第三十話 有翼人保護区(一)
仕事が休みの日、美星は天一の手伝いと家事をしている。
夕方になる前に買い物を済ませてしまおうと街へやってきたが、今日は仕事も兼ねてだった。
(日常で有翼人が何に困るか知っておきたいわ)
今までは買い物を深く考えたことは無かったが、戸部で予算について学んでからは色々考えるようになっていた。
有翼人を助けたいという想いは誰にも負けないつもりが、実際運用に落とし込めなければ意味がない。実現するためにも問題が発生する流れを知っておきたいと思ったのだ。
ひとまず美星は買い物の目的地である行きつけの肉屋に入り店内を見回した。
客はぎっしりで満員御礼状態で、美星の知る過去に比較すれば倍以上の客が入っている。各自が買っている量もとても多い。
不思議に思い値札を見ると、それは驚くほど安くなっていた。
「美星ちゃんいらっしゃい。久しぶりだね」
「久しぶり。ねえ、この値段どうしたの。ほぼ原価じゃない?」
「あー。配給始まったでしょ? 食材買う必要なくなったから値下げしないと売れないのよ。利益は減るけど赤字よりはいいわ」
宮廷の配給は国民にとってはある日突然始まった事だ。
当然事前に入荷量の調整などできなかっただろうし、調整したところで収入が減ることに変わりはない。
(こういう弊害があるんだ……)
だが今ここで美星に何ができるわけでもない。
できるとしたら利益の良い商品をいつもより多めに買うことくらいだ。
(定期的に従業員との懇親会をやろうかしら。多めに買うことになるし絆も深まるわ)
そうして美星は多めに購入する大義名分を考えながら歩いていると、今度は大行列になっている店があった。
覗いてみると、そこは服飾店だった。肉屋と同じく安売りしているのかと思い店の外に並んでいる商品の値札を見た。
(安売りってわけじゃないわ。じゃあどうして)
首を傾げていると、店内から入場案内をする店員が出てきた。十名お入りください、と入場制限をしているようだった。
美星は店員が中へ戻る前に声を掛ける。
「すみません。どうしてこんなにお客さん多いんですか?」
「みんな配給で食費浮いたのよ。余裕あるんですって」
「……そうよね。自由に使えるお金があるなら娯楽に使うわ」
宮廷の予算と同じだ。削減したら余剰が出て、他の案件に予算を回し充実させることができる。
(けど食料品店は困る。配給で損をする店には何か提供しないと不平等だわ)
美星は眉をひそめると、はっと気づいて顔を上げた。
「これだわ!」
「え?」
「有難う!」
「う、うん?」
ぽかんとする店員に背を向け、美星は自宅へ走ると肉を従業員に預けて宮廷へ走った。
美星は勢いよく扉を開け戸部へ飛び込んだ。全職員の休日だが働いている者もいる。
「護栄様! 浩然!」
「あれ? 何してんの?」
「休日は休みなさい。それと扉は静かに」
「休んでられません! やること見つけました!」
「お。今度は何? 福利厚生?」
浩然はすぐに食いつき、護栄もへえと興味深そうに顔を向けてくれた。
美星はにやりと笑み、ぐっと拳を握りしめた。
「食堂の運営費用削減です! 食材じゃなくて運用!」
「というと販管費ですか?」
「はい! 仕入れ先と調理師を変更するんです!」
「無駄に高級料亭の調理師雇ってるからいいと思うけど、仕入れ先ってどこ? 選定面倒だよ」
「そうですね。癒着を疑われても困りますし」
「変更先は決まってます! 配給で経営が立ちいかなくなった食料品店です!」
「配給で?」
「はい。みんな浮いた食費を服や娯楽に回してるんです。だから食料品店は売上が下がって不満が出てたんです。でも余った食材を宮廷が買い取れば売上は保たれる。どうせ宮廷の食材は街の定価よりずっと高いんだし、ちょうどいいですよ!」
「あー、確かに。じゃ調理師の変更ってのは?」
「街の飲食店でお弁当を作って納品してもらうんです! 飲食店には製造と運搬分の給金を払えば宮廷で調理する必要もない。高級調理師の給金よりずっと安く済みますよ!」
「ああ、なるほど。それなら業務委託になるので運用の新設も必要ないですね」
「それに宮廷の食堂って品目に苦情あるじゃないですか。量が少ないとか何の料理か分からないから足が遠のくって」
今の食堂に満足してる者もいるだろう。
だが国民の生活を犠牲にして宮廷職員だけが贅沢するのは、全種族平等どころか国民平等ですらない。
「宮廷は国民と同じ家庭料理! どうでしょうか!」
「いいですね。これは殿下の心象も格段に上がる」
「心象?」
「国民の支持を得なければ良い政治はできません。ですが殿下が街を歩き回るのには限度がある」
「そうですよね。笑いかけて下さっても、実際生活改善しなきゃ支持なんてできないですし」
「そうです。この施策なら国民は『天藍様に代替わりしてよかった』となるでしょう」
「あ、嘘も方便ですね」
「嘘ではないですよ。金を渡すのが殿下直接ではないというだけ」
「適材適所?」
「そうです。浩然、すぐに進めて下さい」
「はい。美星、もっと詳しく教えて」
「ええ!」
「これ以上は明日になさい。休日は休むのが仕事です」
「あ、そういう配慮はできるんですね」
「残念。これは労働基準法を守ってるだけ。時間外労働は吏部に怒られるんだ」
「ああ、なるほど」
「……さっさと帰りなさい」
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