第268話 脱走

車で走っていたら、犬を追いかけて走っている飼い主さんを何度か見かけたことがある。

街でこれをやったら大問題だが、犬も元々温厚な子だし、飼い主さんも普通に飼っているのを知っているから、「おお、どうしたの?」と驚くくらいで。

他に外を歩いている人もいないから、困っているのは飼い主さんのみ。


犬は、飼い主さんと追いかけっこをしているのを楽しんでいるようで、嬉しそうにどんどん駆けていく。

飼い主さんは若くて元気だから頑張って走る。


私は用事があったのでそのまますれ違ったが、用事を終えて戻ってきても追いかけっこは終わっていなかった。

疲れ果てた飼い主さんと、目をキラキラさせた犬。

ここまでおいでとばかりに、うちの近所で犬は待っている。


「ここにいるよ~!」と飼い主さんに居場所を告げておく。


飼い主さんがこちらに向かうと、犬は逃げる。


ちゃんとリードを付けていたのだと思う。

ただ隙を見て逃げて、追いかけっこにもちこんだんだよね。


道路を横切って走って行く犬は、躍動感あふれていたよ。


もう走れなくなった飼い主さんが「もう帰るよー」と犬に声をかけていたが、犬はまだこの遊びにあきていないようで、駆け寄ってはいかなかった。


どうだろう。1時間くらいは追いかけっこをしていたのではなかったかな。


暗くなってきてからようやく飼い主さんの元に戻ったようだ。

下手に私たち部外者が声をかけると犬も興奮するだろうから、そっと家から見守っていた。


うっかりうちに犬がきてリードを掴めたら、送っていこうかなとは思っていた。

いつもは大人しく散歩している子だから、悪い子じゃないんだよ。


うちの車にも寄ってきたくらい愛想のいい子だしね。


いいもの見られたな、田舎で良かったなと思ったのだった。

もう何年も前のお話。

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