来世は夫婦と言われましても

水都ミナト@【死にかけ公爵】配信中

第1話

「僕と君は来世で夫婦だったんだ!」



 ……やべー奴が来た。



 モーニングの時間が終わり、ランチタイムまで少し落ち着く時間帯、カフェ『ラ・ポーズ』に訪れたのは一見いちげんさんの一人の男性。


 彼は席について不思議そうに内装を見回していたかと思うと、注文を取りに来たグレイシアを見て発狂した。


 グレイシアはこのカフェの看板娘だ。亜麻色の髪をポニーテールにまとめ、すらりと長い手足で制服のエプロンドレスを着こなしている。クールビューティと称されるグレイシアの瞳は薄紫で切れ長。その気高さがいい!と男性ファンが多くついている。


 そんなグレイシアを視界に入れるや否や、カッと目を見開いた男性はガタガタと椅子から崩れ落ちた。「大丈夫ですか!?」とグレイシアが差し伸べた手を勢いよく両手で掴み、ダバッと滝のような涙を流しながら発した冒頭の言葉。


 やべー奴。

 グレイシアにそう認定されてもおかしくはなかろう。


 グレイシアはひくひくと頬を引き攣らせながら、まずは手を解こうとした。だが、恐ろしいほどに男性の力が強い。


「お客様?どこか頭でも打ちましたか?医者を呼びましょうか?ええ、そうしましょう」

「いやっ、僕は至って健康だっ!問題ない。結婚しよう」

「問題大有りです。出会って間も無く求婚だなんて頭がおかしいのでは?」

「くぅぅ~!その厳しい物腰!やっぱり君だ!何も変わらないんだな」

「はあ?とりあえず気持ち悪いので手を離していただけますか?」

「沁みる~!!あ、ごめんごめん。痛かったね」


 男性はグレイシアの毒舌にも臆することなく、むしろ感涙しながらおかしな発言を繰り返す。


 やっぱり医者に連れて行くべき?とグレイシアが解放された手を摩りながら考えていると、男性はパッパッと服についた汚れを払って立ち上がった。


「突然失礼しました。僕の名前は…ええと、ヴィクトル。魔法師団に籍を置いている」

「…ああ、あの有名な」


 どこかで見たことがあると思ったら、この男は、若干二十歳にして魔法師団のエースとして名を馳せるヴィクトルというらしい。孤高の魔術師として人気が高く、落ち着いた雰囲気の男性だと思っていたが、どうやら違ったようだ。とんだクレイジーな男だ。


「では、お引き取りください」

「えっ!?待ってよ!ここは詳しく話を聞いてくれるところじゃないの?」


 グレイシアが入り口の扉を開けると、からんとした鈴の音が店内に響く。さあ、どうぞ、と手で退店を促すが、ヴィクトルはブンブン首を振って拒絶した。


 はぁ、とため息をついたグレイシアは、カウンターで動向を見守っていたちょび髭を生やしたマスターに声をかけた。


「マスター、珈琲を二杯お願いします」


 マスターはこくりと頷くと、麻袋から珈琲豆を計量カップで取り出して、豆挽きに入れてカラカラと挽き始めた。

 ふわりと優しい珈琲の香りが漂い、グレイシアの気持ちも僅かに落ち着く。


「ヴィクトルさん、とりあえず座って珈琲でもどうぞ。あ、ブラックで大丈夫ですか?」

「ああ!僕はブラック一択だからね!よく君も珈琲を挽いてくれたなあ…懐かしいなあ…」

「遠い目をして妄想の世界の話をされましても、同意しかねます」

「現実だって!まあ来世の話だけど」


 ダメだこいつ。と再びため息をついたグレイシアは、マスターに断りを入れてヴィクトルと同じテーブルについた。幸い今は他にお客様が居ない。意味不明なことばかり言うこの男を適当にあしらって帰ってもらおう。グレイシアはそう決意すると、薄紫の瞳をヴィクトルに向けた。


「ああ…瞳の色も同じなんだね、アレクシア」

「グレイシアです。誰ですかアレクシアって。あなた人違いでもされているのでは?」

「ああごめん!アレクシアっていうのは来世の君の名前でね……」


 興奮冷めやらぬヴィクトルが身を乗り出したタイミングで、マスターが珈琲を運んできた。


「ありがとう、ちょび髭のマスター。とてもいい香りだ」

「ありがとうございます、マスター」


 マスターはこくりと頷くと、静かにカウンターへと戻り、カップを拭き始めた。

 マスターは寡黙で、無駄なことは一切口にしない。真っ白な髪を丁寧に後ろに撫で付けて、片眼鏡をした姿はマダムたちに人気だ。夕方にはこの店は街のマダムたちで賑わいを見せる。


 グレイシアが角砂糖を取ろうと手を伸ばすと、それよりも先にヴィクトルが角砂糖を二つ小皿に取り分けてグレイシアに差し出した。


「えっ」

「角砂糖は二つ、だろう?君は意外と甘党だったからね」


 ……当たっている。

 グレイシアはいつも珈琲に角砂糖を二つ溶かしてから飲む。お客様が居る時は基本的に珈琲を飲むことがないので、それを知っているのは親しい友人やマスター、そして家族しかいない。


 グレイシアは珈琲に角砂糖を落とすと、ティースプーンでかき混ぜながらヴィクトルを観察した。


 ストーカー…ではないか。流石に。この人が気配を消して静かにできるとは思えない。それに先程の反応は、初めてグレイシアを見たという様子だった。


 ますます訳がわからないが、ともかくこの変な男の話に少し興味が湧いてきた。話ぐらいは聞いてやろう。


「それで…何でしたっけ」

「ああ!僕と君は来世で結婚して夫婦だったんだよ!」


 未来のことなのに過去形を使う違和感。改めて聞いてもドン引きしてしまう。もうため息はつくまいと思っていても勝手に出てしまうものは仕方がない。


「はぁ…いいでしょう。とりあえず詳しく話してください」

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