第23話 神さまからの贈り物
ギフト、それはこの世界の人間が生まれながらにして、または成長の過程で授かることのある神からの恩恵。
また、勇者として召喚された者には個々に相応しい特別なギフトが与えられ、ギフトこそが勇者を価値ある存在にする。
それは魔王と戦うという点だけではない。
というのも、特別なギフトは親から子へと受け継がれるようで、主に勇者が得たギフトはその傾向が強いとのこと。
ちなみに子に受け継がれても親がギフトを失うことはなく、もちろん、産まれてくる子たち全員が授かる訳でもない。
また、産まれた時から授かることは珍しいらしく、イリアのように成長の過程で気づくことがほとんどの様子。
なかなか人の思い通りにはいかないようだが、イリアはそれを逆手に取ろうとしていたらしい。
商人の俺にも勇者として召喚された以上何かしらのギフトはあるだろうし、戦闘では輝かなくとも勇者固有の稀有なものであれば国内外の有力者を味方につけられる。
そう考えていたようだ。
イリアはまだその作戦をほんのり勧めてきていたが、欲で動く他人に命運を預ける気にはなれなかった。
あと、なんだか後ろ盾となった人物に種馬のように扱われそうなこともあって、遠回しにではあるがはっきりと断っておいた。
まぁ、その作戦も自分のギフトがどんなものか分からなければ、捕らぬ狸の皮算用だ。
大したことのないギフトでは相手にもされなかっただろう。
そんなこんなで、今後のことも考えれば一度調べておくのも悪くない。
三人でそう結論付けた結果、メレディスに確認のための魔道具というのをこっそり持って来てもらうことにした。
「イリアさま、お持ち致しました」
「メリー、ご苦労さま」
「ありがとう、助かるよ」
「いえ、大したことではございません。イリアさま、私は今夜の準備に移ります。ご用があれば外に居る者にお申し付けください」
「ありがとう、メリー。よろしくね」
「お任せください」
何の衒いもなく返事をしたメレディスは音もなく部屋を後にした。
メレディスが持ち帰ったそれは、漆器のような黒い光沢のある長方形のフレームに覆われたガラス板のようだった。
最初は鏡かと思ったくらいにつるりとしているが、手に取って見れば電源の入らない液晶くらいにしか思えない。
結局のところ材質はよく分からなかった。
「これがそうなのか。確認の儀だったか、何かこう作法とかあるのかな?」
「いいえ、あれは本来式典の一環で行われるのでそういう呼び名が付いているだけなのです。なので、このように片手をぴったりと乗せていただければ」
そう言ってイリアは実演してくれた。
しばらくして彼女が手を離すと、そこには白く輝く文字で『救世の巫女』と浮かんでいた。
「これだけです。この状態でもう一度手を翳すと、今度はこんな風にギフトが齎してくれたスキルが顕れます。勇者召喚のためのスキルはもう失われていますけど」
そう言って彼女は見せてくれたが、俺には読めはするものの文字の羅列でしかない。
俺がいざスキルを使ってみようと思っても、それがどういうものか分からずに使うのは少々リスキーではないだろうか。
拳銃の形のライターだと思って使ったら、顔に目掛けてBB弾が飛んできた。
なんて類のことが起こりかねない。
「これって、スキルがどういうものかは分からないのか?」
「えっと、すでに認知されているものについては系統別に識別されていますので、該当する書物で調べれば分かります」
「書物か」
「はい。この魔道具と共に教会が主体となって管理しておりまして、記録されているものは調べればすぐに分かります。ですが、珍しいギフト固有の特殊なスキルは前例の有無次第で、基本的には試行錯誤するしかないのです」
「マイヤーが言っていた時間がかかるというのはある意味でそういうことか」
妙に納得がいって呟いたところイリアがこくりと頷いてみせた。
「では、ルシアンさまも試してみてください。具体的に申し上げますと、自動的に魔道具が魔力を採取して分析しますので」
イリアの言葉に従ってぴたりと手のひらをのせる。
すると、魔道具に吸いつかれ触れているところから何かが抜けるように感じた。
これが魔力か、まさか自分にもあったなんて。
一度魔力を認識すると確かに自分の身体の中にあるのが分かる。
不思議な感覚に戸惑いつつ手を離すと、イリアの時と異なる赤い文字でこう表示されていた。
『死の商人』
「出たみたいですね。死の商人、ですか。どういう意味なのでしょうか……」
イリアの言葉が耳から入ってきている気がするが、脳に届いている感じがしない。
まさか、これが俺に与えられたギフトなのか。
魔力を感じて高まっていた気分が一気に沈み冷めていく。
この世界の神はとんでもない皮肉屋に違いない。
今まで呼ばれた勇者が四人だったところ、初めて呼んだ五人目に俺を選ぶ辺りまともじゃないと思っていたが、こうきたか。
なるほど、確かに俺に相応しい
神とやらからすれば、端的に評価したらお前はこういう人間だった、そういうことなのだろう。
確かに俺が元の世界でそういう類の仕事を生業にしていたのは事実だ。
でも、運命という名の成り行きで岐路に立たされた時にその道を選んだだけだ。
法的にグレーやブラックな仕事に特にこだわりがあった訳じゃない。
父親のことがなければ日本から出ることも、きっと表の世界から出ることもなかっただろう。
なのに、まさか異なる世界の神にレッテルを貼られるとは。
そんなに俺の過去が許せないなら、なぜを俺をこの世界に呼んだんだ。
あの世界で、元の世界で残り少ない人生を歩ませてくれればよかったじゃないか。
身体を若返らせた上で、目に見える形で業を焼き付けるとは……さすがは神さまと言うところか。
「あの、どうかされましたか?」
妙な感傷に浸っている俺をイリアが心配してくれる。
彼女は前の世界で俺が何をしていたのか、本当の俺がどういう人間かは知らない。
高潔な彼女は知れば助けてくれなくなるかもしれない。
だが、黙ったままでいいのだろうか。
「大丈夫だ。なんというか、自分の業が思っていた以上に深かったんだな、と思ってね」
不思議そうな顔をする彼女に、なんでもないと誤魔化して魔道具に目を戻すと、そこには依然として赤い文字が輝いていた。
ただの字面なのに周りが黒い分、余計におどろおどろしく見える。
それはまるで、自分の業からは世界が変わったくらいでは逃れられないぞ、と見張っているようだ。
いや、別に逃げ出したかった訳じゃ無い。
良いことも悪いこともあったがそれが人生だ。
ちゃんと受け止めていたから人生を謳歌できていた。
そのつもりだった。
はぁ、全てを失ったというのに……残ったのはこれか。
俺は目から隠すように魔道具に手を翳したが、イリアが見せてくれた時のように他の何かが表示されることはなかった。
「何もなしか。しかし、名前だけではどういう効果があるのかさっぱりだな」
「今はまだ表示されていませんが、いずれこのギフトに関係のあるスキルを習得することになると思いますよ」
これ以上心配させまいと気持ち明るく声を張ったところ、彼女も応えて特に聞くことなくギフトの説明に戻ってくれた。
どうやら何らかのきっかけにより使えるようになり、それがこの魔道具を使うことではっきりと分かるのか。
「じゃあ、いくつかのスキルが手に入るまではどういうギフトなのか分からないということか」
「えぇ、初めて見聞きするギフトですし記録にもあるかどうか……何かこれまでの人生や元の世界で思い当たることはありませんか?」
こんな純粋に相談に乗ってくれている彼女に、俺を助けようとしてくれている彼女に、このまま黙っているのはやはりよくないな。
「イリア、少し俺の過去について話したいんだが、聞いてくれるか?」
「もちろんです。ぜひお聞かせください」
「俺のギフトに関係する話だが、あまり気分がいい話ではないかもしれない。嫌になったらすぐに言ってくれ」
「……分かりました」
イリアが神妙な顔で頷くのを見て俺は語り始めた。
一瞬、話すことで彼女が心変わりするかもしれない。
そんなことが頭を過ったが俺はそのまま話し続けた。
もしも今、自分の過去から目を逸らせば、神によって脳裏に克明に刻まれた業に支配されて生きることになりそうな、そんな気がしたから。
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