ラブレター

 日替わりでお弁当箱が変わり、その上これまでチャレンジしてみたかった丼ものや麺のお弁当を作るのが楽しくて、早起きするのが苦ではなくなってきていた。


 相変わらず華さんの作るお弁当は独特の味だけど、見た目はすごく華やかで、毎日お弁当箱の蓋を開けるのが楽しみだった。


 それと反比例するかのように、ファンクラブの子たちからの嫌がらせは無くなるどころか日に日に増しているように感じる。


 すでに日課になったコインロッカーでのお弁当箱の交換を終え、校門まではウキウキで登校するけど、下駄箱を前にするとどうしても憂鬱な気分になってしまう。


自分の下駄箱の中に手を入れた。


履き替えようと上履きを手にした瞬間、手に痛みが走った。


「痛ッ!」


 慌てて手を引っ込めたせいで、上履きを落としてしまった。その拍子に何枚か紙切れもその場にハラハラと落ちた。


 チラシを破り捨てられた日から、一日も休むことなく紙切れが入っている。


 紙切れには『バカ』『アホ』『ブス』と小学生が書きそうな短い暴言の他に、『倭斗君に近づくな、死ね』『学校に来るな』など過激な言葉も書かれている。


 どうやら今日は、紙切れの他に画びょうも一緒に入っていたようだ。


廊下を歩けば足をかけられることもしばしば。よくもまあ、飽きずにと思う半面、こう毎日続くと気分が滅入る。


 この元凶になった張本人である『桐谷倭斗』に言ったところで、解決の糸口を見つけることはできないだろう。それに話をしているところを見られたら、さらに状況が悪くなるに違いない。


杏子ちゃんや美幸ちゃんに相談しようかとも思ったけど、美幸ちゃんは自分以上に悲しむだろうし、杏子ちゃんに至っては殴りこんでいきそうで、それはそれで頼もしくてありがたいことなのだけど……。二人を巻き込みたくないという想いのほうが強い。


 落ちた紙を手早く拾い集めて、すぐさまポケットにしまった。


そして何事もなかったかのように上履きを履き、教室へと歩を進めた時、後ろから声がかかった。


「おい、これ落としたぞ」


 見ればポケットにしまい込んだはずの紙切れ。

 拾ってくれたのは、颯太くんだった。


「ん? なんだこれ」

「どうした?」


 不思議そうにメモを見る颯太くんの後ろから倭斗くんが覗きこんでいた。

 ひったくるようにして、颯太くんの手からその紙切れを奪い取った。


「拾ってくれてありがと」


 それだけ言って逃げるようにその場を立ち去ろうとすると、肩を掴まれた。


「なんだよ、それ」


 少し怒ったような言い方をする倭斗くん。

 見られた、と思ったが、正直に話をする気はない。


「ラ、ラブレターだよ。私も意外とモテるのよ」


 そもそも苦しい言い訳ではあったけど、その嘘を颯太くんがあっさり暴露する。


「ラブレターに画びょう付きで死ねって、フツー書かねえだろ」

「なっ!」


 なんで画びょうまで分かったのかと思った私に、颯太くんがすぐに種明かしをする。


「手、血が出てる」


 とっさに後ろに手を隠した私の腕を、倭斗くんが掴みあげる。


すぐさま倭斗くんの腕を振り払い、この場を取り繕おうと言葉を探した。


でも、焦れば焦るほど言葉が出てこない。


倭斗くんの一挙手一投足を見つめる者は数多く、しかも倭斗くんが女の子と話をすることはめったにない。となれば、注目を集めるのは必至だ。


そこにいた人の視線は二人にそそがれる。当然そこにはファンクラブの子たちもいて、その視線が容赦なく突き刺ささってくる。


そんな視線の中、何も言葉を発することができなくなってしまった。


「乙羽、そんなところに突っ立って何してんの? 行くよ」


 そう言って腕を引っ張ってくれたのは杏子ちゃんだった。


「乙羽ちゃん、おはようございます。今日のお昼は新発売のメロンパンです。乙羽ちゃんの分も買ってきちゃいました」


 もう片方の腕に美幸ちゃんが絡みついてきた。


「おいッ!」


 話は終わってないとばかりに倭斗くんの怒声が響く。


 すると、杏子ちゃんも負けず劣らず、どすの利いた声で倭斗くんに返す。


「頭にくるのもわかるけど、君は何もしないほうが乙羽のためだよ」


 一瞬、倭斗くんの瞳が揺れた気がした。

 でも今は突如現れた助っ人に感謝するしかできなかった。


「あ、ありがとう……」


「後でじっくり話聞くから、覚悟しな」


 怒気をはらんではいるのに、優しさが伝わってくる杏子ちゃんの言葉に、これまで我慢していたものがこみ上げてくる。


 そんな私の頭を、美幸ちゃんがよしよしと撫でてくれる。

 巻き込みたくないと思っていたのに、二人のその優しさに甘えることにした。


 青く晴れ渡る空の下、ポカポカとした陽が当たるとはいえ、冬の屋上で昼食をとろうとする者は美幸ちゃんと杏子ちゃん、そして私の三人以外にはいなかった。


 美幸ちゃんからもらった新発売だというメロンパンをひと口かじった。


 美幸ちゃんと杏子ちゃんは華さんが作ったお弁当から、それぞれかぼちゃの煮物とピーマンの肉詰めをつまみ上げるとそれを頬張った。


 例のごとく二人は仲良く悶絶する。


 二人はすっかり華さんの作ったお弁当の中毒者になっており、私が食べるはずのお弁当を三人でシェアして食べている。


 しばらく悶絶した後、ピーマンの肉詰めをウーロン茶で流し込むと、杏子ちゃんが口火を切った。


「で、今朝のあれだけどさ」


 来た。


 何から話すべきか迷い口ごもる。


「乙羽ちゃん、倭斗くんのファンクラブの子たちから嫌がらせ受けてるでしょ」


美幸ちゃんの言葉に、飲んでいたウーロン茶を吹き出しそうになった。

驚くべきことはこれだけじゃなかった。


「彼に告ったのは、隣のクラスの早苗。でも、何故か乙羽が告ったと勘違いされて、小学生じみた悪口書いた紙が下駄箱に入れられるようになった。それを今朝彼に見られたってところ、かな」


 すべてを見ていたかのような杏子ちゃんの言葉に、驚きのあまり言葉も出ない。


「なんで知ってるの? って思ってるでしょ」


 まさにその通り、杏子ちゃんはいつから人の心を読めるエスパーになったのか。


 ニヤリと杏子ちゃんが笑った。


「私らの情報網なめんなよ」


 確かに美幸ちゃんと杏子ちゃんの旬の情報を察知する能力は人並み以上だ。


 それはクラスの噂話はもちろん、芸能人のゴシップや新発売のコスメやコンビニの新発売のデザートに至るまでその情報は幅広い。

 

 桐谷倭斗のファンクラブの情報網に負けず劣らない。


 そして、その情報の速さと正確さも軒並み優れている。


「乙羽、あたしら友だちだよね」


睨みを聞かせながら杏子ちゃんが聞いてきた。


その言葉に黙ってうなずく。


「私は、乙羽のこと親友だと思ってたんだけど、そう思ってるの私だけかな」


「私も乙羽ちゃんのこと親友だと思っていますけど、乙羽ちゃんはそう思ってくれてなかったのかな」


 二人の悲しそうな目が私を見つめる。


「私も二人のこと親友だと思ってるよ!」


 力強い返事に二人はにっこりとほほ笑んだ。二人のその笑顔に自分の心が温かくなるのを感じた。


「いつ言い出してくれるか、すっと待っていたんですよ」


「だけどさ、乙羽ってば全然私たちに話してくれないから寂しかったんだよ。この気持ち乙羽にわかる?」


 言われて考えてみる。


 美幸ちゃんや杏子ちゃんが辛い思いをしていて、それをひとりで抱え込んでいると知ったら、やはり寂しいと思う。


「ごめんなさい」


「分かればよろしい」


 杏子ちゃんの言葉に、美幸ちゃんがうんうんと相づちをうつ。


「では、これからどうすれば嫌がらせを回避できるか、一緒に考えていきましょう」


しかし、三人の話し合いの甲斐もなく、その日の午後事件は起きた。

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