童話風味

さやか

美女と野獣 改訂版

【オ詫ビ】

 以前、発表イタシマシタ『美女と野獣』ニツキマシテ、事実トハ異ナル部分ガゴザイマシタ事ヲ深ク、オ詫ビ申シ上ゲマス。マタ、改訂版ヲ発表サセテ頂キマス。

童話保安局

【本文】

 ある国で開かれた舞踏会で私は1人の男性に話しかけられた。

「お嬢さん、貴女は踊らないのですか?」

驚いた。「話しかけるな」って雰囲気出してたのに。こいつは多分図太いのでしょうね。

「ええ。恥ずかしいことに、私はダンスが苦手なの。」

そう言いながら、私は目の前にいる男性を観察する。年齢は、私より2,3歳上かしら。目つきが悪いし、ガタイがいいから、怖そうだけど、よく見たら整った顔をしている。

「そうですか。失礼しました。」

そうですね。失礼ですよ。まあ、「ダンスが苦手」っていうのは嘘だけど。

「いえ。では、御機嫌よう。」

私は特上の愛想笑いをうかべる。ほら、こんなに可愛い子に微笑んでもらえて良かったでしょ?早くどこか行って。

「お嬢さん、嘘ついてますよね?」

驚いた。私、こんな失礼な人を見たの初めてだわ。私は笑顔を顔に貼り付けて、首をかしげる。

「どうして、そう思われたのですか?」

「勘です。僕は昔から勘が良いんです。野生の勘ですかね。」

うわぁ、なんか嫌な奴。猫をかぶる必要は無さそうね。野生の獣に愛想を振りまく必要は無いもの。

「あら、まるで、野獣ビーストみたいな方ね。」

私は明らかに侮蔑を含めた笑顔で言った。

「お褒め頂き光栄です。ところで、1曲僕と踊って頂けませんか。」

やっぱり、こいつは図太いのでしょうね。この状況で私をダンスに誘うなんて。

「…ええ。御受けするわ。」

野生の勘とやらで、断る理由が無くなったからね。嫌悪感を滲ませながら、私は野獣の手を取った。

 ワルツが流れる中で。     

「お嬢さんお名前は?」

「ミレーヌよ。」

私はこの名前が嫌いだ。なぜなら、

「ミレーヌ、確か慈悲深いという意味ですよね。お似合いですよ。」

名前と性格がここまで合っていないのは逆に珍しいのではないだろうか。名乗ると大抵皮肉を言われる。だからミレーヌなんて名前は嫌いなのだ。

「あぁ、名乗っていませんでしたね。僕は、」

「ビーストでいいでしょう。貴方の名前に興味はないわ。」

しばらく沈黙が続く。この沈黙に先に我慢できなくなったのは野獣だった。

「どうしてこの舞踏会に来たのですか?」

「父に勧められたの。婚約者を見つけろとの事よ。私の国は、私しかまともな王位継承者がいないから、必死なのね。兄弟は皆死んだ。血が濃すぎたのよ。」

「近親婚が続いているんですね。貴女は大丈夫ですか?」

「私は妾の子よ。母は平民だったの。そのせいで本妻には虐められたわ。でも本妻は自分の子供が死んだら手の平を返して母親気取り。ホント馬鹿みたい。そんなに権力が好きなのかしら。」

「…失礼しました。辛かったでしょうに。」

意外に気遣いのできる野獣だ。もっと無神経な奴だと思ってたけど。

「いいえ。母親の記憶はほぼ無いわ。乳母に育てられたからね。…少し昔話をしていいかしら?」

「どうぞ、ご自由に。」


 私の母はベルというの。そう。あの有名な『美女と野獣』のよ。でもあの話は嘘ばかりよ。あれは私の父が作った、事実を曲げるための話よ。まあ、途中までは合ってるわね。ベルと野獣が出会って、愛し合って…。決定的に違うのは最後。2人は結ばれなかった。私の父が脅したの。「俺と結婚しなければ、野獣を殺す」って。卑怯よね。その時、野獣は捕らえられてね。ベルは父と結婚したけど、野獣は既に殺されていたわ。酷い話。ベルは愛していた野獣が死んで放心状態。そうしてあれよあれよという間に私が産まれた。

 私は母に愛された記憶が無いわ。母も複雑だったでしょうね。確かに自分の娘だけど、同時に大嫌いな男の娘でもあるんだから。…それに、王宮での母の扱いは酷かったからね。王国の家臣にも、召使にも、他の妻達にも、平民であることが原因で馬鹿にされていたし。唯一の救いであったはずの父は、その頃、他の女に夢中だった。

 そんな心労が祟ったのか、母は私が9歳のときに死んだの。

 

「…そうでしたか。」

「でも私はそれなりに幸せだったわ。」

「ミレーヌ。そろそろ、曲が終わりますが、もう1曲僕とどうですか?」

なかなか気の利く野獣だ。確か、3曲以上踊る男女がかなり親しい関係、という事だったはず。

「ええ。もう少し話は続くからね。」

また、ワルツが流れ出した。


 私は賢くて美しい王位継承者だったから、かなり嫌な目にもあったわ。私が11歳のときに、第2夫人の子供が死んでね。これで生き残った王位継承者は、私と本妻の子供だけになったの。本妻の子供、兄は頭も体も悪くて、ついでに顔も悪くて。だから、自分の傀儡政権にしようと目論む奴もいた。ようは、私を殺そうとしていたの。でも、私は賢いから、容易には私を殺せないようにしていた。

 本当に殺されかけたのは1回。第2夫人の子供が死んだ日に、私がいた裏庭に火をつけられたの。…でも、私は、塀を乗り越えてすぐに逃げたから、服と髪の毛が少し燃えて、剥き出しだった足に軽いやけどをしただけだったわ。犯人は第2夫人。その後、第2夫人は父と離婚して、王宮を出て行ったけど、この事件は公にはされなかったし、第2夫人は今、父が持ってる別邸で暮らしてるわ。

 でも悔しかったでしょうね。私を殺そうとしたのに、私は生き残って軽いやけどをしただけ。

 ただ、私は許していないわ。私の自慢の髪を燃やしやがって…。王位が譲られたら、別邸から追い出してやるつもり。


「今、思ったのですが、ミレーヌは何歳ですか?」

「私は16歳よ。ビーストは?」

「僕は18歳です。…ミレーヌ。僕も昔話をしていいでしょうか?」

「ええ。どうぞ?」

驚いた。こんな野獣も昔話をするのね。


 僕には大好きな叔父がいました。僕は穏やかで優しそうな父には似ていませんが、大柄で、豪快な叔父に少し似ていました。僕の父は早いうちに結婚しましたが、叔父はなかなか、結婚しようとしませんでした。叔父曰く、「運命の人を探している」らしいです。ある日、叔父はふらりと、どこかへ行ってしまいました。父は「図太いあいつのことだ。どこかを旅しているのだろう」と言い、多少の捜索隊を編成しただけでした。

 数年後、父が街はずれの別邸を、久しぶりに訪れた際に、血が付着した、マントを見つけました。それは、叔父の所持品だったそうです。そして、父は1冊の日記を発見しました。そこには、ある女性と出会い、愛し合ったことが書かれていました。その女性は、


“ベル”


といいました。そして、叔父は未だに帰ってきてません。そして、僕はベルという女性を探すようになりました。彼女が叔父の行方を知る唯一の手がかりですから。分かっていることは、ベルという名前と肩に大きな星形の痣があることだけです。


「…。ねえ、ビースト。私の母は肩に大きな星形の痣があったわ。そのベルは、私の母かしら。」

「恐らくそうでしょう。ベルという名前は珍しいですから。それに…肩の痣が一致しています。」

確かに自分の娘に『美しい』と名づけるのは珍しいでしょうね。私のような美しい、完璧な娘ならともかく。

「僕はそれ以来ベルという女性を探していましたが、まさか亡くなっていたとは…。」

「ねえ、何故私に声をかけたの?私と母じゃ、年齢的に絶対違うわよ。」

野獣が口ごもる。心なしか顔が赤い気がする。色黒だから分かりにくいけど。

「貴女がまさしく、ベル、美しかったからです。ミレーヌ。」

『美しい』なんて言われ慣れてるのに、何故だか顔が熱い。なんだか気まずい。

「…私は完璧だもの。美しいなんて当たり前よ。」

そのまま、美女の娘と野獣の甥は黙って踊っていた。この沈黙を破ったのは野獣だった。

「僕はベルを探していましたが、僕と貴女が出会ったのは偶然ではないと思うんです。」

「…そうね、私もそう思うわ。」

「…ミレーヌ。もうすぐ曲が終わります。僕と、3曲目も踊って頂けませんか。」

3曲一緒に踊るのは親しい男女。つまり、婚約者や恋人。これは、まぁ、そういうことだ。

 この野獣は頭がおかしいのだろうか。でも、その手を取ってしまう私も大概だろう。

 とりあえず、この野獣の本名を聞かなくては。そんなことを思いながらダンスフロアへ歩いて行った。




~END~




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

童話風味 さやか @wholost

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ