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「君もまだまだだね。あんなに分かりやすい表情を見せるなんて」
「すいません」
「そんなに驚くことかな」
「いえ、オスニエル領に行ってみたいとおっしゃったので」
「私はどこにでも行きやすい職を選んだつもりだよ。君もそうじゃないのか?」
「はい……私は父のように社交界での情報収集などはきっと向いてないでしょうから」
「絵描きならば、どこにでも行けるね。それにしても、君は本当に絵が上手いね」
「はい。絵を描くのは、本当に好きなので」
ロニーはロードリック伯の言葉、一言ずつにいちいち恐縮している。
「私のことが恐いかい? 別に怒っているつもりもないのだが」
「いえ……ただ、あなたのご指摘は私の父も必ず口にしてくるでしょうから」
「ははあ。彼は案外とご子息に手厳しいんだね」
「父は、私を自分と同じように社交界をうまく渡り歩くように育てたかったようです」
「まあ、こればかりは向き不向きがあるからしょうがないね。人数はいるのだから、必ずしも全員が全員そういう道を選ぶ必要もない。君は、絵描きをやりながらの方があってるだろうね」
「ありがとうございます」
ロードリック伯からのお墨付きを得て、ロニーはようやく顔に笑みを浮かべた。わずかながらに緊張は解けたようである。
「うん。君は私を仕事相手と見ているのかもしれないが、昔馴染みのおじさんと思ってくれていいんだよ」
「そう思っている気持ちもあります。ところで……セアラ嬢のことなんですが」
「うん。なにかな」
ロニーはここからが本題だと気を引き締める。
「セアラ嬢は、件の人物に大変興味を持ってまして」
「いいんじゃないかな。彼は結構好人物に見えるよ」
「……しかし」
「君の懸念は、彼のご両親と王家とのわだかまりかな。それとも、我が家の家業の方かな」
「両方です。件の人物は、お人柄は悪くはないとは思いますが」
「僕は、親のしたことを子に報いさせるとかそういうのはあまり好きじゃないんだ」
「……ですが」
「世間がどう言うのかって? それを動かすのこそ正に我々の仕事じゃないか」
「ご令嬢のために、その力をお使いになると」
「セアラは関係ないね。あの子は、我らの家業には関わらせない。だから、ごく普通の令嬢として育てているよ」
「彼個人のために力を使うと?」
「うーん。不当におとしめられているならば、それを見過ごすのはどうかなと思うくらいかな。世評と実情が解離していなければ介入もしないし、本人が自分の力でどうこうできるのならば手を出さない。今のところは見守るね」
「どうして、そこまで入れ込もうと思われたのですか」
「お土産が全部美味しかったよねー」
親子揃って胃袋を捕まれてるのかよ! とロニーは内心で苛立ち混じりに突っ込む。
「肝心なことはね。我々が真に仕えるべき相手を見誤らないことだ」
「我々は王家に仕えているのでは」
「それこそ勘違いだ」
ロニーがきょとんとするのに、ロードリック伯は軽く笑う。
「まだ、君も半人前だね。そこを見誤っていたとは。我々が仕える相手とは民衆であり、この国そのものだよ。頭が誰かは関係ない。上がおかしな動きをすれば、国は滅びの道を行く。それを防ぎ、ときに止めるのが我々の仕事だよ。……いざとなれば頭を挿げ替えたっていいんだ」
ロードリック伯の口調は穏やかなのに、目は怜悧な光を持っていた。ロニーは、やはりこの方は侮れない、もっと教えを請うべきだと改めて思う。
「オスニエル領は酪農が盛んなんだね」
「そうなんです」
「チーズもバターもとてもおいしかったですわ」
「畜産もなかなか良さそうだね。お土産にとセアラに持たせてくれただろう。私もご相伴に預かったが、どれも美味しかったよ」
「ありがとうございます! お口に合ったようで何よりです」
ロニーとロードリック伯と合流し、食事をしながら談笑する。
「これは本気でオスニエル領に研究旅行に行ってみたいなあ」
「お父様は考古学博士なんです。普段は博物館の館長をしているのですよ」
「考古学ですか……うちの領に研究価値あるものがあるでしょうか」
隣国との国境にある地なので、古来は紛争地帯だったらしい。価値あるものも戦争に巻き込まれて壊れていそうだ。
「人が住んでいれば、そこには歴史があるものだよ。壊れたものでも、見つけて修復して考察を重ねる。それが私たちの仕事だ」
「そうなんですね」
「それに、歴史的発見と言えるものがあれば、それは領地の観光資源になり得るんじゃないかな」
ロードリック伯の観光資源になり得るとの言葉に、はっとさせられる。確かに、歴史的な価値のあるものを見物できる場所は欲しい。
「いつか来ていただけますか?」
「ああ。約束しよう」
ロードリック伯と握手をする。ふと、ロニーと目が合った。彼は口をつぐんで無表情を装っていたが、目は何か言いたげに見えた。
…………
他者視点は三人称で書きます(一人称ギブアップ)
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