かませドラゴンは砕けない ~ラノベ冒頭で瞬殺されるドラゴンに転生、思わず反撃したら勇者が死んだ。

虎戸リア

第1話:勇者が死んだ

 午後十一時二十二分。


「んー、昔の作品だからと舐めてたが……意外と面白かったな」


 ベッドに寝転がりながら、俺は思わず唸ってしまう。


 今スマホで読んでいるのは、最近流行っているウェブ小説投稿サイトにおける黎明期において年間ランキング一位になり書籍化した、【死んだら勇者に転生した件 ~チートスキルでハーレム作って俺TUEEEしつつ魔王倒す】というタイトルの古いラノベだ。ファンの間では<勇転>と呼ばれ、今でも親しまれている。


 俺はラノベやアニメ、ゲームが好きで、基本的には雑食。しかし流石に十年前の作品までは手を出していなかった。


 だが、友人の佑樹ゆうきに、『おいおい、<勇転>を読まずに異世界転生系を語るなよ?』と言われたので早速読んでみたのだけど……これがなかなかどうして面白い。


 なんというか最近の作品に比べ読み口が軽く、スルスルと読めてしまうのだ。主人公補正やご都合主義が満載だけども、それすらも味となっている。情景や心情の描写はかなり少ないけども、適度に挿絵が挿入されているのでわりと問題なく世界に入り込める。


 話の筋は極めてシンプルだ。世界の中心に天まで届く塔がある異世界で勇者に転生した高校生の主人公が、女神から貰った力で魔王討伐を目指すというストーリー。魅力的で、ある種記号的なヒロインや、過剰に主人公を持ち上げるモブ達がその物語を彩る。


「うん、ザ王道って感じでいいな……へえ、この二十巻が最新でまだ続いているのか」


 今最新刊を読み終えたところだけども、俺はまだ続きを読める喜びを噛み締めていた。


 だからこそ気付かなかった。窓の外から何かが飛来してきていることに。


 まるで唸るような音が響き、窓ガラスが割れる音。


「え?」


 俺は確かにそれを見た。それは燃えさかる石のようなものだった。


 隕石。とっさにそんな言葉が浮かぶ。


 隕石――それ自体は決して珍しいものではないが、大気圏を突破して地表に到達するものは本当に僅かだ。地球における陸地の面積、さらにその中でも人が住んでいる場所の割合を考えると、隕石が目の前に落ちてくる確率はおそらく宝くじに当たるより低いだろう。


 そのはずなのに。


「なんで俺の部屋に落ち――」


 それが――俺こと辰村たつむら或斗あると、二十歳の最後の瞬間だった。


***


 光と風を感じる。


 俺がゆっくりと瞼を開くと――視界いっぱいに青い空が広がっていた。


 (え? 空!? なんで!? 俺は自分の部屋にいたは――)


 そんな風に思わず叫んでしまったのに、聞こえてきたのはまるで猛獣のような唸り声だった。


「ガル!? ガルル!? ガルルルル!? ガルガガルガ――」


 それに驚いて顔を動かすと――恐ろしいものが見えた。


 白銀に輝く鱗に覆われた胴体。そこから生えた一対の翼。まるで刃物のような鉤爪が生えた四本の脚。胴体の先には太く長い尻尾が続いている。

 

 (なにこれ!?)


「ガルル!?」

 

 そこでようやく、その唸り声が俺の叫びと連動していることに気付く。


 まさか――


 俺が右手を動かすと、鉤爪が生えた右側の前脚が動く。それを顔の前に持ってくると、丁寧に磨き上げられた刃物のように周囲の景色を反射する爪に、俺の顔が映った。


 面長のトカゲのような顔。瞳孔が縦長の赤い瞳。長い顎には牙が並び、凶悪な風貌をより引き立たせていた。


 それは誰がどう見ても……だった。


 (なんで俺がドラゴン!?)


「ガルルルル!?」


 やはり声が唸り声となって発せられている。


 意味が分からない。

 隕石が部屋に落ちて来たところまでは覚えている。間違いなくあの隕石は俺に直撃した。それがどれだけ天文学的な確率なのかは、考えたくもない。


 そして気付けば、ドラゴンとなって空を飛んでいた。


 どういうことだよ!?


 そこで、ようやく俺は――視界の向こう側に巨大な塔がそびえていることに気付いた。


 しかもそれはどこかで見たことがあるものだ。


 (あれは……)


 天高く、どこまでもそびえたつ白亜の塔。それは俺がこうなる直前まで読んでいた<勇転>の挿絵にあったものと瓜二つだった。


 さらに顔を動かして周囲を確認する。


 すぐ下には緑の大地が広がっている。少し先には深い森があり、その外縁部に小さな村があった。その村の景色も見覚えがある。いかにも中世から近代にかけたヨーロッパ辺りにありそうで、実は史実からはかけ離れた風景の農村。


 (もしかして……ハジマリ村!?)


 それは主人公が転生して生まれた村の挿絵と瓜二つだった。


 俺はゆっくりと村の方へと旋回する。なぜか分からないが、このドラゴンの身体を動かすのに戸惑いはない。尻尾も翼も思うままに動かせる。


 (まさか……俺も<勇転>みたいに異世界に転生した……? しかも<勇転>と似た世界に?)


 村に近付くと、にわかに騒がしくなってきた。


「ど、ドラゴンだああああ!?」

「なぜこんな辺境にドラゴンが!?」

「あ、あれは! あれは最強と名高い白銀竜ではないか! その鱗はあらゆる武器と魔法を弾き、使う魔法は人間が使う魔法よりも遥かに威力と範囲が広いんじゃ! 弱点は胸元にある逆鱗だが、そもそもそこまで近付くのは困難じゃぞ! 有効手段は逆鱗をピンポイントで狙える弓や槍、あるいは魔法じゃ!」


 おお……凄い説明口調の村人のおかげで、俺は俺の正体を知ることができた。やっぱりドラゴンになってしまったようだ。


 そこで俺は再び気付く。

 主人公の村に最強と言われる白銀竜が突然、何の前触れもなく襲ってくるこのシチュエーション。


 (あれ……これって、まさか……<勇転>のストーリーと同じ?)


 そんな俺の推測を裏付けるように――まるでデジャヴのような、光景が目に映る。


「みんな、逃げてくれ! あいつは俺が倒す!」


 そう言って出てきたのは、黒髪に黒いロングコートを着た少年だった。明らかに服の構造やデザインが周りの村人と違いすぎるけど、そこはまあそういうものなのだろう。


 その手には何やらカッコいい剣が握られている。


「だめじゃイキリ! お前ではあいつは倒せぬ! 覚醒させると聖剣になるというお前の家の屋根裏に眠っている古ぼけた剣と、何の脈絡もなく女神から授かったチートスキルと合わせないと、あれには勝てないぞ!」

「それでも、俺は村を守りたいんだ!」

「さ、流石じゃイキリ! では任せたぞ」


 メチャクチャ重要な情報を喋ったあと、あっさりと長老らしき人が退散していく。


 そうして一人で村の外へと出たその少年――<勇転>の主人公であるイキリ君が、俺を睨み付けた。


 しかしその顔には、下卑た笑みが浮かんでいる。


「ふう……すげえな。マジで<勇転>通りじゃん! あははははは! チートで無双にチョロインハーレムでエロエロパラダイスとか最高! 死んでよかった!」


 あれ? こんなセリフはなかった気がする。


「つーわけでお前には恨みはないけどさ、死んでくれやクソトカゲ。お前ぶっ殺して、良い気分になりたいんだわ」


その言葉と共にイキリ君が剣を構えず、右腕を掲げた。その腕からどす黒いオーラが立ち昇る。


 あれ? 私の記憶が確かなら、イキリ君はここで屋根裏に眠っていた剣を覚醒させて、なんか凄い斬撃を放つはずだ。少なくとも、あんなどす黒いオーラを放つような感じではなかった気がする。


「俺だけのチートスキル、【天変地異】を喰らいやがれ――【サモン:メテオラ】!!」


 イキリ君を中心に、魔法陣が展開された。次の瞬間――俺の頭上で轟音が響く。


 (ええええええええええ!? またあああああああ!?)


「ガルゥゥゥゥゥゥゥ!? ガルガアアアアアアア!?」


 俺の頭上には、視界いっぱいに広がるが降ってきていた。


「あはは、吼えても無駄だ! 隕石に潰されろクソトカゲ!」


 そこからは夢中だった。


 隕石は既に俺にとってトラウマレベルに嫌いなものになっていた。死の恐怖が、ダッシュで迫ってくる。


 (ふざけんな! 二度と死んでたまるか!)


 そんな思いが、俺の身体を無意識で動かしていた。


 身体の奥から、熱い何かがこみ上げてくる。胸の中で燻る灼熱に耐えられず、俺は思わず口を開いてしまう。


 開いた口から、白光が迸る。


 それは俺の口を中心に拡散すると、甲高い音と共に集束――白い極太のビームとなって隕石へと激突。


 (え? なにこれ?)


「ガル? ガルル?」


 轟音と衝撃で大気が震える。


 隕石が俺の放った? ビームによって爆散。細かい隕石の欠片が降り注いでくるので、俺は慌てて翼を広げた。


 (やっべ! 村に被害が出ないようにしないと!)


 空き缶が転がるような軽い金属音と共に、欠片が俺の鱗によって弾かれていく。ちょっとだけ痒いような感覚だけで、痛みはない。どうやら欠片程度の大きさの隕石ならば俺の身体にとっては問題ないらしい。でも、下の村やそこの住民は別だろう。


 しかし俺の翼の範囲外に、一つだけ欠片が落ちていく。


(あっ……)


 それは勢いよく落ちていき――呆気に取られた様子で俺を見上げていた、イキリ君の頭に直撃。


「ぎゃっ!?」


 そんな断末魔の共に――イキリ君が倒れたのだった。


(えええええええ!? これってマズいのではあああああああ!?)


 そうして……いつの間にか村から出てきた長老がこう叫んだのだった。


「おお……勇者よ! 死んでしまうとは情けない! 終わりじゃ! この世界は終わりじゃ!」

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