近未来的占い師の一日

ゲコさん。

近未来的占い師の一日

 朝6時、起床。インタン(*1) のアラームが鳴るのと同時に使いのビントロング (*2)が天井から降りてきた。

 私の上にのしかかり、ふごふごと鼻を鳴らしながら起こしにかかる。アラームは私の疲労感や昨夜の就寝時間、今日のスケジュールなどを配慮して起こしてくれるが、ビントロングはそのようなことは一切考慮しない。しかし、ご飯と私へのスキンシップへの嬉しさが鼻息に込められているのを知っているので、無下にできないし何だかんだで起きてしまう。今のところこの子が私の最高の目覚まし時計である。


 *1 この時代、PCやスマートフォンやタブレットPCなど個人向けのコンピュータは「intangibleコンピュータ」略して「インタン」に統合された。

 空気中の成分を媒体にインターフェースを表示し、生体認証でユーザを認証して使用される。実体がない為重さやスペースを気にしなくて良いこと、大きさが自由に変更出来ることなどから爆発的に普及し、現在の一般的なコンピュータの形態になった。別称「タンギ」。


 *2 熱帯雨林に生息するジャコウネコ科の生き物。黒いクマと猫を足したような見た目をしている。垢抜けないタスマニアデビルと私は勝手に呼んでいる。


 ビントロングの食事を用意したら、今度は私達人間のご飯も用意し始める。

 昨夜昆布と水を片手鍋に入れておいたので、それと鰹節で出汁を取り、ネギとワカメの味噌汁を作る。冷蔵庫から納豆、浅漬け、作りおきの焼鮭のマリネを取り出す。予約炊飯済みのご飯をよそい、水だしの麦茶、コップ、人数分の箸も用意して、皆を起こしに行く。

 私の手料理メインで切り盛りされる我が家のご飯事情はとても前時代的だと思う。しかし、こればかりは仕方ない。娘も弟子もまだ幼いし、私の夫は非常に料理下手な人である。

 夫は鍋やフライパンを使う料理は「当然」焦がす。水を注ぐだけのインスタントは水を適量いれてもなぜか生ぬるく出来てしまうし、タグをちぎるだけのインスタントはタグが途中でへし折れる。人相占いにも、手相占いにも、姓名判断でも結果に「料理は壊滅的」と出てくる折り紙つきである。因みに前世は「山奥に籠って草木をかじり霞を吸って暮らした修験者」だそうだ。なるほど。まあ、それを分かった上で結婚したのだから仕方ない。


 現代の占い師はなるべく昔ながらの形で暮らすことを良しとしている。自然の近くで暮らして四季を感じ、昔からのこの世の移ろいの流れに身を置くと占いの力が向上すると信じられているのだ。だから、郊外のさらに端の、裏が山になっているこの家を買い、家庭菜園をしつつ、とれた四季折々の野菜を食卓に並べるのだ。だから、他の一般的な家庭と比べて屋台もインスタントも冷凍食品もあまり利用しない。まあ、たまにデリバリーシェフと家政婦さんにお世話になるくらいである。


 夫と、娘と、弟子を起こす。

 夫と娘は寝起きが良いが、弟子は私と同じで寝起きが悪い。血がつながっていないのにこんなところが似てしまっている。夫と娘は直接起こし(*3)、弟子は部屋で寝ている使いの犬を起こす。

 やはり未成年の占い師の使いには犬が良い。どんな時代でも犬は人の親友であり、兄弟であり、憎めない相手である。人が幼い頃や難しい思春期でもである。あの子の使いのぶち犬はあの子と正反対で、とてもやんちゃで懐っこい。あの子に常に全力でしつこいくらいだけれど、あの子はそれで怒ったことはない。寝起きの体が重く頭がぼんやりしている時もしかりである。

 夫と娘がテーブルに着いたら、食事を始める。弟子も少し遅れて食卓に着いた。今日はまだ早い方だ。えらいぞ。


 *3 無論、インタンで起こす事も可能だが、一人部屋を貰って間もない娘は甘えて起こして貰いたがる。普段しっかりした子供の可愛い我儘には、先端技術よりも昔ながらの母親の手間の方が未だ有効だし、私も手ずから応えたい。夫はついで。


「今日お母さん、会合で遅くなるからね。ご飯は作っておくから、皆で温めて食べて。」

「はーい。」

「あの、私も授業の後、スクールカウンセラーと定期面談だから、いつもより遅くなるね。」

「あ、そうだったわね。何か私、担当さんと話さなくて平気?」

「大丈夫。師匠は会合楽しんできて。」

「はいはい。」

 娘は一般的な公立学校に、弟子は占い師育成カリキュラムを提供する私立学校に通わせている。通常の学校の授業の他に統計学や心理学、コンピュータサイエンスなど占い師に必要なスキルを幅広く教えてくれる学校で、授業の他に住み込みの弟子が問題なく暮らせているかを聞くヒアリングが定期的に行われている。我が家は今のところ、カウンセラーとカウンセリング専用のAI両方から問題なしとの判断が下りている。ありがたい。

 食事の後はいつも通り弟子に家族全員のコップの底を見せて今日の運勢を占ってもらう。その後は着替え、歯磨き、その他身支度をさせて家族を会社と学校へ送り出した。

 

 家に一人と一匹になったので、ビントロングを連れて家の畑へ出る。ビントロングを遊ばせながら畑でナスとトマトとトウモロコシを収穫する。この時期は朝からすでに暑いし、蚊も多いので手早く済ませる。

 家に戻り、台所で夕食を作り始める。料理をした直後にまた料理だが仕方ない。朝食を軽めに取っておいて良かった。満腹で料理は少しきつい。昨夜から冷蔵庫の中で醤油と砂糖と酒で下味を付けたぶつ切りの鶏モモ肉を取り出す。小ぶりの椎茸の軸の下部のみを切って鶏肉と同じ深めのフライパンに入れて煮詰めるように焼く。見てくれは地味だし手順もシンプルだが、これが我が家で人気の一皿、椎茸と鶏の照り焼きである。

 鶏に火を通している間にもう数品作ることにする。薄切りにしたナスに塩を揉みこんで水気を切り、酢、砂糖、醤油と和えて浅漬けにする。袋に入れて冷蔵庫にしまっておけば夕方には程良く漬かっているだろう。市販のレタス、水菜、サラダ菜を手でちぎって大皿に敷き詰め、先程採ったトマトを六等分してその上に乗せる。採ったトマトの中に完熟して柔らかくなったものがあったので、ビントロングに食べさせる。  

 トウモロコシの葉をはいで、手で半分に折る。米を研いで炊飯釜の中に米と水と、包丁で削り取ったトウモロコシの粒と、トウモロコシの芯を入れてタイマーを夕飯時にセットする。

 照り焼きと浅漬け、サラダを冷蔵庫に入れる。

 これで良し。汁物は準備していないが、娘と弟子が最近インスタントスープを作ることにはまっているので、テーブルの上に作って飲む旨メッセージを残しておく(*4)。


 *4 インタンは実体がないので、一度に複数個、異なる場所に表示することが出来る。しかし本人以外の使用を防ぐ為、本人の傍で起動してある一つのみをメイン、それ以外に起動されたものをサブと呼び機能が制限されている。

 今回はサブを起動して、メッセージを指定された場所、指定された期間に置いておいた。一昔前の付箋や置手紙がシュレッダーいらずになったようなものである。


 朝食時と調理時に使った食器と調理器具を食洗器に滑り込ませてボタンを押す(*5)。


 *5 この時代の食洗器は食器や調理器具を投入口に滑り込ませておけば、食洗器の方で自動で並べ、洗剤や水が満遍なく行き渡るようにしてから洗ってくれる。洗剤も別口に一度にまとめて投入しておけば、洗浄の都度必要な分だけ使われる。


 生ごみはビニール袋にまとめておいたので、ビニール袋ごと畑の端のコンポーサに入れる(*6)。


 *6 この時代の袋類、紙類は自然に還ることが出来るため、こうやって処分しても問題ない。とはいえ、道路や道端にごみを捨てるのはこの時代でもマナー違反である。


 少しだけ雑草を気になるところだけ抜いておく。今日は水遣りは自動のスプリンクラーに任せる。


 自室で部屋着のジャージから「占い師らしい」服装に着替える。会社勤めのサラリーマンでさえ私服で仕事をしているこのご時世に、占い師には占い師らしい服装を求めるのは如何なものか。一昔前は占い師の方が服装が自由だったらしいというのに。この時期になると私はいつもプンプンブツブツしぶしぶ着替えている気がするが、これは仕方ないのだ。黒を基調にする服とか、どんなに冷感性の高い服でも暑いものは暑い。

 ビントロングに「あんた、なんでこんな黒いごわごわ毛皮で熱帯に生息してんのかしらね」と話しかけながら黒のドレスを頭からかぶる。今日は35度まで気温が上がる(!)らしいのでノースリーブのワンピースドレスを着ることにする。肩には薄手の黒いストールをカーディガンのように掛ける。一見全身真っ黒だが、良く見ると角度によって群青に見えるし、銀色のラメが埋め込まれている。現代の占い師に人気のブランド服である。

 化粧は依頼人に会う直前でしよう。どうせ今したところで汗で流れる。顔を洗って手についた水を髪に付けて寝癖を直し、櫛で梳かす。この瞬間、私はいつも私の髪質と髪型に感謝する。ああ、とても楽。



 ビントロングをキャリーに入れ、家を出る。バスに乗って駅に行き、電車に乗る。

 30分程電車に揺られる。通勤者数のピークを過ぎた10時頃とはいえ、電車の中には乗客が数人、座席に座りきれない程度にはいる。電車に乗ると、私が一目で占い師を分かる為、ちらちらと視線を感じる。私は特に、ビントロングという珍獣を連れているから尚更である。皆私の頭の横に表示したインタンの、私とビントロングのプロフィールをこっそりと読んでいる(*7)。何人か、この子の名前を見てこっそりと笑った。


 *7 この時代、インタンを顔の傍に表示し、名前や性別、年齢、持病の有無、妊娠の有無など、見せて差し支えない・知っておいてほしい個人情報を明示しておくのが暗黙のマナーになっている。

 私の場合自分の事の他に、このビントロングを東南アジアの某国公認で貰いうけた証明印や、この子が野生で生きていくには難があること、この国で生きていくことに支障がない事も表記し、動物虐待や密輸入の可能性がない事を明記している。


 昼11時、依頼人と会う。とある企業からの依頼であり、私がオフィスビルの指定された場所へ行くと、老若男女入り混じった社員が出迎えて、会議室へ通してくれた。

 キャリーからビントロングを出す。私の膝の上に乗せ、背中を撫でる。皆が見たこともない生き物を撫でながら話すと占い師としてのミステリアスさが増すようで、皆私を息を飲んで見つめる。こういう雰囲気作りも仕事の一部である。

「以前ご連絡した通り、私達のプロジェクトが行き詰っておりまして。」

 私より少し若い男性が口を開いた。彼がどうやら私に連絡をくれたプロジェクトマネジャーのようだ。

「昨年度から、アフリカ某国の伝統工芸(*8)を弊社の商品とコラボレーションするプロジェクトを発足させたのです。弊社のBI(*9)が集めた情報を吟味しまして、弊社の新商品である乳幼児向けの知育オモチャの素材を、某国少数民族の伝統的な手織物にすることに決めました。色彩と素材の触覚が1歳前後の子供に良い刺激になることと、保護者の方の受けが良いことが分かりましたので。」


 *8  近年、コンピュータを使わず、人の手でかつ昔からデザインされている伝統工芸品が世界規模で注目されている。日用品に昔ながらの工芸品を使用することが昔以上に粋であるとされ、職人の人数も、流通している商品の数も年々増え続けている。


 *9 企業情報を収集、整理、分析し企業の意思決定を幇助するシステム。一昔前から存在していたシステムであるが、現代では個人の雑貨店から世界的大企業まで幅広く使われ、これなしで会社の存続はあり得ないと言われるレベルで流通している。


「しかし、商談や流通の際にとにかく邪魔が入るというか、運が悪いんですよね。」

 私が横やりを入れる。

「その通りです。あちら側の仲介業者と話をしている途中にいきなりインタンの通訳機能が停止したり、そもそもインタンが起動しなくなったり。何とか布地を注文したら今度は季節外れの大雨で大幅に到着が遅れたり。先日なんか、よかれと思ってお菓子を送ったら前日にいきなり税関の規則が変わったせいで全て没収されたそうです。」

「デザイン料だけ民族に払って国内で類似品を作るということも考えましたが、本物を使った方が遥かに好評であるとBIの予測でも商品モニターの反応からも分かりました。そもそも本物を使うことがこの商品の売りなのです。このままではどんどんプロジェクトに遅れが出てしまいますし、恐らく競合他社のBIも似たようなアイデアを発見してしまうでしょう。もう開発しているかもしれません。何卒お力添えをと思い、今回依頼いたしました。」

「なるほど、依頼の際に伺った事と、ほぼ違いや進展はないようですね。」


 ならば話は早い。

「それならもう占いの結果はほとんど出ています。プロジェクトにかかわる人を全員この部屋に呼び出してください。」


 私の得意とする占いは「辻占い」というとても原始的な占いである。夕刻に人通りの多い十字路に立ち、まじないの言葉を呟き、通行人の言葉を聞く。そして彼らの言葉から占いの答えを見つけるのだ。

 私は依頼が来た時点で行きつけのカフェで占いをするようにしている。十字路で経営している動物同伴可能なそこのテラス席に座り、コーヒーを飲みながらビントロングを撫で、道行く人の声を聞く。そして耳に付いた言葉をノートに書き留めるのだ。

 マネージャーは私の言葉で目を見開いたが、すぐにメンバーを集めてくれた。


「全員はいないのですが…。」

「ええ。大丈夫です。こういうのは巡り合わせもありますから。今いないのもそういう運命だったのでしょう。」

 全員を軽く見渡し、大きめの声で尋ねる。

「流通担当の中に、五年前後この会社に勤めている男性がいますね。出て来て顔を見せてください。」

 三人の男性が一歩前に出た。私はビントロングを抱いて立ち上がり、男性の顔を見比べる。

 ああ、この人だ。

 一人の前に立つ。男性は戸惑いながら、鼻をならしているビントロングと私を交互に見ている。

「失礼ですが、背の高い女性がお好きですか?」

「え、はい、そうです。」

「活動的で、たまに落ち着きがないと言われませんか?」

「あー。そうです、そうです、その通りです。」

 彼の上司らしい女性がうんうんと傍らで頷いている。

「大変失礼ですが…最近恋人と破局しましたか?」

「えーっ!そうです当たりです。占い師凄いですね。」

 いや、実はこの辺りは占いでもAIが弾き出した統計学でもない。ただの経験論である。私は占い師として人と話を聞くということを何年もしているため、一目で既婚者、恋人あり、失恋したばかり、不倫中の人が判別できる。あと、大まかな性格と恋愛対象の好みも。現代の占い師はこういう風に実際の占いの他に経験論と、あとは外部の統計学の情報を利用することが多々あるが、まあそれは黙っていよう。

 マネージャーに向き合って、口を開く。

「彼をアフリカに送り出してください。そして彼が工芸品を作る民族と直接交渉して、彼が直接手織物を送るようにしてください。今回のプロジェクトにはもっと風通しを良くする必要があります。」

 夕刻、カフェで聞いた声は「5年いる」「男」「送る」「風通しが良い」だった。

 そして国内最高学府における統計学の研究によると、国外で活躍出来る人相が判明したそうだ。彼の顔はその人相の特徴を見事に満たしていた。



 依頼人からランチをご馳走になってからおいとまし、午後3時、二人目の依頼人と会う。

 今度は「一目で失恋したばかりと判別出来る」若い女性個人からの依頼だった。事前の連絡によると、恋愛相談で、別れた彼氏と何とか復縁出来る方法はないか占って欲しいとのことだった。

 挨拶もそこそこに彼女が話し始めた。どうしても今すぐ聞いてほしくて、言葉が口からこぼれ出るような話し方だった。

 遠距離恋愛で付き合っていたのだが、寂しくて我が儘を言ってしまい別れを切り出されたそうだ(*10)。友人や家族に相談しても、皆口を揃えて諦めるよう諭され、相手とももう連絡が取れないらしい。でもそれでも諦めきれない、運命の相手だと思っているとのことだった。


 *10 人が家族や恋人に会えない寂しさを完全に解決する技術は未だにない。どんなに科学が進歩しても、直接顔を合わせる以上の解決策はないのだと思う。


 強張った顔で、恐らく事前に何を言うか考えていたことを早口で語る彼女を遮る。

「動物は好き?」

 私がおもむろに訊くと、彼女は戸惑いながらも肯定した。動物好きな顔をしているし、インタンにも動物アレルギーの表記はないので、大丈夫だろう。キャリーを開き、使いのビントロングを出す。ビントロングは私が何か言う前にのしのしと彼女に歩いていき、膝の上に前足を乗せた。

「インタンにも書いたけど(*11)、ビントロングっていう生き物よ。名前はくろまめ。特技はお鼻でキスをすること。この子を撫でながら、お話ししてちょうだい。」

 くろまめが彼女に鼻を近づけて、彼女の頬のそばでふんふんと鼻を鳴らすと彼女は声を上げてで笑った。よかった、とりあえず緊張はほぐれそうだ。


 *11 未だにデータを入力することを「書く」と表現することがある。紙媒体に情報を記入していた頃の名残である。


「話すことは何でもいいわ。あなたと彼の事をもっと、思いつくままに話してくれる?」

 そう言うと彼女はくろまめの耳の間を撫でながら色々話してくれた。

 偶然バーで出会った、共通の趣味のスポーツで意気投合して付き合いだした、その後すぐに彼がそのスポーツが活発な地域に引っ越してしまった、付き合う前からそこに住むのが夢だと言われていたので引き留められなかった、その分連絡を頻繁に取ろうとしたらうっとおしがられた、彼の血液型と星座と年齢が自分と一緒で出会ってすぐに彼との結婚を意識した、優しい所が好き、だけど何より彼の横顔が好き、あと二年位で結婚したいけれど彼はあまり結婚願望がなかった、連休中に彼の所に遊びに行こうとしたらやんわりと断られた、最後は喧嘩別れになってしまい謝ろうにも連絡が取れないし現住所もわからない等々…。

 その間くろまめはころころと体勢を変え、最終的にはぬいぐるみのように脇の下に彼女の腕を通して抱えられ満足そうな顔をしていた。彼女も時折悲しそうな顔をしていたけれど、くろまめが思った以上に動くことと、くろまめからコップコーンのような匂いがする事にびっくりして気が紛れたようだ。


「なんだか…。」

 一通り話し終えた彼女が口を開いた。

「私、あの人が好きだったけれど、それは嘘じゃないんだけれど、自分本位だったかなあ。結婚がしたくて焦っていたし、なんていうか、彼より自分優先しちゃったかも。」

「自分の中に答えはもう出ていたようね。若い頃の恋愛なんて自分本位なものよ。それに気付けただけ立派よ。」

 今回の依頼人は寂しがり屋だけれど賢いようだ。ありがたい。実はこういう失恋や望みのない恋の相談は、占いをしても結果が望ましくないことが多い。そしてそれを伝えても納得してくれない人もいる。

「そうね…。うん、本当はまだ諦めたくない気持ちもあるけれど、そうした方が良いんだろうなあ。」

 そう言っている彼女はとても残念そうだった。そうだよね、仕方ない。こういうものは気付くのと納得をするのとは別物なのだ。特に人間関係においては、双方に大き目なタイムラグが発生する。

「じゃあ、占いをしましょう。その彼と復縁する可能性が上がるには何をしたら良いかと、彼よりもっと良い人に出会えるにはどうしたら良いか、両方占ってあげるわ。追加料金は取らないから安心して。」

 そう言って私は、カラフルできらびやかなタロットカードを取り出した。何も私が出来る占いは辻占いだけではない。

 うんとわくわくさせてあげよう。そして彼女の話を沢山聞いてあげよう。何が好きか、何が楽しみか。占いの結果は恋愛のことから少し脱線しても良いかもしれない。とにかく彼女が失恋の過去からワンステップ離れられるように。将来が楽しみになるように。明日が輝いて見えるように。



 二人目の依頼人と、時間の限り話をした後、占い師の会合に向かう。

 結局依頼人とは、これから始める趣味と行った方が良い旅行先にまで話が脱線し、復縁関連の話にはならなかった。しかし、彼女が嬉しそうにしていたので、これで良しとしよう。

 午後6時、会合は占い師達御用達のとあるレストランを貸切にして開催される。仰々しく「会合」とはいうものの、実際は同業者達の駄弁りの場である。私が着いた時、丁度他の占い師も続々と集まって来ていた。私のような黒いドレスを身に纏う者あり、和服風なドレスに数珠をジャラジャラと装飾する者あり、動物を模した面を被る者ありと皆いつも通り奇天烈な服装をしている。あえて上下トレーニングウェアで肩にカラスを乗せている者もいる。

 代表者が簡単に挨拶をした後、皆顔見知り同士で集まってわいわい食べながら話す。だらだらと時間ばかりかけて延長料金を取られてはたまらない(*12)。


 *12 AIの発展により、人間の殆どは午後5時に仕事を終えて帰る。しかし夕食を提供する料理人は時間外またはシフト制の労働の為、人件費の都合で夜の外食はすぐに高額になりやすい。


 最近どう?から始まり、どうでもいい話題から、仕事の愚痴まで、互いの使いを撫でながら思い思いに語り合う。

 思春期にファンタジーかぶれになる内気な子は、思春期の内に占いの能力が上がる、いやいや自分を特別視して痛い目に会う、いやいや、痛い目に会うのは誰でも一緒。

 弟子制度って、結局頭と勘の良い子に勉強と仕事と家族を与える養子縁組だよね。わかるわかる。配偶者は結婚するとき理解して結婚してくれたからまだしも、子供が納得しなかったら目も当てられないよね。うちそうだった、一人目の弟子。じゃあどうしたの?私の知り合いの占い師に引き取って貰った。そうなんだ。お互いにそういうのあると助かるよね。……。


 現代は、AIが発達し人の代わりにコンピュータが様々な仕事を代行してくれる時代になった。営業、一般事務、プログラマ、教師などの仕事に従事する人の数は一昔前より大幅に少なくなった。

 それでも、人の仕事はなくなったわけではない。料理人、芸術家、伝統工芸家、小説家、AIの仕事の成果を更に微調整する人、AIの開発・保守・管理を行うエンジニア等々の数は増えたし、人が人である限り仕事というものはあるのだ。

 占い師もそんな現代に必要とされている仕事のひとつである。ある問題解決の為、コンピュータに力を借りても、自分の力を尽くしても答えが出ない人達の元へ私達は赴く。そしてその人ともAIとも違う角度からのアドバイスを与えている。

 人が人である限り全知全能にはなれないから、人智を越えた範囲はいつの時代でもあるのだ。


「それにしてもさ。」

「なに?」

「今の時代、皆魔女と占い師混同しすぎじゃない?」

「本当そうだよね。」

「まあ、黒い服着て、使いを連れた私達も私達だけどね。」

                                    了



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近未来的占い師の一日 ゲコさん。 @geko0320

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