追物射
武州人也
騎射
川釣りをした帰り、魚でいっぱいの
いつもと違う場所で釣りをしたから、帰り道の風景もいつもとは違う……かと思いきや、田畑ばかりが広がっていて、あまり変わり映えはしなかった。ところがウィレムときたら、いつもと違う道を歩いているせいか、どうにも落ち着かないようだ。ときおり立ち止まってその場を掘ろうとしたり、やたら左右にじぐざぐ歩きをしたりしている。
ふと、ダダダダダダッ、と、小気味のよい蹄音が右側から聞こえた。音のした方を向くと、右手側に広い砂の馬場があることに気づいた。その直線の馬場を、人を乗せた
蹄の音に混じって、ヒュン、という弦の跳ねる音が聞こえてきた。馬背の人物は弓をもっていて、放った矢が
「ありゃあ、
見に行ったことはないが、流鏑馬という神事があることはおれも知っている。狩装束という古い服装を身に着けた射手が、馬に跨って直線の馬場を駆け、その脚を止めることなく矢を的に射かけるのだ。元々はお侍の家に伝わる武術の訓練であったらしいが、今は神様に奉納する神事として行われているそうだ。
「
道から人馬を眺めながら、叔父から教わったばかりの名前をつぶやいた。すると人馬一対はくるりと旋回して、こちらに近づいてきた。のぞき見が気づかれたのだ。
馬背の人物はきっとおれよりいくつか上で、十五か十六ぐらいだろう。少年とはいっても、おれやその友だちのような多摩の片田舎の
おそらく、この少年はお侍の子弟だ。父ちゃんが生まれた頃、お侍は
「
漢の飛将軍李広にたとえられたことを、馬背の少年は素直に喜んでいるようだった。少年のにこやかな顔を見て、おれは安心するどころか、かえって胸がどきりと跳ねるのを感じた。長いまつ毛の下の切れ長に、真っすぐ通った鼻筋、ほっそりとした白い首、その見目形の美しいことは、並び立つものなどないように思える。
「え、あ、あの……お、おれは平三っていうんだ」
どう言葉を返したらいいのかわからなかったせいか、つい自分の名を名乗ってしまった。
「あはは、平三っていうのか。おれは
「ゆきじ……」
「そう。雪の降っていた日に生まれた次男だから、雪次」
馬背の少年、雪次は、陽気に笑いながら名乗り返してきた。雪次……血管の透けるような白い肌を見ると、お似合いな名前かもしれない。
「あ、あの、のぞき見なんかして、本当に悪かった。とても見事だったもんで、おれみたいな田舎もんには珍しかったから、つい」
「田舎もんって、それはおれもさ。それに見られて困るもんでもないし、頭を下げられても困るよ」
何だか、許されているみたいでよかった。お侍はお侍でも、この少年はきっと気立てが優しいのだ。
安心はしたが、やはり雪次の顔を直接見ることはできない。整いすぎていて、何だか見てると落ち着かない顔だ。
「平三、また見にくるのかな」
「え、ああ、そちらがよければ、また見てぇけども」
「そうか。平三が面白がってくれるなら、いくらでも見せてあげたいけど……今日はここまで。もう暗いから」
そう言って、雪次は手綱を
人馬一対が去り、道に残されたおれは、暗くなりかけた道を歩き出した。道中、肉の腐ったような悪臭がして、「すわ、魚を腐らしてしまったか」と慌てたが、その臭いは魚籠の中からではなく、すぐ傍の林から漂ってきていた。おそるおそる踏み込んでみると、一か所、蠅がぶんぶんと集っている場所がある。
「うわ……」
狸が一匹、横たわっていた。蠅はこの狸の死臭に引き寄せられていたのだ。かろうじて狸だとわかったものの、死体はぐずぐずになっていて、死んでから大分経っていることがわかる。ウィレムも死臭を嫌がってか、道に戻ろうと引綱を引っ張っている。
嫌なものを見てしまった……おれは足早に林を抜けて、ウィレムとともに元の砂利道に戻った。
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