第12話 彼女黙示録

空は嬉しそうに彰人の元へ駆け寄っていく。

「彰人っ彰人っ!」

「ちょっ・・・橘さん落ち着いて!」

それを聞いた空は笑顔から怒りの表情に変わっていく。

「彩香は彩香なのに、なんで私は橘さんなんですか?!」

なんの罪もない学習机が美少女の両拳によって机ダァン!されて悲鳴をあげる。

空は納得いかないという表情で抗議する。その様子に教室内がざわめく。

近くにいた悟が戦慄した表情のまま彰人に問いかける。

「おい・・・橘さんの他にも彩香っていう女がいんのか・・・?」

「いや、どっちも友達だよ?!」

彰人は焦りながらそう言った。

「モテるやつはみんなそういうんだよ?」

そう彰人に向かって言ったのは浅村という普段は温厚な人物だ。浅村もなんだかんだで結構モテる。温厚な浅村でさえ今回の事態には困惑しているようだった。


それを聞いた悟が激高する。他の男子たちの視線が怖い。

「お前がそんな奴だったなんてな!見損なったぞ彰人!俺と一緒に童貞を守り続ける役目はどうした?エエッ?!」

彰人は悟の言葉を聞いてげんなりしながら答える。

「そんな約束はしてないだろ・・・」

そんな彰人の態度に悟は言う。

「ほらこれですよ。女ができたらこれよ。ところで橘さんとはどこまでいったんだ?」

空は”どこまでいったか”に強く反応した。

「抱かれる前までです!」

ざわ・・・ざわ・・・

クラス中が混沌に飲まれそうになっていた。

「な”ん”て”あ”き”と”た”け”な”ん”た”よ”ぉ”ぉ”ぉ”!」

悟が断末魔に定評のある俳優さんのような雄叫びを上げてその場に崩れ落ちる。


その様子を窓際の席から見ていた風紀委員の一条 風花(いちじょう ふうか)が彰人の元に近づいてくる。彼女の親友である北見 柚(きたみ ゆず)も一緒だ。教壇に立っていた鬼塚も風花たちに続く。

「はいはい。それくらいにしてー。天河君は借りていくわね」

彰人は助かった・・・と風花の顔をチラッと伺ったのだが・・・

「(怒ってる・・・?)」

風花は自分でもわからないくらいイラついていた。そんな様子を見て柚は肩をすくめていた。


そのまま4人は1階まで降りてきて職員室の前まで来た。そこで風花が口を開く。

「で?」

「でっていう?」

彰人は明らかに機嫌の悪い風花におびえていた。そして風花の「で?」の意味を理解できずにいた。そんな二人を見ていた柚がやれやれといった感じで言った。

「どうして橘さんとあんなに仲がいいのかな、天河くん?」

彰人はああ、そういう意味なのかと理解しつつ、VTuberのことは伏せておいたほうがいいだろうと判断し、言葉を濁す。

「えっと、ネットのコミュニティで知り合って仲良くなったんだ。そこで学校に行ってないって聞いて・・・」

風花が静かに口を開く。

「天河君が救いの手を差し伸べたわけね。あなたらしいわ」

彰人はそんな大それたことではないと首を振る。

「ここに通っている生徒だなんて思わなかった。でも、ちゃんと学校に行ってほしいって話はしたんだ。それに空には大切な友達がいるから」

その人のおかげだよ、と3人に向かって話した。

「なるほどねー」

柚は自分の役目はここで終わりだといわんばかりに風花に視線を移す。

「天河君には伝えておいたほうがいいかもしれない。橘さんへのいじめのこと」

風花は声のトーンを落とし話し始める。

最初は空に対して積極的に話しかけていたが、空の煮え切らない態度に徐々に関係が悪くなっていき、いじめに発展していったと。

「春に突然クラス替えがあったでしょ?あれは橘さんをいじめていたグループを分断させるために行ったのよ」

彰人は急にクラス替えになった理由を今知った。それは空のために行われたものだと。

「でも、橘さんをいじめていたリーダー格が私たちのクラスにいるわ。五所川原 朱里(ごしょがわら しゅり)よ」

風花は怒気をはらんだまま朱里のことを呼び捨てで言った。

「・・・っ!あいつが・・・!」

彰人は激しい怒りに駆られる。今からでも教室に向かいそうな勢いだった。

「天河君落ち着いて。あなたが行っても何も解決しない。関係が悪化するだけよ」

風花は諭すように言う。

「橘さん本人が解決するしかないの。初めに言ったでしょ?”最初は仲が良かった”のよ」

そんな風花の言葉に彰人は力なくこうつぶやいた。

「俺にできることは・・・?」

「ないわね」

風花ははっきりと言った。

「天河君、心配しないで。橘さんはあなたに出会って変わったわ。もう以前の橘さんじゃない。それに・・・」

「それに?」

「私がついてるから。大丈夫、今日決着をつける」

それまで黙っていた柚が彰人の前に出て言った。

「空のこと・・・よろしくお願いします」

柚に対して頭を下げる。

「うん。任せといて」

そう言って風花と柚は教室へ戻っていった。

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