よくある話

よくある話

 僕は十六歳の誕生日に道端で突然呼吸ができなくなって意識を失って、半月以上経って目覚めてから自分が呪われたということを知り、リハビリをして退院して呪いを祓ってもらって――


 今日、失恋した。


「ごめん、ウチ、旦那いるんだ」


 ミクさんは表情に出にくいけど、今すごく申し訳無さそうな顔してるって僕にはわかる。

 だって、それくらい僕はミクさんのこと見つめてきたから。


 宿泊施設から家に戻る前日。僕は思い切って自分の気持ちを伝えた。

 結果はさっきの通りだけど、ミクさんくらい素敵な女性だったら旦那さんの一人や二人いて当然だよなって納得しちゃって、そんなに落ち込まなかった……というのは嘘で、その日の夜に悟にめちゃくちゃ泣きながら電話した。


「元気出せよ、こっち戻ってきたらカラオケで失恋ソング特集すっかー」


 グズグズ落ち込む僕の愚痴を、悟は嫌がらずに聞いてくれた。

 家に戻るのは少ししんどい気持ちになってたから、どこまでも優しい友達の言葉は有り難かった。


 解呪してくれたあの日あの後、ミクさんもミクさんの上司もケガしたって聞いて僕は青ざめた。

「ウチ等のケガはちょっとした事故みたいなもんだから大丈夫、大したことじゃないよ」ってミクさんは何でもないことみたいに言ってくれたけど。

 僕に呪いをかけた人は、円香おばさんだったらしい。僕にはすごく優しくて良くしてくれる人だったのに、あんな恐ろしいことをしてたなんて怖すぎる。知らないところで思い悩んでいたのかもしれないけど、おかげで僕は散々な目にあった。できれば二度と会いたくないって思う。

 本当は誰をターゲットにしようとしてたのかまでは教えてもらえなかった。僕の知らない人なのか、逆によく知ってる人だから気を使って言ってくれないのかはわからない。

 どっちでも良かった。

 突然僕が死にかけて、何やかんやあったけど何とか助かって、大変だったけど『雨降って地固まる』って感じで家族の絆が強くなる――なんてことには、ならなかった。

 僕の家は“がらんどう”になっちゃった。

 父さんも母さんも僕の前では普通の顔してるけど、二人の距離は明らかに離れていて、二人ともどこか違う場所に心を置いてきたみたいにぼんやりした目をしてる。

 元から仲良し家族ってわけじゃなかったけど、僕にかけられた呪いが決定打になったんだろうなって鈍い僕でもさすがにわかる。

 父さんにどうしたの何かヘンだよって聞いてみたけど、何も返事してくれなかった。僕の声絶対聞こえてるはずなのに。

 母さんにも聞いてみると「全部私が悪いの」って泣きだしちゃって、それ以上は答えてくれなかった。

 何も教えてくれないし、聞いても答えてくれないのは、僕が子供だからなのかな。

 ハッキリと言葉にできなくても、何かしら言ってくれたら良いのになって寂しい気持ちになる。そりゃ、何でもかんでも言えば良いってわけじゃないし言葉にできないことなんていくらでもあるのはわかってる。でも、あまりにも僕の気持ちは父さん母さんから無視されているようで、色々と虚しくなっちゃった。

 僕は生死の境を彷徨った当事者のはずなのにね。


 だからかもしれないけど、良くも悪くも全部口に出す悟はすごいって思うし、裏表がなくて付き合いやすい。

 ミクさんは身体が大きいしパッと見怒ってるように見えるけど、中身はすごく優しい人だ。

「ウチ、口下手だから」って本人は言うけど、大事なことはちゃんと言ってくれるし「今は言えない」とか「わからない」って教えてくれる。

 悟やミクさんを見てて、うちの家族には相手のことを信頼したコミュニケーションが足りないんだろうなって思う。

 皆、自分のことしか考えてないし見てない。それはきっと、僕も含めて。

 でももう家の雰囲気を良くしようとしてはしゃいでみせたりするのは面倒くさくなっちゃった。

 できればこれから時間かけて仲良くなれたら良いなと思うけど、どうだろう。

 あと二年で僕は成人するし、大人になったらこの家にこだわらなくても良いんじゃないかなって気もするんだ。離れて暮らしてみたらまた違った関係になれるかもしれないし。そういうの、珍しい話じゃないよね。

 とにかく、前を向いて僕自身の未来のことを考えたいって思う。

 そう思わないと、やってられないのが本音だ。


 そうそう、僕は家には戻れるんだけど、まだ治療が必要らしい。これからしばらく、また別の違う施設に通うことになってる。

 治療が必要なのは身体じゃなくて、魂の方。

 呪いの核自体は取り除けたけど、あまりにも深く根付いていたせいで、魂の中に“悪いもの”が残っちゃってて、それを剥がすのは外側からの力じゃもう無理なんだって。

「だから、内側から自分で治さないきゃいけないんだよね」

 ミクさんが説明してくれた。

 何でも、魂に入り込んでしまった“魔”を祓って清める強力な退魔の術があるらしい。

 霊能力とか特別なチカラは必要なくて、誰でも使える術だって言ってた。

「確かに誰でも使えるんだけど……」

 ミクさんは、今までで一番困った顔してた。口ごもるのも初めて見た。

「……すごく辛い思いをする術なんだ。ウチには応援することしかできないけど、頑張ってね」

 そう言って大きくてゴツゴツした手で僕の両手を握ってくれた。

 退魔の術を指導してくれる術者がミクさんの旦那さんだって聞いてすごく複雑な気持ちになったけど、こうやってミクさんが応援してくれるなら悪くないかなって気になった。うん、僕、頑張るよ。見てて、ミクさん。


 何て言うか、どれだけ他人に支えられているかを知るか、信頼するかが大事なんだろうなって最近思うんだ。

 両親だけじゃなくて、意識を失った時に応急処置してくれたお婆ちゃん達。病院のお医者さんや看護師さん。ずっと応援しててくれた悟や他の友達。ミクさん達、魔物狩ハンターりの人達。

 色んな人達が僕を助けてくれた。

 恨んで攻撃してくる人がいて理不尽な目に遭ったしカンベンしてよって感じだけど、そういう悪意に怯えて殻に閉じこもって助けてくれる人の声を無視しちゃったら、きっと僕は一人きりになる。何もできなくなる。

 気持ちが届かない辛さとか虚しさは、知ってるんだ。だから、味方になってくれる人達を大切にしたい。

 そして僕も、誰かの支えになれたら良いな。


 誰かを恨むのも憎むのも、よくある話。でもさ、事件に巻き込まれて生き延びたキャラが何かを決意するのも、よくある話だよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る