第17回『椅子』:朽ちかけたベンチ

 街を望む丘の朽ちかけたそのベンチは切株に板を渡しただけの簡素な作りをしていた。製作者も製作時期も知る人はないが僕の記憶の風景では最初から今まで途切れることなく確かにいつもそこにあった。

 撤去の報で地元に帰り工事にどうにか立ち会った。掘り返された脚のまだ綺麗な芯地を一抱えほど譲ってもらう。狭苦しい自宅まで持って帰って工具一式を発掘すると、ちまりちまりと切って削ってミニチュアベンチを彫り出した。

 風の音が聞こえる気がする。雨の匂いが漂う気がする。日向の熱を仄かに感じる。優しい木地が肌に触れる。

 窓辺に置いたミニチュアベンチは狭苦しい僕の部屋から狭い灰空を見上げながら。多分きっと、今もあの景色の中にいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る