第11話~ママン~




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そよそよと吹く風がルナの頬に優しく触れると、ルナの閉じていた瞼が、小刻みに動きました。




ゆっくりと開き始めた瞳の中に眩い光が差し込むと、ルナはピクリと顔を歪めました。



「ここは………?」



ルナは拡がる緑色の絨毯の上で、いつの間にか眠っていた事に気づくと、起き上がろうとしました。



「手が………」



大地に両手をつこうとした動作は宙をかすめ、ルナは自分の肘から先の右手が喪失している事に気づくと、その場で絶叫をしました。



「どうして………!?私に一体何があったというの……!?確か……そうこの森の奥で……それから………」



ルナは、喪失していない左手で自らの頭を鷲掴みにすると、その長い髪の束を、指の隙間から乱れる様にこぼしました。



ふたつの瞳からは涙が溢れ、【苦悩】がルナの顔を支配し、そして【恐怖】がココロを閉じていきました。



「ママン……」



突如、背後から声をかけられたルナは、茫然自失な状態のまま振り返ると、その声の主の方を見つめました。



するとそこには、白い服に身を纏った小さな男の子が立っていました。




「あなたは、誰?」



ルナは初めて見るその少年の姿を、いぶかしげに見つめながら動向を見守りました。



「あなたの子供だよ?忘れちゃったの?」


「子供……?一体、何の事を言ってるの?」


「そっか、そもそもママンにはその概念がないんだったね。子供ってのはね、パパンとママン、ふたりの【ちから(コード)】を、受け継ぐって事だよ?」




「私が?ママン?」


「そうだよ」


「じゃあ、パパンっていうのは誰なの?」


「エンディだよ、忘れたの?ママン」


「エンディ?ごめんなさい、思い出せないかも……」


「ママンって忘れっぽいんだね。ボク笑っちゃう」


少年はニッコリと微笑むと、その場でぐるぐると回転し楽しそうに踊り始めました。



「待ってちょうだい、さっぱり意味がわからないわ。この無くなってしまった右手も、覚えのないエンディって人の事も、そして目の前のあなたも!」


「やだなぁママン。ママンが僕に右手を食べさせたんじゃない。もう忘れたの?」


「食べさせた?」


「そうだよ?だって、お腹がいっぱいにならないと子供って大きくならないんだよ?それを【育てる】って言うんだ」


「育てる………」




ルナは無くなった、かつて右手のあった場所をぼんやりと見つめながら、少年の言葉を何とか理解しようと務めました。

けれどもそれは、とてつもなく困難な事でもありました。



「大丈夫だよママン。パパンの星【ジュピター】ではね、それを【愛】って呼ぶんだ。ママンにはちょっと難しいと思うけど」



「いえ、少しわかるかもしれないわ。さっきからあなたが、とても可愛くて仕方がないもの」


「そっか、ありがとうママン」


少年はとびっきりの笑顔でルナに微笑みかけると、辺りを飛び回り始めました。


「そんなに駆けてはいけないわ!転んで怪我でもしたら!」


「大丈夫だよ。ボクを見ていて?」


すると、少年は回転する度に成長し、気づけば青年の姿になっていて、背中からは大きな白い羽が生え始めていました。




「これはどういう事なの?」


「まぁ何でもいいんじゃない?それより、ママンも右手が生えてきたみたいだね」



少年の言葉で、自分の右手が元に戻っている事に気づいたルナは驚くと同時に、安堵の表情を浮かべました。


「良かった……これで宮殿に戻れるわ」


「そっか、良かった」


「ところで、あなたの名前は何て呼んだらいいのかしら」


「エンディでいいよ」


そう言うと、青年は今ではもう6枚になった羽を背中にしまい込みながら、ニッコリと微笑んだのでした。





「エンディ?あなたのその……パパンという人と同じ名前なのね」


ザザ……ザザ………


「うっ……」


いきなり頭の中を支配し始めたノイズ音と、頭の痛みに、ルナは顔を歪めました。


「どうしたの?ママン」


「どうしたのかしら……私はとても大事な事を忘れている気がするの………」


「プログラムの暴走かな、大丈夫だよママン。ボクに任せて?」


エンディは背中から伸びた大きな白い羽で、ルナの全身を包み込みました。


「あたたかい………」


ルナはゆっくりと目を閉じると、そのまま崩れる様に眠ってしまいました。


そんなルナの肩を抱えながら、エンディはゆっくりと緑の絨毯にルナを横たえました。


すると、小さな寝息をたて始めたルナの髪に、どこからか飛んできた青い鳥がゆっくりと着地し、エンディへと視線を投げかけてきました。


「あぁわかっているよ。ここからが、本番だって」




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