第8話
長い長い夢を見た後に、僕はゆっくりと目を覚ました。そのあとに視界に広がった景色は、決して気持ちのいい感覚で目視できるようなものではない。そう、この蒸気機関車は、もはやもう不気味で得体のしれない乗り物じゃない。
ここは、死後の世界なんだ。
目の前では、メトラさんと運転手のおじいさんが僕を心配してみていた。
「だいち、くん。思い出しました? 」
「はい。僕は、死んでたんですね。いろんな車両で感じた、変な感覚がなんだったのか、ようやくわかりました」
「……。辛かったですね。でも、大丈夫。これで無事、だいちくんは生前の記憶を取り戻すことができました。誘惑にも負けずに。あとは残りの1年間、待てばいいだけです」
彼女は、少し自信はなさそうだけど、笑いながらこう言っていた。それを見ていた運転手のおじいさんは、不安げに僕とメトラさんを見ていた。当然、僕は大丈夫なんかじゃない。
「あと、1年。そんな、そんなに待ってられないよ! 」
「! 」
「もういろいろどうでもよくなった。そんなに待って駅に着いたからって、なんになるんだよ。あれだけ苦しんだのに、僕は報われないのかよ。これならいっそのこと、好奇心の車両にいたほうがましだ! 」
掘り出された心の傷を、僕はなんとしても埋めたかった。いや、そもそも思い出さなくてもいい記憶なのに。どうして、これまで僕はメトラさんにもてあそばれて、こんなところまできたんだ。
思い返すほど、ヘイトがたまる。
無意識に、僕はもう一度、好奇心の車両へと戻ろうとしていた。メトラさんは、涙目になってそれを止めようとしていた。でも、僕はもはや理性をなくし、ただ欲望を求めるだけの獣になっていた。
すると突然、どこからかもくもくと煙が僕の眼に入ってきた。
「けほっけほっ」
その方向を振り向くと、運転手のおじいさんが、わざとらしく、たばこを大げさに吹いている。まるで、僕を邪魔しているみたいに。
僕の注意がそれると、おじいさんは少し微笑みながら話を始めた。
「ぼうず、この煙をみてみ? 速いか? おそいか? 」
「なにを……」
「いいから」
「おそいです」
「そうじゃろ。そんなもんじゃ。すべてのものは、相対的に、みんなおそいんじゃ」
「は? 」
「この機関車も、あまり速く走らせると、脱線したり、中の人が怪我したりする。だからわしは、できるだけゆっくり走らせとるんじゃ。人生も一緒」
「……」
「みんな焦る。当然じゃ。けどな、焦って焦って、失ってしまうものも、わりとおおいものじゃよ」
おじいさんは、それ以降話しかけてこなかった。また運転作業にもどり、黙ってしまった。
でも、このとき、僕の足は止まり、心も落ち着いていた。
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