第二十八話 美星の挑戦(二)
「おっしゃる通り、過剰な贅沢と教育はできません。ですが彼らの努力に見合う報酬と目標がなければ各自努力する意欲を持てません。この意欲促進こそ福利厚生の必要性で、それは優秀な人材として皆様に還って来る」
以前、美星は響玄に言われたことがあった。
それは初めて従業員を雇うことになった時の話だ。
『従業員はお前にできない事をやってくれる有難い人材だ。だから命令ではなく頼む姿勢を忘れるな。それが信頼となり店の土台になる。これを何と言うか分かるか』
父はいつも従業員に礼を言っていた。だから従業員は長く務め、個人の事情で退職せねばならない時は別れを惜しみ、後任への引継ぎを徹底してくれるのだ。
美星は前を向き、不満げな職員を見据えた。
「これは先行投資! 蛍宮の未来を支える投資です!」
全員に睨まれ、美星の脚は震えた。
けれど護栄の言葉がそれを支えてくれた。
「福利厚生の充実と同時に国民を助け職員も成長する。一石二鳥どころではございません。皆様ご賛同いただけますでしょうか」
賛成だ、という声は上がらなかった。皆お互いの顔色を読み、発言を悩んでいるようだった。
動揺が広がる様子は勝利を思わせたが、それを打ち破るように誰かがばんっと机を叩いた。
一番最初に噛みついて来た女性だ。
「私は反対だ。離宮は先代皇陛下が建てられたもの。それを生活保護などで汚すのは許さん!」
(……なるほど。先代皇派なのね、この人は)
「ですが維持費は巨額。劣化も考えればいずれ取り壊しを検討せねばなりません。そうなるよりは良いのでは?」
「取り壊しになどさせん。何でもお前の好きにできると思うなよ、青二才」
「そうだ。離宮は職員のために設けられた物。一般市民に下げることは許されない」
(何よそれ。生活保護受給者には獣人だっているってのに)
着席している何名かは護栄をぎろりと睨んでいる。心の弱い者ならばそれだけで膝を付くだろう。
けれど美星はその厳しい目つきを見て、ふと思った。
(……そうか。この人達は少し前の私と同じなんだ。復讐を誓っていた私と)
くだらないいちゃもんを付けてでも護栄を引きずりおろしたい。
それは憎いからだ。
(彼らは先代皇を好いていた。殺された復讐心は消えはしないだろう。でもそれじゃ駄目なのよ)
美星はぐっと手を握った。
父や莉雹、護栄が言ってくれた幾つかの言葉を思い出し、憎しみの火を燃やす彼らを見つめ返した。
「今の離宮を残すことに何の意味がありますか」
「何だと?」
「先代皇は職員を想い建てられた。職員とは国民です。全国民で活用すれば職員は増え離宮はさらに有効活用されるでしょう。さすれば先代皇の想いは国へ広がっていく。それをするのが遺されたあなた方のすべきことではないのですか」
父響玄は憎い宮廷へ行くように言った。未来のために、有翼人を幸せにするために。
「喜びも憎しみも次の世に活かすべきです。でなければ先代皇の死は無駄になる。無駄にするのはあなた方です!」
「……小娘」
女性はさらに目を吊り上げ、ゆらりと立ち上がった。
筋骨隆々でまるで武官のようないでたちを美星は恐ろしく感じた。
けれど女生徒同時に護栄も立ち上がる。
「何も無に帰せというのではありません。三つの種族は適した生活環境が異なる。なので獣人専用離宮は先代皇をよく知るあなた方にお願いしたいと思っています。どうか先代皇陛下の遺志を継いで頂けませんか」
「……その言葉本当だな」
「はい」
それから数秒二人は睨み合い、ついに女性は椅子に腰を下ろした。
「私の瑠璃宮は渡さん。それ以外は許す」
「有難う御座います。では私が責任を持って進めて参ります」
「いいだろう。おい。お前、美星といったか」
「は、はい!」
急な指名に、絶対何か突かれると思い背筋が伸びた。
護栄とやり合うような相手に勝てる気はしない。けれど女性は愉快そうににやりと笑みを浮かべている。
「精々気を付ける事だ。護栄付きをやりきった女はいない」
出てきた言葉は予想に反して普通の言葉だった。
心配しているわけではないだろう。大方さっさと出て行けとでも言いたいに違いない。
けれど美星はにこりと微笑み返す。
「大丈夫です。浩然もいますから」
「どうだかな」
そこから、会議はあれこれと難しい話が続いた。
予算に関する話なので若干は分かるが、少しすればもう付いていけない。
けれど浩然はどんな嫌味もさらりさらりとかわし、護栄が口を挟むことは無かった。
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