呪われた一族出身者が幸せになるまで

しろがね みゆ

プロローグ

 人と人の間にある絆を、視覚的に捉え、絆を構成する細い繊維状のものを操作することで、人間関係に変化を起こすことが出来る、絆師きずなし

歴史上、重要な人間関係の裏側には、絆師の存在があった。


 内田うちだみかどは、絆師として産まれてくることが決まっていた。

いや、母のふみによって、意図的に絆師にされたのである。


 絆師は、本来、母体との直接的な繋がりがなくなって、初めて師との絆が結ばれ、絆師であることが判る。

絆師が産まれる家は決まっているから、親が絆師という場合もあるが、その多くは、別の絆師との間に、師弟の絆を結ぶ。


 そもそも、親子で絆師という例が、稀なこと。

内田家では、絆師を”作り上げる”と表現するのが相応しい。


 絆師の証は、へそのあたりに現れる。

絆の糸で形成されるものだから、当然、絆師にだけ見えるものだ。

内田家では、親の絆の糸を編み上げ、師弟の絆を胎児へと故意に結び付ける。


 そうして、親子の師弟関係が結ばれた絆師を仕立て上げる禁忌の技は、内田家のみが唯一使用を許されているのだ。

母胎内にいる時点で絆師になる上に、師匠が必ず親であるという絆師界唯一の例外。


 内田家は、絆師界における禁忌の技を、専門に扱ってきた一族。

その点においても、唯一の例外である。

故に、産まれる子供は必ず絆師であることが求められた。


 内田家にのみ伝わる、意図的に絆師を産む技は、五回のうち一度成功するか否か。

人の運命を人間が改変する行為は、自然の法則に逆らうのと同じだ。

本来ならば、まかり通らないこと。


 内田家は、そもそも『非人道的な行い』を、認識していない。

自然の摂理を捻じ曲げ、神の領域に足を踏み入れることを、むしろ、積極的に行ってきた一族だ。


 内田家の者が男性である場合、奇跡でも起きない限りは、複数の女性を孕ませる。

何としてでも、絆師の子供を得るための手段、と、しか考えていない。


 母体内にいる胎児へ向けて、絆師である証を作り上げて、結び付ける。

全ての胎児が絆師になれるわけではないから、何度か試みて、絆師になり得ないと判断したら、見限る。


 同じ女性に何度も妊娠させていた時期が、過去にはあったが、流産を伴い、複数回立て続けに妊娠するのは、女性の身体にとってあまりにも負担が大きい。

全国の絆師を取りまとめている桃院とうのいん家の指示もあり、相手を複数に分けるようになった。


 複数の人間を相手にするのは、絆師のこともが産まれる可能性を高めるのに有効だ。

内田家にとって、桃院家からの指示は願ったり叶ったりだった。


 内田家が、独断で複数の女性を孕ませれば、非難の対象になり得るが、桃院家の指示となれば言い訳が立つ。


 一方、内田家の者が女性である場合には、自らの胎内で、自分との間に師弟の絆を結ぶことになる。


 胎児が、絆師になり得ないと分かった時点で、親子の絆を可能な限り細くする。

母という拠り所をなくした胎児は、この世に生を受けることなく、流されていく。


 絆師でないとわかっている子供まで、何人も生むわけにはいかない。

内田家には、絆師でない子供は不要なのだから。


 何事もなかったかのように、次の胎児を得るため、別の男性と関係を持ち、妊娠するまで繰り返す。

そうしてふみは、みかどを産む前に、五回流産した。


 ふみ自身すら、絆師の力がなければ、帝の父親が誰だかわからない状態で妊娠している。

当然、桃院家や公苑家すらも、把握していない。

父親本人は、多少なり心当たりがあるかもしれないが、確信は持てないし、持ちたくもないだろう。


 元より、父子の絆は母子との間に結ばれている絆に比べて、細く弱い。

ふみは、内田家の伝統に習い、父が誰だかわからぬよう、帝との間にあった微細な絆を完全に断ち切っている。

DNA鑑定でもしない限りは、謎のままに違いない。


 内田家は、他人と強い絆が結ばれるのを嫌う。

子作りの相手を、都度、変えるのは、人間関係を希薄な状態に保つことをも可能にしていた。


 ただ、内田家の者が女性である場合、父親本人が、なるべく自覚せずに済むよう、同時期に複数の相手と実際に関係する。

または、少なくとも、装う必要がある。


 肉体関係を結ぶと、相手との間に存在する絆の糸が、二、三日の間は色づく。

自分一人と関係を持っているか否かが、絆師には一目瞭然なのだ。


 内田家に産まれた女性は、相手に困らないという見方も出来る。

何しろ、子作りを望んでいる内田家の女性は、妊娠するまで、なるべく多くの行為をしようとする。


 絆師から見れば、複数の相手との間に、肉体関係があることを、宣伝して歩いている状態だ。

普段は内田家と関わろうとしない者でさえ、確実に後腐れのない性欲処理ができる機会、と、飛びつく者が現れる。


 内田家の人間は、よほどの事情がない限りは、婚姻を避ける。

その上、複数の相手と子供を作るとなれば、ますます心象が悪くなり、敵意を向けられるかもしれない。


 「いびつで呪われた一族」などと、忌み嫌われることは良いのだ。

避けられることが望ましい。


 しかし、敵意は、ある種の絆となり、互いを縛り付ける厄介なものだ。 

なにも、執着されたくないとか、面倒は避けたい、などと言うことではない。

内田家なりに、他家の人間に対して迷惑をかけないよう、最大限の配慮をしている。


 前触れもなく、知らない人間から肉体に触れられそうになった時、反射的に避けたりする防衛反応。

絆の糸を操作する行為は、肉体に置き換えれば、突如として、体内に手を突っ込まれ、毛細血管を強制的に移動されるようなものだ。


 過剰なまでの防衛反応は、自身を危険に晒しても、なお暴走を止めない。

目に見えない精神エネルギーは、時に恐ろしい威力を発揮する。

絆の繋がりを辿り、関係者にまで被害が及ぶことすらあるものだ。


 絆の関係性が強い者には、絆の防衛反応の影響が及ぶ。

あまりにも強い防衛反応は、命にさえ危険が及ぶのだから、そんな被害を他人様に負わせるわけにはいかない。

内田家の者が、自らと他者の間にある絆を、極限まで希薄にするのは、そのため。


 個人へ固執せず、愛着を感じることなく。

例え愛情で結ばれた絆があろうとも、意図的に絆を極限まで細くする。

絆を断つのは大きな危険を伴うから、内田家と言えど、なるべく完全には切らない。


 内田家の子孫として、絆師が生まれる可能性を高める目的で、子作りの相手は絆師であることが推奨されている。

近親間で子作りをすることすら、日常茶飯事。


 当然、愛情があってのことではない。

親子の愛情や、禁忌の技を用いる際には、家族間に、元来備わる絆が邪魔になる。

内田家では、次期当主を守る意味でも、自らの親子間にある絆は常に最小限に調整する。


 父子間で子供を作ろうとするのは、確実に絆師の子供を得る目的を達成するため。

いくら目的を達成するためとはいえ、一般常識や倫理観のある人間ならば、やらないことを、内田家の人間は躊躇わない。

ただ、それだけの話だ。


 近親間に産まれた子供は、遺伝性疾患や、障害が現れることがあるが、内田家では、そう言った例が一度も記録されていない。

その辺りも、絆の操作でどうにかしているのが内田家なのだ。


 絆師ならば、絆を過度に操作した場合のリスクを知っている。

禁忌の技を主に使用し、日常的に過度な絆操作を行っているような人間と絆を結ぶのは、避けて当然。


 とはいえ、すべての絆師から、同様に嫌煙されては、不都合が生じる。

内田家との間に子供を設ける家系が、昔からいくつか定められていた。

本人が絆師でなくとも、絆師の家系であれば、絆師の出現率は上がる。

絆師の家系に産まれた女性であれば、対象だ。


 同時に、そう言った女性は、自らが絆師を産みたい、と、考えている場合もある。

胎内で絆師になった場合は、内田家の子。

ならなかった場合には、出産後に、例え、絆師にならなかったとしても、絆師の家に産まれた、女性側の一族の子として育てる。


 相手の女性たちすべてが、絆師でない子供を出産することも、桃院家が面倒を見られる範囲であれば、構わないことになっている。


 胎内では絆師にならなかったものの、出産後、別の師匠との間に絆が結ばれ、絆師となった例が、実際に、確認されている。

内田家の絆師として扱われるのは、あくまでも、内田家当主との間に、師弟の絆が結ばれた実子だけ。


 結果、実は異母きょうだいでありながら、当人たちは知らずに関係を持った例が、過去に存在した。

例外なく、内田家の子として扱わない子供は、絆を切るからだ。

微細な絆は、完全に断ち切っても、大した問題にはならない。


 内田家男性との間に子供を設けることになっているいくつかの一族は、桃院家によって定められた一族のみ。

だから、自ずと血は濃くなり続ける。

内田家の方が女性の場合、濃くなり続けた血を薄める機会とも言える。


 絆師を産む以外にも、内田家が編み出した禁忌の技が、少なからず存在するほど、内田家と禁忌の技の関わりは強く、深い。


 日本が戦乱の時代には、絆師が、今では禁忌とされている技を使用する絆師は、内田家に限られなかった。

それでも、ごく限られた一族のみ、禁忌の技の使用が許可されており、使用できる技の種類が、厳しく管理されていた。


 当時は禁忌とされていなかったことが、時代と共に禁忌となった例は多い。


 病との間に結ばれている絆を解くことができれば、病が治せる。

他の人との間に絆を結び直せば、病を移すことが可能だ。


 命そのものすらも、操作可能な絆師は、脅威。

重要な局面で切り札ともなり得る絆師を、忍者などの、水面下で活動する者達に、暗殺させる有力者が多くいた。


 やがて絆師は、身を隠す手段として、糸へんの漢字を用いて名付けられていた風習を廃止し。

”糸へんの漢字から糸へんを省いた漢字”

が、採用されるように方針転換された。


 例えば、内田帝なら。

『納』から糸へんを省き『内』、『細』は『田』、『締』は『帝』と、いう具合だ。


 絆師同士の争いもまた熾烈を極めた時代には、本名を隠し、いわゆるコードネームで呼び合う時期もあった。

平和な時代へ移り変わるとともに、絆師の名は。

”糸へんの漢字から糸へんを省いた漢字”

を、選ぶよう、統一された。


 暗号のような名付け方を紐解く鍵として、”絆”の右側である、”半”という字をとり、絆師は『半ば者』と呼ばれることがある。


 他にも、『結び師』とか、『絶ち師』などと呼ばれることもある。

その名の通り、人間関係を結んだり、絶つことができるからだ。


 これは、一人の絆師、内田帝の物語である。

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