「まがいもん」の村

差掛篤

第1話「山村」

私は大学のレポート課題でとある山村に来た。


山村近辺における高齢者の生活実態を調べるフィールドワークだった。


本来は同じゼミの男子が来る予定だったが、来なかった。


「俺、テキトーに書くからさ、どんな感じだったかだけ教えてよ」と三千円渡された。


断りきれず、人とケンカしない私は黙ってその三千円を受け取ってしまった。


あぁ、お人好しな自分が時として嫌になる。


原付バイクを使い、山村を回る。


教授が言うには「寂れた集落だから、歓迎されないかもしれない」と無責任に言った。

言うばっかりで、特に引率してくれるわけでもない。


男というのは概して無責任だ。

特に私のように地味で人と争いを好まないタイプにとっては。


兄は私を溺愛していた。

常々私に「男ってのは、思慮が足りない。要は馬鹿で無責任なんだ。よく覚えておきなよ」と言っていた。


大人になってからその意味が分かりつつある。


そうか。せめて兄に同行を頼めば良かった。兄なら仕事を休んででも着いてくるだろう。


時折見かける集落の人間は、教授の言った通り何となくよそよそしい。


まず、声をかけるまでこちらを見ようともしないし、声をかけても農作業の手を止めない。


趣旨を説明すると、ぽつりぽつりと話をしてくれる。


山村と言っても、よく言われるような心優しき田舎ばかりではない。


トラブルを嫌う山村では、閉鎖的で他所者に関わろうとしない事もよくある。


数人を聞いて周り、風景を写真に収めた。


今日は天気も良かったはず。

この山村近辺に来るまでは、空も青く、山々は緑だった。


今、目の前の光景は違う。

薄暗いほどの濃い灰色の空、山々は緑というより、逆光のせいか黒く淀んだ色をしている。


丸い太陽白く、威圧するように光っており、集落の人間たちも暗い影のようになっている。


点々とした黒い人影が、ゆっくりと下を向いて蠢いていた。


田んぼの水も灰色で生気がない。


陰鬱だった。


「おねぇさん」その時、後ろから声をかけられた。

 見ると、先程話をした老婆だった。


「もう帰りなさるかね?」

老婆は私に目を合わそうとせずはなしをしている。


「ええ、ぼちぼち帰ります。もう何件か話を聞きたいですけど」と私。現状では聞き取りが少ない。


「北の集落は行ったらだめやけぇね」

老婆が言った。

「あすこは『まがいもん』がおる。はよぅ帰りぃ」

老婆はぶつくさと独り言のように言いながら、去っていった。


私が聞き取りをしている山村はここだけのはずだ。

地図で確認しても、ここしか見当たらない。


北側は鬱蒼とした森だったと思う。


私をさっさと帰そうとしているのだろうか。

それとも、老婆はボケているのだろうか。


何にせよ、薄気味悪い。


だが、未だ把握してない世帯などがあれば、それはそれでフィールドワークになる。


私は原付バイクに乗り、出発した。


街の方へ戻らなかった。



私は何となく気味が悪いが、気になるので『北の集落』へ行ってみることにした。

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