じゃあ、ゴールで落ち合いましょ」
言うなり華さんは『ご気分の悪くなられた方はこちら』というドアを開けてさっさと行ってしまった。
「華さんの事は俺が絶対に守る! じゃあな」
そう言って、颯太くんも華さんを追って出て行ってしまった。
え? えええええ―――っ!
そういえば、前に華さんを怒らせると怖いって言ってたっけ。
でもいくら頭にくるからって、主催者のところに行く?
それにボディーガードって、この何の刺激にもならないイベントのどこに危険が潜んでいるというのか、などなど頭の中はいくつもの疑問で埋め尽くされた。
「おい、置いていくぞ」
たくさんのクエスチョンマークでパンク寸前になってしまった私をよそに、倭斗くんは何事もなかったかのように先に行こうとする。
「ちょ、ちょっと、待って! 華さん行っちゃったけど、大丈夫?」
「あ? ああ、『川上華子の名前でしょぼいイベントなんかやるな!』って文句言いに行っただけだろ」
見た目にそぐわぬ華さんの行動力に驚く。
そして、何の疑問も口せず華さんについていった颯太くんもすごい。
確かに思うところはあるけど、さすがに主催者に文句を言いに行く勇気はない。
と、ここで不安が胸を締め付ける。
「華さん大丈夫かな」
道を歩けば男性から声をかけられるほど魅力的な女性で、深窓の姫君のような華さん。
颯太くんがついているとはいえ、そんな華さんが乗り込んでいくのは危険でしかない。
「颯太も一緒だし、華なら大丈夫だよ。冬眠し損ねたクマに出会っても、クマの方が逃げてくよ」
はあ? 意味わかんない。
「大丈夫なわけないでしょ!」
自分に何ができるかはわからないけど、あんなにか細い華さんを放っておけるわけがない。
華さんの後を追うとすると、倭斗くんがそれを阻む。
「華だってバカじゃない。大人の対応ってやつで切り抜けるさ。それより早くここを出よう。なんか様子がおかしい」
「おかしいって?」
聞いても倭斗くんは何も答えてはくれなかった。
仕方なく華さんの後を追うのをやめて、代わりにゴールへと先を急ぐ。
早くゴールへ向かおう、倭斗くんと…………。
ん? ちょっと待って……まさかとは思うけど倭斗くんと二人きり?
この時になってようやく倭斗くんと二人きりという状況に気付いた。降って湧いたこの状況に、なぜだか心臓が騒ぎだす。
隣を歩く倭斗くんの顔をちらりとのぞいてみた。
倭斗くんはいつも通り涼しい顔をしている。この状況にドギマギしているのは自分だけという事に、少しばかり苛立ちを覚える。
そればかりじゃないない。
突然の華さんの行動をすんなり受け入れた倭斗くんと颯太くん。華さんなら大丈夫というゆるぎない信頼。姉弟だからと言われればそれまでだけど、何故かモヤモヤとしたものが胸を曇らせる。
すでにイベントに対する期待はしぼんでいた。その上、このモヤモヤとした気持ちをどう整理していいかわからず、トボトボと歩いていた。
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