第2話

「リューク」

クロデュクスの声が名前だけを呼ぶ。

すぐにミシャルの喉元から刃が離れ、ミシャルは今すぐ死ぬ事はない自分の状況に胸を撫で下ろした。


「ついてきてください」


リュークは一言告げるとさっさと屋敷へ向かって歩き出した。

余計な事をすれば怪しまれて殺される気がして、抜き身のままの剣を持つリュークを慌てミシャルは追いかけるようにして後を追った。


もつれそうな足が、バラの蔦を踏みそうになりながら、屋敷に足を踏み入れると、先ほどの男が螺旋階段の上でミシャル達を待っていた。


「何故こんなところに?」

クロデュクスに問われてミシャルは本当のことを話すか迷った。


『この屋敷に入った者は二度と出てこれない』

自分で死ぬ勇気もないミシャルはこの屋敷で殺されるならそれでいいと自暴自棄で入り込んだ失礼な娘だと今更自覚していた。


「正直に言った方が身のためですよ」

口籠るミシャルに痺れを切らしたリュークが剣をちらつかせる。

死を間近に感じて、死のうとしていたはずのミシャルは正直にここにきた目的を話した。

いざとなると、殺されることが怖くて仕方がなかった。


「死に場所にしようとして…」


そこまで言ってまたミシャルは言葉を切った。

続きを言って殺されるのは怖かった。

まだ剣を振り上げていないか確認しようと、ちらっと隣を見れば、リュークが変なものを見る目でミシャルを見ていた。


「…花を採りに来たのでは?」


リュークはまじまじとミシャルを見ながらミシェルに問いかけた。

その目は驚きに見開かれながらも、ミシャルを怪しんでいて、何を答えるのか興味を示していた。


「花、ですか?確かに綺麗ですけど…」


不思議な事を聞かれてミシャルは小首を傾げた。

ミシャルがこの屋敷について知っているのは恐ろしい怪物が住んでいて、ここに入れば2度と出られない。

それだけの噂だった。


薔薇のことなんて聞いたこともないわ。


ミシャルは記憶を遡ってみたがやはり、覚えがなかった。


「ここの薔薇は手折ればダイヤモンドよりも硬い鉱石になる」


そう口を開いたのはクロディクスだった。


クロディクスは螺旋階段から庭へ続く扉の前に立つと、部屋内に伸びた蔓の先にある八重咲の青薔薇をひとつ茎から手折ってみせた。


水を吸う流れを目視化したように、薔薇が硬くなり、光を乱反射させて美しい精巧な薔薇の置物へと色を変えた。


光の加減で七色に光る不思議な虹彩にミシャルは息を呑んだ。


「本当に知らなかったようですね」


リュークの呟きにミシャルは慌て頷いた。

リュークもまた、ミシャルに驚き、クロディクスは意味深な笑みを浮かべてミシャルをみていた。

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