第2話:バッドエンドを回避せよ


 長老が、イキリ君を棺桶へと雑に入れていく。


 え? 嘘? 本当に死んじゃったの? 俺のせい?


「ああ……こうなると、魔王に魔神、邪神に邪竜、異次元人や地底人や天使が攻めてきてこの世界はお終いじゃあ! ああ……女神様……どうか憐れな我々に救いの手を……」


 え?……<勇転>ってそんなにラスボス的な存在がいるの? 原作だと十何巻までは魔王で引っぱっていたぞ!? そのあとの魔神討伐編も面白いのだけど……まだそんなにいるのか。


 なんて疑問に思いながら、俺はどうすればいいか分からず空で羽ばたいていた。


 読んで知っているはずの世界が――勇者が死んだせいで途端に未知の世界へと変貌してしまった。しかも間接的とはいえ、俺のせいである。


(マジかよ……どうすんだよこれ)


 俺が困り果てていると、突然、天からラッパのような音が聞こえ、何かが上から降りてくる。


「あん? あ、喋れる……どうなってんだ」


 聞き慣れた自分の声に安心する。そうしていると、ラッパの音色と共に何かが上から降りてくる。

 それは白いローブを纏い、腰から黒い翼を生やしたとんでもなく顔のいい女性だった。


 あ、俺こいつ知ってる! <勇転>で雑に主人公にチートスキル与えて異世界に何の説明もなく放り出した、謎の女神だ! 俺の予想ではこいつが黒幕だと踏んでいるのだが……。


「ああ……なんてことでしょう。世界を救うはずの勇者が死に、因果が崩れてしまいました……もうこの世界は終わりです」

「はい、質問」


 俺は嘆く女神へと前脚を挙げて、質問する。

 しかし女神は俺を一瞥すらもせずに、話を続けた。


「私が誰かって? 私は――」

「いや、知ってるって。転生を司る謎の女神だろ?」

「私の名はルフュー……転生を司る女神です」

「いや、だから知ってるってば。つーか、話聞け!」


 俺が思わずそう叫ぶと、ようやく女神が俺へと視線を向けた。


「……あれ? なんで、<序盤で主人公の強さを示すために瞬殺される>科、<作中で強い設定のくせにかませにされがちドラゴン>属の中に、転生者の魂が?」

「なんだよその適当な分類は。いや確かにいがちだけどさ、そういうドラゴン」


 俺、ドラゴン好きだからあの展開好きじゃないのよね。


「えっと。オホン……ようこそ転生者よ」


 いや急に威厳出そうと、いまさら後光とか放っても無駄だからね?


「流石に、ここまできてからの仕切り直しは無理がある」

「むー」

「むー、じゃねえよ。どうすんだよこれ……早速ストーリーが滅茶苦茶じゃねえか」


 序盤で勇者死んじゃったせいで、このあとの勇者の快進撃が全部なくなってしまった。


「貴方がかませドラゴンなのに生意気に反撃するからです。序盤村を出た瞬間の勇者を襲う終盤ボスがどこにいますか。ノリで作ったバカゲー、あるいは逆張りしたらいいと思っているだけの三流自称作家の作ったレベルのクソです」


 急に態度を悪くする女神。口も悪いなこいつ!


「知るか。つーか転生を司ってるなら、俺がこのドラゴンに転生したのはあんたの都合だろ」

「……私はルフュー、美を司る女神です。転生? 何それ?」

「おい。つーか、俺はどうすればいいんだよ。ドラゴンは好きだが、流石に転生して一生を過ごせってのは嫌だぞ」


 それが俺の本音だった。正直、困る。できるなら元の世界に戻りたいぐらいなんだが。


「んー? ああ、うーん……とりあえずこの世界の未来が大幅に変わっちゃったから困ってるのよねえ……このままだと暗黒まっしぐら、世界消滅の危機。そうなると私は間違いなくクビ。あーあ、やってらんねえぜ! あ、ついでに君も消滅する」


 砕けた口調になるのはいいが、この女神サラッと聞き過ごせないことを言ったぞ!?


「は? 消滅?」

「だって世界が消えるんだもん」

「消滅って俺はどうなるんだよ」

。当然、転生もできないし、元の世界に戻ることもできない。あはは、ざまあ!」

「ぶっ殺すぞてめえ」


 さっきのブレス、今度はお前に撃つぞクソ女神。


「あ、そうか」


 女神が何か思い付いたのか、ポンとを手を打った。


「そうだそうだ。勇者が死んだのなら――

「は?」

「勇者の代わりをすればいいのよ。そうすれば世界はハッピー、私もハッピー!」

「いやいや、いくらなんでもドラゴンが勇者ってのは無理があるって」

「いけるいける! ほら、だってこの世界、人外は安易に人化するし。フェンリルとか九尾とか……その設定を上手いこと使えば――ほいっと」


 そんな女神のセリフと共に――俺の身体が人間へと変化していく。


 すると当然、翼もなくなるわけで。


「へ?」


 俺は地面へとまっさかさまに落ちていく。


「ぎゃあああああああああ!!」


 衝撃。痛み。背中を地面に強打したせいで、こ、呼吸ができない!

 というか俺、よく生きているな。数百メートルは落ちたぞ、これ。


「あはは、ごめんごめん」


 息絶え絶えで立ち上がった俺の横に、優雅に降りてきやがるクソ女神。こいつマジで一回誰かに怒られた方がいい。


「でも、これでいける。うーん、結構イケメンじゃない?」


 そう言って、女神が鏡を取り出して俺の姿を見せてくれた。 

 そこには銀髪赤眼の青年が立っていた。背丈といい体型といい、何となく前世の俺の面影がある。格好も、さっきの勇者が着ていたものとそっくりな黒のロングコート。滅茶苦茶ダサいのですぐに脱ぎたいんだが。


「というわけで、勇者……えっと、君の名前なんだっけ?」

或斗アルトだけども」

「アルト……では勇者アルトよ! 因果が崩れ、崩壊バッドエンドへと進むこの世界を救いなさい! 以上!」


 仕事終わり、とばかりにイソイソと天に昇ろうとする女神の足を掴む。


「待てコラ。いくらなんでも雑すぎる。せめてもうちょい指針をだな」

「えー」

「えー、じゃない。バッドエンドに向かってるって言われても、俺は小説で読んだ内容しか知らん。要するに小説の展開通りにやればいいってことか?」

「その因果ストーリーは既に破綻してるからねえ。こうしている間にも、世界は元々あったはずの筋書きから大きく外れつつあるから。あ、ほら、こうやって喋ってる間に、勇者が助けるはずだったお姫様が暗殺者に殺されちゃった」


 ……はあああああああ!? 勇者に助けられるお姫様と言えば、序盤のメインヒロインであるラーヤ姫のことだろ? 国の転覆を狙う、実は魔族な大臣が送り込んだ暗殺者に襲われているところを勇者が助けるという流れだったはずだ。


 ああ、そうか。俺が勇者を殺したせいで、助かる人が助からなくなったのか。その事実に胸が痛くなる。


 確か勇者はその出来事をきっかけにラーヤ姫に慕われ、そのまま国王からあれこれ依頼されて、各地を救っていくはずだ。その最初の数巻のストーリーが確かにもう破綻してしまっている。


「これを見て」


 そう言って、女神が一冊の本を取り出した。


 その表紙は<勇転>の一巻とそっくりだ。しかしにわかにその表紙が黒ずんできている。


「これは<予言書ブック>。この世界、そのものと言っていいものよ。見て、君のせいで表紙が黒ずんできたし、絵もなんだかダークファンタジーチックになってきたわ」


 本当だ! 明るかったはずの背景もなんか牢屋みたいになってるし、主人公のルックスもなぜか俺になってて、おまけに矢が刺さりまくって死にかけてる! 嫌がらせが細かいな!


「このまま放っておけばどんどん表紙が黒くなってって、最終的に絵が見えなくなってしまった時、世界は消滅する。開いて中を見てみて。そこに、書き換えられた未来が書かれてあるはずよ」


 俺は言われるがままにその本を開いた。すると最初の一ページには真っ黒な字でこう書かれていた。


 〝勇者、死す。さらにアランブルグ王国の王女ラーヤが陰謀により死亡。王国の未来に暗雲がかかる。それは滅びの序章か、はたまた破滅へのロンドか〟


 なんか文体まで変わってるぞ。


「その黒色の文字は確定された未来。次のページを見て」


 俺がページを捲ると、次は灰色の文字が浮かび上がってきた。


 〝勇者の死によって、勇者の父ハルベルトの魂が蠢く闇に囚われた。家族と村人全員を生贄に捧げ、異形化したハルベルトは憎き竜への復讐を誓う。その暴走は止まらず、辺境を地獄へと変えるだろう〟


「ああ! あの元英雄でちょっとエッチでだらしないけど、強くて優しい勇者パパが闇堕ちしてる! しかも村どころかこの周囲一帯が全滅するじゃん!」

「灰色の文字はこれから起きるであろう未来。でも、まだ止められる」


 その女神の言葉で、俺はようやく自分がすべきことを理解した。


「つまりこの灰色の文字の部分を手かがりに、こうなることを未然に防げばいいってことだな」

「その通り。でも、灰色ってことは既に起きつつあるってことよ。未然に防ぐというより……被害を最低減に抑える、が適切ね。ほら、こうしている間にも勇者父がもう闇堕ちしました。すぐに討伐してください」

「会話している場合じゃねえ! とりあえずこの本は俺が持ってていいのか?」

「構わないわ。では、頼みましたよ――アルト。この世界の未来は、君の手にかかっています」


 そんな言葉と共に、女神の姿が消えた。


「やれやれ……って言うべきなんだろうな、俺」


 そういうの、ガラじゃないんだけどね。


 こうして俺はバッドエンドに向かいつつある世界を救うべく、この異世界を東西奔走することになるのだった。

 

 まずは、闇堕ちした勇者パパのハルベルトを倒すこと。だけども俺はこの時、すっかり忘れていた。ハルベルトがいかにして英雄と呼ばれる存在になったかということを。


 それは古今東西、英雄を英雄たらしめる偉業のなかでも、おそらくもっとも有名なものだろう。


 それは即ち――である。


 ハルベルトは……最悪の天敵だった。

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