第5話 マグダナルダで。

とりあえず、入口から離れた壁にいたことで店内の従業員に壁ドンしたことは知られていなかった。そのままカウンターへ向かい注文を済ませる。彰人はラッキーセットを注文することに決めていた。虚空さんに二次改革のグッズをあげるためだ。


「あー・・・えっと二次改革のグッズは何が欲しい?」

「ふぇ?いいんですか?私がもらっても・・・」

「一人じゃ来れないって言ってただろ。俺はまた今度でいいから」

リアルイルポンさんも優しい。彼女は嬉しそうに目を細める。

「じゃ、じゃあ!手代木花のマイクロファイバークロスで!」

「わかった」


手代木花のマイクロファイバークロスとは、デフォルメされたアバターVTuber”手代木花”のキャラクターが印刷された布である。スマホやタブレットの液晶画面を拭くのに最適な一品だ。かわいいし実用性が高く、満足度も高い。


「あの!ラッキーセットを1つ。グッズは伊集院狂也のアクリルスタンドで!」

伊集院狂也とは二次改革のメンバーで、いくつもの人間を殺してきたという狂気な設定の男性VTuberである。大変イケボであり、トークも面白いので女性から絶大な人気を誇っている。


「狂也のファンなんだ。あれくらいトークできるようになりたいよなー」

「狂也は世界で2番目に好きです!」

「ふーん・・・」


一番は?と聞くのはやめておいた。さっきから虚空さんの視線に圧を感じる。完全に乙女のそれであった。

ラッキーセットをトレーに乗せ、空いている席に向かう。その途中に壁を背にした明らかに陽キャグループな人たちが目に入った。虚空さんは怯えているようだった。彰人はなるべく陽キャグループから離れた場所の4人掛けの席にトレーを置いた。虚空さんもそれに続く。

その時、陽キャグループの1人のギャルっぽい少女がじっと彰人たちを見ていた。


腰を下ろし、お互いの姿を確認する。出会いが衝撃的だったため、どうしてもバツが悪いがこのまま黙っていても始まらない。彰人から自己紹介することにした。

「えっと、名前は天河 彰人って言います。その・・・さっきは本当にごめん!」

「えっ・・・あの!ちょっとびっくりしたけど、その・・・嬉しかったから」

さっきのことを思い出してまた顔が熱くなる。それに虚空さんは完全に勘違いしているようだった。誤解を解かなければならない。


「わ、私は・・・橘 空(たちばな そら)って言います!空って読んでほしいなーなんて」

なるほど。だから虚空さんなのか。でも自分の名前に虚しいなんてつけるなよ、とちょっと思った。

「あー橘さん?さっきのは誤解っていうか・・・」

橘さん、と呼ばれた空はしょんぼりした。でもいきなりファーストネームで呼ぶわけにもいかない。

「?・・・誤解ですか?」

「ああ、実は・・・」


彰人は周りに人がいないことを確認し、謎のユーザーネーム”空白”について空に告げた。

空は彰人に会えるうれしさからほとんど画面を見ていなかったらしい。

「・・・だから”君を守る”だったんですね。それでも嬉しい。彰人さんはやっぱり優しいです」

「まだ終わってない。その空白のユーザーがここにいるかもしれないんだ。なるべく俺から離れないで」


彰人は改めて空を見る。髪は明るい茶髪で肩までかかるくらいまで伸ばしている。

贔屓目に見てもかわいい女の子だった。思わず見とれてしまう。

そんな彰人の視線を感じた空は恥ずかしそうにうつむいてしまった。

「(困ったな・・・)」

彰人は唸った。昨日はずっと変質者が来たらどうするかばかりを考えていて余裕がなかったのだ。何か話のネタでも考えてくるべきだった。


「あの・・・これなんですけど・・・」

空がおずおずとスマホを彰人に差し出してきた。

「ん?スマホがどうかした?」

「この変な画面が何度も出てきて消えないんです・・・ウイルスでしょうか?」

空のスマホはePhone 13 Max Proだった。最近、最新の14 Max Proが出たので最強の座を譲ったが、それでもハイエンドスマホに違いはない。

「13MaxProかぁ。俺なんて11Proだよ。うらやましいな」

「スマホが壊れて機種変しに行ったらこれを勧められたんです。ちょっと高かったですけど」


彰人はそれを聞いて苦い顔をした。携帯ショップの店員というのは取れる客からは無限に搾り取ろうとするところがある。おそらく空はその店員に言われるがままに13MaxProを契約させられたんだろう。正直バリバリの3Dゲームでもしない限り、そこまでのスペックは必要ない。快適なことには違いないが、もっと安い機種でも構わないはずだ。


「今度機種変するときは俺に相談して。一緒に選んであげるから」

それを聞いた空は嬉しそうにうなずく。

「で・・・この画面は・・・」

これは明らかにアダルトサイトの罠URLを踏んだ時に出る警告画面だった。

「橘さん、言いにくいんだけどアダルトサイトとか閲覧した?」

空は飲んでいたコーラを吹き出した。

「ごほっごほっ!ばっ・・・そそそそんなわけないじゃないですか!私をなんだと思ってるんですか!?」

「うーん・・・陰キャ?」

「くそぅ!」

空は地団駄を踏んで悔しがった。確かに陰キャなので否定できない。


彰人はアプリ一覧を開く。そこにはWakiperoperoという明らかに怪しいアプリがインストールされていた。

「橘さん、このアプリをインストールした覚えはある?」

「うーん・・・わきぺろぺろ?ないですね・・・」

それを聞いた彰人はWakiperoperoをアンイストールした。これでこのアプリは機能しないはずだ。

「これで再起動かけてみて。おそらくさっきの画面はもう出ないと思う」


空はそれに従って再起動した。そして立ち上がるのを待つ。そして・・・

「あっ変な画面でなくなりました!ありがとうございます、彰人さん!」

「それウイルスじゃなくてジョークアプリって言って、見た人を騙すためのアプリなんだよ」


今どきのスマホはアンチウィルスソフトが常に機能している。意図的に作られた悪いファイルは自動的に削除される仕組みだ。そこでアンチウィルスソフトの目をかいくぐるのがジョークアプリである。情報を表示するアプリとしてスマホにインストールされ、このように詐欺の振込みの手口などに使われる場合が多い。ウイルスとは違い、インストールされたアプリを削除するだけで大丈夫だ。何かあったらスマホに詳しい人や携帯ショップで確認しよう。アダルトサイトは全部詐欺だから閲覧しないように。


空がもじもじし始める。彰人は「?」という顔だ。やがて意を決した空が口を開く。

「あ、あの・・・お花狩りに行ってきます!」

そう言ってトレイに向かっていった。

「(ひと狩りいくつもりか?正確には”お花摘み”だが、トイレに行くことの共通認識だし言葉を濁しても意味ないんじゃ・・・と彰人は思った。


空が席を立ったことを確認した男が、トレーを持ったままゆっくりと彰人たちの席に向かっていった。

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