反撃
根本が誰のことを英雄と思っているかは興味はないけど、自分が思い当たるその人の名前を口にする。
「
根本の眉がピクリと動いた。
「なぜそう思うのかね?」
「明治新政府が行ったとされる近代化は、小栗のそれをそっくり模範したにすぎないと言われるほど、小栗は弱体化する幕府を支え近代化へと推し進めた人物だからです」
ビンゴ!
根本は目を見開き、私の顔を見た。
皮肉にも根本の思う英雄を言い当ててしまったらしい。
小栗上野介忠順、江戸幕府末期の幕臣で勘定奉行・軍艦奉行・外国奉行などの要職を歴任し、資金難に苦しむ幕府の財政の立て直しを図り、近代化へと導いていたが戊辰戦争の際に主戦論を訴え恭順しようとしていた徳川慶喜に罷免されてしまった。
歴史上の中では好きな人物だったから、彼に対する知識はそれなりにあった。
「ほう、歴女というだけあってさすがに詳しいね」
歴女だと名乗ったことも一度もない。
けれど、これ以上食って掛かると面倒なのでこれはあえてスルーした。
「小栗上野介がろくに取り調べもされないままに斬首されたのは、明治政府の近代化が小栗の模倣にすぎず、それを隠すためともいわれている」
「ひどーい」
女生徒が非難めいた言葉を吐くと、それに同調するように根本がうなずいた。
「確かにひどい話だ。しかしこれには諸説あり、農兵を組織したためという説や、勘定奉行だった小栗が自分の領地に莫大な資金を隠したとも言われている」
「徳川埋蔵金だ!」
「そう、かの有名な徳川埋蔵金の伝説は、ここから始まったと言っても過言ではない」
生徒のひとりが放った『埋蔵金』という言葉に、根本の目の色が変わった。
「井伊直弼が赤城山麓に埋蔵する計画を立て、小栗忠順が機を見て埋蔵金を掘り出し、幕府再建を画策するというものだ」
攻撃する活路を見い出したのか、はたまた攻撃をやめたのか、根本は嬉々として埋蔵金のことを語る。
周りの生徒たちも根本の話に興味を惹かれたのか、次々に質問が飛ぶ。
「ホントに埋蔵金なんてあるんですか?」
「それって見つけたら自分の物になるんですか?」
生徒たちからの設問攻めに、一旦下がりかけた根本の機嫌が再び上昇しはじめた。
根本は大仰な口調で続ける。
「赤城山での発掘は失敗に終わっているが、しかし、実は赤城山は囮に過ぎず、隠し場所は他の場所だという説もある。残念ながら見つけても、大政奉還以降の規定により徳川幕府の資産は新政府に引き渡すことになっているから、所有権は今の政府になる」
「え~、じゃあ、意味ないじゃ~ん」
誰かがつまらなそうに言った言葉にも、根本は上機嫌に応える。
「探れば探るほど謎は深まり、その謎を解く愉しさがそこにはあるんだよ。ロマンってやつだ。奥村君もそう思わないかい?」
ロマンねぇ~。
確かに史実をもとに謎を紐解く面白さはある。ゆえに歴史にどっぷりはまっているんだけど、根本の言うロマンと、私の思うロマンは少し違う気がする。
それでも、早いとこ話を切り上げたかったから簡単な言葉を返す。
「そうですね」
あまりにもそっけない返事をする私に、根本の目が一瞬輝いたのは気のせいか……。
「おや? 奥村君は埋蔵金にはあまり興味がないのかな?」
攻撃する活路を見出したのか、根本の声が少し上ずっている。目が輝いたと思ったのは気のせいではなかったようだ。
「徳川埋蔵金には諸説ある。徳川埋蔵金の在処を示した唄があるというのは知っているかね?」
もちろん知っている。
いいえ、と答えれば根本は勝利したと思い饒舌に語るだろう。それで事は済み、私は根本から解放されただろうけど、反射的に『知っています』と答えていた。
事も無げに答えた私に少し顔を歪ませたけど、お手並み拝見とでも言いたげな表情で話を促す根本。
「では説明してもらおう」
できるものならやってみろ、と言わんばかりに根本は私に教壇へ行くようにと合図した。
知らないと言えばよかったと、今更後悔したところですでに遅い。
後悔の念にうなだれる私を見て、何を勘違いしたのか根本がニヤリと笑った。
「君には荷が重すぎるかな?」
嫌味な言い方に触発され、俄然やる気が出てしまった。やっぱりすぐに後悔したけど……。
教壇に立つと、一気に緊張が高まる。
興味津々に見ているもの。明らかにバカにしたような目で見るもの。いろんな目が私を見つめていた。
そんな中、桐谷倭斗が必死に笑いをこらえているのが見えた。
ホント性格悪い。
でも、彼の口が『どんまい』と告げているのがわかり、なぜかホッとした。
大きく深呼吸して、ゆっくりと口を開いた。
「埋蔵金を示した唄というのは、童謡の『かごめかごめ』です」
昔から知っている童謡が、まさか埋蔵金の在処を示しているなどと思いもよらなかったのか、クラスメイト達からどよめきが起こる。
『かごめかごめ』の歌詞を黒板に書いた。
かごめかごめ
籠の中の鳥は
いついつでやる
夜明けの晩に
鶴と亀がすべった
後ろの正面だあれ?
「まずは『かごめ』ですが、これは籠の目を指します。この籠の目をよく見ると六芒星の形をしています。そして、徳川が関東で建てた神社や仏閣を地図上で線を結ぶと、この六芒星の形になります」
六芒星の形を黒板に書き、話を進める。
「次の『籠の中』は六芒星の中心、『鳥』は鳥居と訳し神社を指します。この六芒星の中心には日光東照宮があります」
みるみる根本の表情が変わっていく。出しゃばりすぎたと思ったけど、もうこうなったら最後まで話すしかないと覚悟を決めた。
「唄は『夜明けの晩に、鶴と亀がすべった』と続きますが、日光東照宮には実際に鶴と亀の像があります。夜明けの晩は朝日の事をさし、鶴と亀の像に朝日が当たってできた影の先には徳川家康のお墓があります」
ひと息ついてから最後の謎を解き明かす。
「最後の『後ろの正面だあれ』という歌詞があります。その墓の後ろにある祠には、上部分が欠けた六芒星が刻まれています」
そう言って、先ほど書いた六芒星の上の三角を消した。
「下を指していることから、そこが徳川埋蔵金の在処だと言われています」
クラスにどよめきが起こる。中には拍手さえしている者もいる。
そんな中、根本だけが苦虫を噛みつぶしたような表情をしている。
「なんでそこまで分かっていて、誰も掘り起こさないんだ?」
疑問を口にしたのは太田くんだった。
当然と言えば当然の疑問だ。
「日光東照宮は世界遺産だからだそうです。情報が不確かなのに世界遺産に手を加えることはできないという事です」
これは表向きの理由。
掘り起こさないのにはもう一つの理由がある。
口を開きかけた時、これまで何も言わずにジッと話を聞いていた根本が言を奪った。
「というのは表向きの理由だ。これまでの歴史がひっくりかえるほどの秘密が隠されているから、というのが真の理由といわれている」
根本は、してやったりという顔をしている。
鳶に油揚げをさらわれるとはこのことか。
まあ、これで根本の気が晴れるならいいかと思うことした。
でも、話はここで終わらなかった。
「でも、なんで埋蔵金の在処を示す童謡が全国的に知られているんですか? 財宝があることは秘密にしていたほうがいいんじゃないですか?」
疑問を口にしたのは、これまた太田くんだった。当然、これも根本が理由を明らかにするものと思って根本を見た。
生徒たちの視線も根本へと集中する。
「それは……」
口ごもる根本。
「えー先生知らないの?」
女生徒のひとりが茶化すように言うと、生徒たちからクスクスと笑いが漏れてきた。
誤魔化すようにコホンとひとつ咳払いをすると、あろうことか根本は私に話をふってきた。
「歴史にはいろいろな解釈がある。奥村君が知っているものと私が認識しているものとは違う可能性も大いにあり得る。私はぜひ奥村君の話を聞いてみたいのだがどうかな?」
さも自分は知っているという態で話を振ってきた根本。
なんで中途半端な知識をひけらかすんだと怒りさえ湧いてきた。知らないのならこんな話、しなければいいのにとも思う。
自分も知らないのだから私も知っているはずがないと思っているのか、根本はみんなの前で恥をかかせようとしているのが見え見えだった。
ここで知らないと言えば根本は勝ったと思い、この先根本に集中砲火されることもなくなるだろう。
しかし、自他ともに認める歴史好きである私は、ここで『知らない』と嘘をつくことはできなかった。
「この唄を全国に広めたのは、松尾芭蕉だといわれています」
この発言にどよめきが起きた。
根本が軽く目を見張ったのを見て、残念ながら当分根本に標的にされることを確信した。
「松尾芭蕉は、徳川家康が造り上げた忍者部隊の長である服部半蔵の別名とされ、大きな功績を上げた半蔵に褒美をとらせました。半蔵は『自由』を求め日本中を旅することを許されました。関所があり自由にどこにでもいけない時代に、芭蕉が日本中を自由に旅ができたのは徳川家の許しがあり、1日に数十キロから数百キロも歩けたのは、芭蕉が特殊な訓練を受けていた忍者だったからと言われています。唄を全国に広めた理由は、徳川家にはまだまだ財力があるという事を示し、各地の大名たちに反乱しても無駄だと思わせるためと言われています。この服部半蔵が松尾芭蕉ではないかという説や、『かごめかごめ』の唄が徳川埋蔵金の隠し場所を示しているという説はあくまで俗説なので、これに異を唱える人もいますが、史実はすべてが本当の事ばかりではないので、信じるか信じないかは自由です」
一気に話し終えると、生徒たちから『おう』という感嘆の声が漏れた。根本は当然それが気に入らず、睨みつけるように私の顔を見ていた。
これ以上話すこともなかったので、教壇を降りて自分の席に戻った。
するとここで終業のチャイムがなり、根本は無言のまま教室を出て行った。
どっと疲れが押し寄せ、机に突っ伏した。
すると、頭上から声がかかる。
「お疲れさん。これで完璧根本怒らせたね、乙羽」
見ると杏子ちゃんが苦笑いを浮かべていた。
「さすがですね、乙羽ちゃん。ゆっくり話をしたいところですが、この後は移動教室ですよ」
美幸ちゃんが理科の教科書を掲げて見せた。
「美幸ちゃんありがとう。すぐに行くから先に行ってて」
「あまり時間ないから、早くおいでよぉ~」
「うん」
私の返事を聞くと、杏子ちゃんと美幸ちゃんは先に教室を出て行った。
次の授業までここで充電したかったがそうもいかないようだ。
ムクリと起き上がると、机の上に出しっぱなしにしてあった歴史の教科書をしまい、代わりに理科の教科書とノートを取り出し立ち上がった。
教室から出ようとしたその時、足が何かに引っかかった。
盛大に転んでしまい、教科書やノート、筆箱がその場に散乱した。
すぐそばに女の子の足が見え、フフッと笑う声が聞こえた。
見ると、桐谷倭斗のファンクラブの女の子が見下ろして笑っている。
「奥村さーん、大丈夫? 歴史には詳しいみたいだけど、ずいぶんどんくさいのね」
その言葉に何人かの女の子たちが笑っている。その含んだ笑いで足を引っかけられたのだと気付いた。
多分、桐谷倭斗のファンクラブの女の子たちだ。
「あなたは西郷隆盛か真田幸村に恋してればいいのよ」
そう言い捨てるとその場から去っていった。
靴の件といい、何やら雲行きが怪しくなってきた。
根本に目をつけられ、そのうえファンクラブの子たちにまで絡まれるとなると、この先、バラ色の高校生活は望めない。
ハァーと深いため息をついた。
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