理想の彼女は157cm41kg

小鳩かもめ

プロローグ 理想の彼女をみ~つけた

「キミのことが好きだーーー!」

 厳かな雰囲気の講堂に、一人の男子学生の声が響く。

「キミ、キミのことだ! いや、あんたじゃない。あんたは可愛くない。そう、ポニーテールでサイドにおさげを垂らし、吸い込まれそうな大きな瞳と笑顔の似合う口元が魅力的なキミのことが大好きだーーー!」

 男子生徒は壇上のマイクを握りしめ、講堂内の視線を一手に引き付ける。

 彼、坂下省吾のせいで陽ノ宮学園入学式は壊された。


 省吾の奇行まで、入学式は厳かな雰囲気のまま、何事もなく、無事に執り行われていた。

 新入生入場、開会の言葉、校長先生のありがたい訓示。今年度は生徒会副会長として迎える立場にあった省吾は、会長から「今回は大人しくしていなさい」と、厳命を受けていたので、つつがなく進む式典を、欠伸をかみ殺しながら見ていた。

「続いては、生徒会長の挨拶です」

 紹介を受けて、生徒会長の朝倉雫はにっこりと微笑みながら壇上に上がっていく。自分に注意をするくらいだから、代わりに彼女がなにか面白いことでも企画しているのだろうと省吾は期待していたが、雫は模範的な挨拶に終始しており、省吾は苦笑しながら新入生たちの顔ぶれでも見ることにした。

 緊張した面持ちは誰も同じ。男女の制服の違い以外はドングリの背比べのように見え、彼の気を引くことはなかった。

 しかし。

 省吾の視線は一人の少女に集約された。思わず目を見開き、彼女を凝視する。時間にして十秒にも満たなかったが、脳内に彼女の姿を焼き付けると、急いで胸ポケットに入れていた生徒手帳を取り出し、そこに挟んである一枚のブロマイドと少女を見比べた。

 制服を着ていても、どことなく「和」の雰囲気が漂う少女。十分に可愛いと言えるだけの容姿を持っており、なんとなく品があって育ちの良さも感じさせてくれる。なにより、凛として堂々とした佇まいが彼女を彷彿とさせた。

「……彼女だ」

 省吾は惚けた表情で呟くと、いてもたってもいられなくなったのか、駆け足で壇上に上ると、マイクを奪い取り、会長からの注意も忘れ、愛の言葉を感情の向くままに叫んだ。

 省吾の奇行に、新入生はもちろん、挨拶の途中であった雫も呆気にとられる。

 けれど、省吾はお構いなしに、一人の少女に向けて、告白を続ける。

「ちょ、ちょっと、坂下くん。今は私の挨拶中なんだけど」

 誰よりも早く、呆気から抜け出した雫が珍しく動揺した声で省吾の奇行を窘めるが、その程度で止まる相手ではない。

「会長は黙っていてください。俺は、今、人生で一番大事な局面を迎えているんです。俺は彼女のために生まれてきたことを実感し、彼女のためなら死ぬ覚悟をしました。こんな冴えない入学式なんかよりも彼女に告白することはよっぽど重要なことなんです!」

 省吾の告白に、新入生たちもわずかにざわつき始める。

「俺は!」

「えいっ!」

 独白を続けようとする省吾の首元に、雫は手刀の一撃を喰らわせる。

「………」

 そのまま、言葉も発せなくなった省吾は、前のめりに倒れこみ、舞台袖から出てきた生徒会役員に持ち抱えられ、舞台の上から退場していく。

 雫は再度マイクを手に持ち、何事もなかったかのように、挨拶を続けようとするが、一度途切れた緊張の糸はなかなか戻らないのか、新入生たちのざわつきはより広がりを見せていた。

「え~と」

 雫は自分への注目度が下がったことに不快感を示すと、スイッチが入ったまま、力一杯、近くの壁にマイクを叩きつけた。

 ガガッ!

 思わず耳を塞いでしまう新入生に、雫は満足したのか、にっこりと微笑みながら「みなさん、静かにしてくださいね。そうじゃないと、私、ちょっと怒っちゃいます」と、背後の怒気を隠さずに言った。

 新入生の何割かは一連の流れに、確実に引いていた。頑張って受験勉強した結果、この高校に来たのは間違っていたのかもしれない。期待から不安へと胸いっぱいになる中で、省吾から力強い視線と愛の告白を受けた、白河真尋だけは、自分の頬に指を当てながら、首を傾げていた。

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