第16話 予測不能なビッグニュース

 MaTsurikaと再会した翌朝、私はネットニュースの見出しを見て凍りついていた。もしかしたら私に関する何かニュースは出てしまうかも……と覚悟していたが、これは想定外である。

 

【トップアイドル篠宮 宙! 引退宣言!】


 震える手で記事を開いた。昨日会ったばかりの彼に関するニュースが気にならないわけがない。文字を目で追っていく。

 

【――Id∞lの顔としても知られる篠宮宙。子役時代から芸能界で活躍している彼だが、昨年の夏頃から仕事をセーブしており、ファンからは心配の声が上がっていた。そんな中、十月二〇日放送予定のレギュラー番組にてアイドルを引退することを表明したという。事務所関係者は「篠宮宙は俳優に転向したいという意思があるようです。事務所はアイドルメインの事務所のため、今後俳優として所属を続けさせるのか、事務所の判断が迫られています」と語った】


 嘘でしょ……と声が漏れる。もちろん、ネットニュースの情報なんて大して信憑性がない。私自身色々と書かれたことがあるが、デタラメの中に一部だけ事実が紛れていたりするレベル。だから、これがそのまま正しいとは思っていない。

 だけど、日付まで指定され、放送が決まっている番組の内容についてなら、多少の信憑性はあると思う。

 宙くんに連絡しようにも、社長を辞任した際に当時のスマホは解約してしまった。雇用関係のない今、人づてに連絡先を聞くのもはばかられる。

 またもやマツショクと違う出来事が起きてしまった。そわそわと落ち着かない気持ちで、ホテルのチェックアウトを済ませることになるのだった。



「ジャスティナさん、おはようございます」

「おはようございます、緑さん」

 約束の時間にNEXTプロダクションに到着すると、緑さんが入口付近のデスクで仕事をしている。Id∞lでは、緑さんを探すのにも手間がかかったが、ここは所属が今のところMaTsurikaしかいない小さな貸しビルの事務所なため、すぐに見つけることができた。なんだか私的スペースが少なくて前世の実家みたいだ、とほんわかした気持になる。

「社長は、まだお見えじゃないんですか?」

 目線の先、突き当たりには社長席がある。しかし、そこはまだ空席のままだ。私が尋ねると、緑さんが苦笑いをする。

「実は――」

「あ、ジャスティナさん!」

「? えっ、宙くん!?」

 入口横、昨日私が散々皆と話し合った会議室から、なぜか宙くんが飛び出してきた。あんな記事が出た後だというのに、なぜかいつも以上に彼は煌めいている。

「宙くんが、どうしてここに……」

「僕もここに移籍できないかなと思って来たんです」

「はい?」

 今朝読んだばかりの記事が頭によぎった。まさか、あの俳優転向が事実だったとは。

「できれば、事務職で働きたくて」

「俳優でもないんですか!?」

「はい。NEXTプロダクションなら、MaTsurikaが急に売れたので、人手足りないかなと思って来てみたんですよ」

 理解できない要素が余りにも多すぎて、空いた口が塞がらなかった。

 日本を誇るトップアイドル篠宮宙。大手のアイドル事務所Id∞lに所属し、一人でドームツアーを出来るほどの逸材。そんな彼が、軌道に乗り始めたばかりの貸しビルのいちフロアで、事務仕事を……? どう考えても現実味がない。

「宙くん、私の後任社長が何かやらかしましたか?」

「いいえ? とても良くしていただきました」

「ならどうして……」

 立ちながら話し込んでいると、宙くんの後ろからもう一人が顔を出す。会議室から遅れて出てきたNEXTプロダクション社長廃寺さんだ。やけにやつれた顔をしている。元々痩せ型のおじさんといった雰囲気だったが、更に細くなっているような気がした。よほど宙くんとの話し合いで頭を痛くしたに違いない。

「……あぁ……加藤さん、すみません、お待たせしてしまい……」

「いえ……あの、何やら大変なことが起きているようで」

「えぇ。あの……うちの事務所は、実はId∞lと何か繋がりでもあるんですか? 社長の私でさえ知らないところで謎の繋がりが……」

 小刻みに震えている廃寺社長が可哀想になってきた。所属しているアイドルもいない状態から、MaTsurika含めて元Id∞lの人間ばかりが入ってこようとするのだから、さぞ怖かろう。しかも現状は入社希望が元大手女社長と、大手トップアイドルの二人だ。私だったらめちゃくちゃビビってしまう。

「社長、私も宙くんと二人でお話していいでしょうか? もしかすると、椅子の奪い合いになる可能性もありますし……」

 できれば、宙くんにはアイドルに戻っていただきたいし。廃寺社長は心がかなり疲れてしまったようで、私の言葉に大きく頷いた。私と宙くんが話している間に、どうか休んで回復して欲しい。

「僕とジャスティナさんと、二人で……」

「あ、宙くんお時間大丈夫ですか?」

 そういえば、朝が早いからと言うことで昨日は夜ご飯の前に解散したのだ。腕時計は、午前九時を過ぎたところである。

「はい。今日はモーニングコーリングにゲスト出演して、番組が終わった足でそのまま来たんです」

「なるほど、早朝からお疲れ様でした……なら、この後は休みで?」

「はい! なので、たくさん話せますよ」

「手短にお願いします……」

「あ、あの。僕もその話し合いに参加しますね」

 宙くんと会議室に戻ろうとしたところで、緑さんが挙手をした。なぜ若干どもり気味なのだろうと不思議に思うが、まぁ現在働いている人間が同席していて悪いことはない。私たちは三人で会議室へと足を踏み入れた。

「……それで、宙くん。一体何があったんですか? アイドルを引退だなんて……」

 着席してすぐにそう問う。もう気になってしょうがなかった。私のそんな気持ちを知ってか知らずか、宙くんは優しく微笑む。

「特に最近何かがあった訳じゃないんです。去年から、ちょっとずつ考えていたことで」

「それにしたって、事務職は思い切りすぎじゃないですか? 芸能が本当に嫌とか、裏方仕事がしたいんなら仕方ないですけど……」

 やっぱり、篠宮宙は表に出て輝くのが似合う人だ。それはマツショクFDをプレイして感じたことでもあるし、実際にジャスティナとして彼の活躍を目の当たりにして感じることでもある。裏方に回るのはどうしてももったいない。

「でも……ジャスティナさんは、裏方なら付き合えますよね?」

「えっ? 何の話ですか……?」

「僕、自由に恋愛がしたいんです」

 会議室に沈黙が落ちた。裏方ならジャスティナと付き合える、自由に恋愛がしたい、その言葉たちが示すのは、ただ一つだろう。

「……えっと、宙くん。もしかして、私が、その、好きなので?」

「はい。好きです」

「ひぇ、ビッグニュースすぎる……」

 社長になるよう育てられ二十年以上。縁談こそあれ、まともに恋愛などしたことがない。前世ではどうだっただっけ、そこら辺もあまり記憶がなかった。

 何はともあれ、私に初めて告白してきてくれたのが、篠宮宙だというのは衝撃的な話である。

「えっと……いつから?」

 原作でも宙くんはジャスティナが好きだったのだろうか。それによって今後の動きも変わってきそうだ。

「この人生が始まってからですね」

「ひぃ」

 まさかの、会話が通じない。宙くんのことがよく分からなくなり、緑さんへ視線で助けを求める。しかし、緑さんも何が何だかというように首を横に振った。

「宙くん、その、詳しいことは分かりませんが……私のためにアイドルを辞めるというなら、それはもったいない話です。辞めるにしても、それは自分のためであって欲しいです」

「ジャスティナさんのためというのが、僕のためにもなるんですが……別に、無理に付き合って欲しいとは言いません。ただ、人をこんなに好きになったのも、初めてで……こんな気持ちのまま、アイドルは務まらないと思いました」

 あまりにも真剣な表情に鼓動が早まる。宙くんともあろう方が、どうしてそんなに私を好きなのかが分からない。考えてみれば、予兆はあったのだろう。ご飯に誘われたり、写真を撮りたがったり、服を買ってくれたり……。だけど、この世界において、アイドルとの色恋沙汰に巻き込まれるのは桃菜だけだと思っていた。顔が熱くなり、何も言葉を返せなくなるのだった。

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