彼女の話
西原小夏
画面の向こうの彼女
生きていてほしかった。ただ、好きなことをして生きていてほしかった。
画面の向こうで好きな歌を歌う彼女が僕の希望だった。
彼女はメイという。本名は知らない。
正確には、活動名が五月生まれだからメイであっただけで、本名は一切知らない。いや、もっと正確に言えば、教えてもらうきっかけはあったが、あえて知らないことを選んだ。なんとなく、本当になんとなく知らないことを選んだ。
メイは月に数回配信をする。
メイ曰く、辛い時のはけ口が配信で歌を歌うことだったという。これは、個人的に連絡を取って聞いた。本名なんかより気になっていたことだった。
―死にたい時に配信するんです
―死にたいときと配信するなんてすごいですね
―なんとなくなんですと誰も見ていない配信でも、誰かが私を生きていいっていってくれる気がするんです。だから、配信してます。
かなり昔に送ったSNSでの個人的なメイとのやり取りには彼女の死にたい気持ちがよく綴られていた。
苦しい、辛い、何もしたくない。そんな彼女を音楽が支えていたのだろう、そう勝手に思い込んでいた。
それなのに、彼女は突然消えた。
一週間前の配信でもいつも通り歌っていた。
また明日も配信しようかなとSNSで発信していた。
少しずつ増えてきた閲覧者に嬉しいと言っていた。
それなのにあっけなく彼女は画面から消えた。
理由は勿論知らない。というか、死んだことさえも発信しないと家族は言っている。でも、僕だけに教えてくれた。昔から配信を見ていて、個人的にも話していたからかメイのアカウントから連絡がきた。
―姉は、貴方に伝えてほしいことがあると言っていました。
『配信をずっと見てくれていてありがとう。話し相手になってくれてありがとう。そして、メイとして私を見てくれてありがとう。私の支えでした。』
とのことです。
弟と名乗る人からの言葉には、なぜか涙が出た。
彼女は二度と画面の前に現れない。でも、僕の中で生き続ける。
それでも、たとえ現実では会えないとしても、生きていてほしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます