立ち上がった達也


 Side 楠木 達也


 結局ゴーサイバーに変身した中で脱出したのは楠木 達也、そしてナオミ・ブレーデルの二人となった。


 中は満員電車状態のサイバータンクの上に乗り、周囲を警戒しつつも心の中では罪悪感が芽生えていた。特に同世代の少女達が見せたあの視線――仮面の奥底でどんな表情をしていたかは分からないが達也は「きっと侮蔑の視線だろう」とネガティブに考えた。


 道中はナオミの銃の腕、そしてサイバータンクの火力もあり、易々と包囲網を突破。


 タンクから降りる避難民を眺めながらこれからどうするか考える。


 特に基地で未だ人名救助のため勇ましく戦っている桃井や白墨達の顔が頭をよぎる。


『さて、私はこれで離脱させて貰おうかしらね』


『え?』


『ただの観光客じゃない事ぐらい薄々気付いてるでしょ?』


『それは・・・・・・』


 確かに――正体は気になる。


 が、これまでの彼女の行動を思い起こせば答えは出ているも当然だった。


 本当に極短い間だったとは言え、彼女の正体は恐らくも何もスパイかそれに類似する何かだろう。


『そうそう。もしも戻る時は電子クラフトって呼ばれる機能を使うと良いわ――少なくともこのタンクよりも早く戻れる筈よ』


『電子クラフト?』


『ようはリニアモーターカーの応用よ。下手な車より早く行動出来るし小回りも効くみたい。流石体内の電気信号を読み取ってる技術を使ってるだけはあるわね』


 視線をブーツに向ける。ブーツの踵、両側面にまるでヨーヨーを半分に割ったような突起物がついてあった。これがその装置なのだろうか?


『まるで既存の科学技術を強化させた物が使われてるんですね』


『そう。元々ゴーサイバーはなるべく地球の科学技術を使って設計されているのよ。だから私達の目にも止まった訳だけど・・・・・・ま、科学講座はここまでにするわね』


 そう言って彼女はスーツを解除。


 ブロンドのポニーテールヘアーが大気で煌めき、魅力的で張りのある奇跡のような爆乳がプルンとキツく締め付けられている筈のライダース―ツが揺れる。


「じゃあね――」


 そして彼女は避難民と共に去って行った――


「お兄ちゃん――」


『うん?』


 入れ代わるように小さな、まだ小学生にも入ってなさそうな子供が駆け寄ってきた。


 そして保護者や大人達の何名かが寄ってくる。


「僕達を助けてくれてありがとう」


『ッ!?』


 口々にお礼を言われ衝撃を受ける。


 喜びなど感じない。


 それがナイフのように心へ突き立てられた。


 入れ替わりに制服を着た――華徳高校の生徒がやって来る。


「なあ、桃井達は何処にいるんだ?」


「姿は見えないようだけど――」


 更に強烈なショックが達也を襲う。


 イジメられていた時の場面がパラパラマンガのように次々と脳内で映し出されて行く。


 この時彼は強い恐怖を感じていた。


 もしこのまま自分が彼女達を見捨てて来たと思われたらどうなるだろうか?  


 テレビとかに出て来る市民団体とかもそうだが正しいと思い込んで相手を悪だと決めつけたら最後、どんな正論を叩き付けても聞く耳など持ちはしない。


 間違い無く臆病者のレッテルを貼られる。


「まさかまだ基地に残っているのか!?」


『ッ!?』


 誰かがそう言った。


「嘘・・・・・・どうして?」


「てか何でお前だけここにいるんだ?」


「まさか・・・・・・置いてきたの?」


 クラスメイトはキョロキョロと辺りを見回して薫達を探す。


『それは――』


 嫌な空気が漂ってくる。


 不味い。


 これは不味すぎる。


 このままでは――


「クククク、我々から逃げられると思ったのか!?」


『ッ!?』


 どうするか考える前に達也の前に新たな困難が立ち塞がる。

  


 Side 桃井 薫


 薫にとって達也は何としても守られなければならない大切な人だった。


 嘗て薫は同じ学舎に通い、そしてイジメられていた達也を見詰め続けてきた。


 そんな彼を見て見ぬ不利をし続けて来た彼女はずっと心の奥底で責め続け――その心が爆発したのは自殺未遂を行った時だった。


 もしもあの時助けられていなかったら?


 そんな弱い自分を憎んで憎んで憎み続け、その果てに彼女は決心した。


 あの優しくて正義感に溢れ、輝いていたあの頃から変わり果ててしまった彼を支え続けようと。


 例えどんな風に扱われても決して彼の味方でいようと。


 そして今もその気持ちは変わらない。


 サイバータンクと共に脱出した彼を薫は安心していた。これで彼は危険に巻き込まれる事は無いのだから。 


『本当に良かったの?』


 マリアが避難民を誘導しながらも尋ねてくる。


『何がですが?』


『スーツを着ているとは言え、とても危険なのよ』


『だけどこの人達を見捨てたらまたあの頃の私に戻ってしまう。それだけは嫌なんです』


『あの頃?』


 そのワードに反応したのは麗子だった。


『薫――まさかそれが――達也が――薫が見捨てた子なの?』


『うん。だから私は決別する。あの頃の私を乗り越えるために戦う――達也にどう思われても』


 自分に言い聞かせるようにゴーサイバーの武装、エレクトロガンをギュッと強く握り締める。


『・・・・・・麗子はどうなの?』


『私は・・・・・・もう二度と私の様な人を出したくなかった・・・・・・本当は薫には怒ってる。だけど私だってそれは同じだから』


 彼女の戦う動悸はその場の思い尽きではなく、自分のように、いやそれ以上に何か強い意思を肌で感じとった。


『サイバータンクが戻ってくるまで待ちたいけどここはサイバージェットに乗せましょう。戦闘機であると同時に輸送機でもあるからかなりの人数を運べるわ』


『そうですか――』


『貴方達はこれで脱出しなさい。操縦はタンク同様に職員がやってくれるから』


『わ、分かりました』


「何を手こずっているかと思えば成る程――装着員を始末しただけでは足りなかったか」


『!?』


『こいつは――データーベースにあるわ!! リユニオンの大幹部!! シュタール!?』


『逃げるんだ白墨君!! そいつは今の君達が勝てる相手では――』


『ですがこの状況では――』


 背後には避難途中の市民達や学生達がいる。


 退けば命は無い。


『ふん、この飛行メカで脱出させる算段か。だがそうはさせんぞ――』


『不味いわ!! 飛行メカを狙ってくる!?』


『あの脱出したタンクにも手駒を差し向けている。今頃は始末を終えているところだろう』


『そんな・・・・・・戦力を分断したところ狙って!?』


 司令が『いや、まだあの少年は頑張ってくれている!! 苦しい状況だが踏ん張ってくれ!!』


『だ、だけど早く達也を助けに行かないと!?』


『気持ちは分かるけど見逃してくれちゃくれなさそうよ――』


 そうこうしているうちにシュタールの元へ新手の怪人が一体、そして戦闘員達が何処からともなくやって来る。


 戦闘員はともかく新手の怪人の姿はこれまでのラインナップと比べて上半身のシルエットがゴツイ。


 戦車怪人は全体でモチーフを象ったものだったがこの怪人は軍事兵器の車輌部分、それも上半分の砲台部をそのまま移植したような印象だ。


 両肩には二連装の大砲。四角く角張った頭部には円盤状のディスク。


 軍事兵器に詳しい物がいれば対空砲を象った物だと分かっただろう。


 名をエアシャッターと言う。


『まだ戦力が残っていたの!?』


 司令が『いや違う』と前置きした上で説明する。


『君達の活躍で怪人もかなり倒されている。恐らくこの基地を襲撃していた戦力を全て集結させたのだろう。奴達の目的はそのスーツの破壊も含まれているのだから――』


『つまり司令、これが事実上の決戦ですか?』 


『そうなるな』


 守るべき生徒、市民を背に両者は対峙する。


 まるで西部劇の決闘のように睨み合ったままの膠着状態が気付かれた。


 そのせいか一秒、一秒がとても長く感じられる。


(逃げちゃダメ・・・・・・戦わなきゃ・・・・・・)


 その中で薫は手に持つエレクトロガンを小刻みに震わせていた。


(ここから逃げたらまたあの頃に私にッ!!)


 目を瞑りながら薫はトリガーを引いた。



 Side 楠木 達也


 ――僕はどうなったのだろう?


 体中に痛みと重量感を感じながらボンヤリと感じる。


「ハハハハハハ!! 貴様も所詮この程度か!!」


「き、君達は早く逃げるんだ!! ここは俺達が食い止める!!」


 声が聞こえる。


 どうやら事態はとても切迫しているような状況らしい。


 その事態とはなんだ?

 そこまで考えて達也はやっと意識がハッキリした――


(そうだ――僕は――)


 咄嗟に現れた怪人の攻撃から庇うために名前も知らない生徒を庇って今に至るのだ。

 本当に突然だった。


 意識を失っていたのもそんな長い時間でも無い筈だ。


 会話から察するにサイバータンクを動かしていたあの基地の職員と怪人が対峙しているのだろう。


(守らないと・・・・・・けど身体が動かない・・・・・・)


 楠木 達也は現在進行形で引き籠もりの高校生だ。それが年単位ともなれば平凡な男子高校生よりも身体能力は低い。何より闘志など過去のイジメ体験のせいで無きに等しい有り様だ。今の達也を例えるとするのならば運動経験が殆ど無いガリ勉に過酷な格闘技のリングで戦わせているようなものだ。


 勝てる訳が無い。


 しかしそれが分かっていながらも――達也は立ち上がろうとする。


「何だこいつ? まだ立ち上がる気か?」


『アッ!?』


 再び何度も何度も強く踏みつけらる。


 肺から絞り出された息が狭いヘルメット内を赤い鮮血と共に熱気で満たす。


 ヒーローらしからぬ何とも無様な姿だった。


 文字通り手も足も出ていない。


「酷い――」


「もう止めてやれよ!! そこまですれば十分だろ!?」


「俺の目的はこのスーツとタンクの破壊だ!! こいつがどうなろうと知ったこっちゃあるか!!」


「そんな・・・・・・」


「やめて!! このままじゃ死んじゃう!!」


「そ、そうだ!! 俺達が相手になるぞ!!」


 意識が薄れてきたがハッキリと人々の声が聞こえる。自分が守った人の声だ。まだ逃げていなかったらしい。


 昔イジメられた時もこうして遠巻きに眺められた物だがその時とは違い声が掛けられる。何だがその事がとても嬉しく感じた。


 頬から温かい滴がこぼれ落ち、鼻腔からみっともない粘ついた汚水が流れ出る。


 怒りか嬉しさか、もう判別がつかなかった。


「チィ!! 雑魚が!?」


 バン、バンと言う火花が散る音がした。


 誰が撃ったかは分からないがたぶんサイバータンクのパイロットだろう。


『ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・』


「こいつ、まだ――いい加減に死にやがッ!?」


 継いで爆音が轟く。


 同時に連続して激しい火花が散る音が聞こえた。


 一度や二度ではない。十回以上連続で空気を切り裂くような何かを素早く叩き付けた音だ。


 背中を踏みつけていた圧迫感がなくなり、ようやく自分を足蹴にしていた怪人の全体像が視界に入る。


 右腕と頭部がナイフの銀色の怪人だった。


 ベンチの恐竜怪人に戦車、ドリルとゴツイ怪人が多かったがこいつはスマートな感じだ。


 怪人のデザインまでもがスタイリッシュする昨今の特撮物に比べればどちらかと言うと昭和の特撮物とかに出て来そうだなとか達也は思った。


『立てるボウヤ?』


『な、ナオミさん? ・・・・・・どうして、ここに・・・・・・』


『子供に泣きながら助けて欲しいって言われたら誰だって心配するわよ』


 助けたのはあの扇情的でブロンドヘアーの外国人女性、ナオミだった。


 パープルのスーツに異常に盛り上がったバスト。

 グローブには鞭らしき武器が握られている。


 そういえばマリアもボウガンを呼び出して戦っていた――もしかすれば自分にも専用武器があるかもしれない。 


「キッサマアアアアアアアアアアアアア!? このキラーエッジ様によくも!!」


『はあ・・・・・・はあ・・・・・・』


『無理しない方がいいわよボウヤ』


『分かってるんだけど・・・・・・だけど・・・・・・何故か身体が勝手に・・・・・・』


『奇妙なボウヤね――だけど嫌いじゃないわ』


 肩を並べ合う二人。


 その視線の先には怪人――キラーエッジがいる。


「エッジダート!!」


 腕がナイフになってない方の左手のガントレットからナイフが射出される。


「なっ!?」


 しかし、ナオミの鞭で全て叩き落とされた。


『ああそうそう、電子着装って言えば武器が出て来るわよ』


「『電子着装』――?」



 そう言った途端、腰に巻き付いたベルトから粒子が吹き出され、両腕、両脚に燃えるように赤いガントレット、グリーブ(鎧の足部分)が纏わり付いた。


『それが貴方専用の装備みたいね――バリバリ接近戦向けだけど大丈夫? 自信が無いなら銃で援護して』


『いや――』


 ふいに視線を、自分が守った市民、生徒達に向ける。


 自分が守った人々を見渡し――達也は自分でも説明出来ない程熱い気持ちが沸き上がって来た。


『大丈夫――何か分からないけど行けそうな気がする――』


『そう、信じてあげるわボウヤ!!』


「ええい!! ならばこうしてやる!!」


 怪人の視線が避難した生徒達に向けられる。


 左手を向けて――


『させると思ったの?』


 スーツの武装、エレクトロガンが直撃。

 続いて鞭で引っぱたき、怪人を怯ませた。


『今よ!!』


『ッ!!』


 その一声で達也は駆け出した。


『え?』


『ッ!?』


 だがこの形態になれていなかった達也は勢いのあまり滑空し、そのまま敵に体当たりする形となる。


 咄嗟に達也は両腕のガントレットでガード。人間砲弾と化す。そうして体当たりされたナイフの怪人は弾き飛ばされた。


 硬いアスファルトの地面を滑り続け、激しい摩擦音と共に煙を上げる。


 それが幾秒か続いたところでようやくストップ。


『やった……のか?』


 しかし相手は体をビクビクと痙攣させながら立ち上がり――


「クッソガあああああああああああああ!! 殺す!! 絶体にブチ殺す!! 殺してやる!! 絶体にぶっ殺してやらぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 血に飢えた野獣の如き咆吼を挙げ、先程受けたダメージが全然効いてないのか左手を向けてナイフを射出しながら迫り来る。


 射出されたナイフは次々と達也のガントレットに弾かれた。この手甲、見掛け通り頑丈らしい。


 そうだと分かっても達也は敵の剥き出しの殺意に呑まれ、怯えきっていた。


 だが敵は情け容赦無く迫り来る。自分を言葉通り殺すために。全身全霊を挙げて身体のナイフで八つ裂きにするために――!!


『うわぁああああああああああああああああ!!』


 それは恐怖か、土壇場の勇気だったのか。


 相手が右腕の大きなナイフを振り下ろそうとした瞬間、達也は渾身の思いを込めて強く右手を突き出す。 


――ガッキャァ!!


 硬い物体をぶち抜いた甲高い音が手に伝わった。


「グハ――こ、こんなガキに、この俺が――こうなったらテメエも道連れに――」


 怪人の頭部が爆発する。


 同時に達也の身体に何かが巻き付き、思いっきり引っ張られ空中を舞った。


 続いて爆発。熱風がスーツ越しに伝わる。


 何が何だか分からないまま――物凄く柔らかい感触と共にキャッチ。


 気が付けばサイバーパープルを身に纏った女性――ナオミの姿があった。


『私のオッパイの感触は頑張ったご褒美よ?』


『え? あ・・・・・・その・・・・・・』


『まあ役得だと思って有り難く頂戴しときなさい』


 それよりも――と言って。


 サイバックパークの方に目を向ける。


 何か飛行物体が飛び立ったのが見えた。


 そう言えば薫は――と思考を向ける。  



 Side 桃井 薫



 時は少し遡る。


リユニオン幹部シュタール率いる強襲部隊に襲撃されたサイバックパークは、血と硝煙渦巻く地獄の戦場と化していた。


そんな中、それぞれの事情と意志と偶然から、ゴーサイバーへと変身した一人の少年と二人の美女、そして三人の少女。


赤い強化スーツを纏ったサイバーレッドと爆乳美女のサイバーヴァイオレットは、襲撃に巻き込まれた避難民を連れて、脱出していた。


 残った避難民と基地職員を脱出させるべく、サイバーホワイトとサイバーピンク、サイバーグリーン、サイバーブルーの四人が、脱出の時間稼ぎと脱出艇を守る為に、必死に戦っていた。

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