競馬で負けた分増えていく不思議な短編集
空伏空人
デルマネコダマシ
同級生に耳が生えているというのならば、それは触らないのは不作法というものだろう。
「い、いいね。触るよ」
「よっしゃこい!」
人目のつかない、廊下の角。
少し暗い階段横。
私は同級生の頭に生えている猫の耳をぎゅっと握った。
「あっあっあっあっあっ」
「ご、ごめん。痛かった?」
「あっ水見式という方法があっ最も簡単であっあっ一般的なあっ」
「それって頭いじられてる方が猫耳じゃない?」
「そういえばそうだった。ポックルにはなりたくないなあ」
「なんで」
「放出系にだけはなりたくない」
「なんで」
「弱そうじゃん」
「ド偏見」
「あと基本的に分身するか弾撃つかしかないじゃん」
「それはまあ、そう」
あと一応テレポート系の能力は放出系にされてるけど、あれって放出と繋がりがないというか、後付けって感じがするんだよね。
いや、HUNTER×HUNTERの話はどうでもいいのだ。ポックルの『
握っていた耳を離すと、
「どうせなるなら具現化系がいいな、応用利きそうだし。およっ、とすればこの耳はもしかしたら念能力?」
「で、触られた感触はどうだったの?」
「うーん、全然掴まれたって感触はなかった。
「なるほど、痛覚触覚共になし……か」
「本当に私の耳なのかな、これ。実はひっついてるだけとかだったりしない?」
苗は寝癖をいじるがごとく、頭の上に生えている猫耳をつまむ。茶色い髪の上にてん、と乗っかかっているそれは、確かに生えているというよりは乗っかかっている。という風な印象が強い。ただこれは本来ならそこにはないものに対する違和感の方が大きいだろう。
「じゃあ引っ張ったら抜けるんじゃない?」
「頭皮が悲鳴を上げるからムリ」
毛物苗の頭に猫の耳が生えた。
それはあまりにも前振りのない現象で、生えたのはほんの30分前のことだ。
廊下を歩いているとき、苗が頭が痒くなったのか頭を掻いた。ただそれだけで、彼女の頭の上にぽんと、白い猫耳が生えたのだ。
最初に気づいたのは、苗の顔を見ながら隣を歩いていた私だった。彼女の頭の上にぽんと現れたそれに、私はもう目をまんまるにした。
そして私は、苗の頭に飛びついたのだ。
苗は耳が生えたことよりも、私が急に飛びかかってきた方に驚いたらしい。
「だって普通に歩いてただけなのに、急に抱きついてきたんだよ。しかも頭に!」
「だって普通じゃなかったんだもん」
ふざけているのではない。それはなんとなく察することができた。本当に耳が生えたのならば、友達を奇異な目から守るのは友達の役目であると飛びかかったのだ。
きっと傍から見れば、ちょっとふざけているだけに見えるだろう。
「え、なになに急に。漂!?」
驚く苗に、私は耳元で囁く。
「苗、驚かないでよ。耳が生えてる」
我ながら変なことを言っている。耳は元から人間に生えている。
しかし苗は、私のことを見上げようとしながら、妙なことを口走った。
「漂、なんだか耳塞がれてるみたいでちょっと聞こえづらいんだけど、全部塞いでるんじゃあなくて、半分だけ塞いでるみたいなさ」
***
「ケモ耳キャラの耳は果たして人間と獣の耳どっちなのか!? って言うのは、先祖代々続く論争のひとつだけどさ」
「滅んじゃえよそんな一族」
「ひどい、私のひいおじいちゃんまだ生きてるのに!」
「ひいおじいちゃんがまだそんなこと言ってるのなら引導渡すのがひ孫の優しさだよもう」
ともあれ。
その論争の答えが目の前に毛物苗という姿で立っている。
彼女の耳は四つある。
人間の耳が二つと。
獣の耳が二つ。
片方を塞ぐと半分ぐらいの音が聞こえないらしいから、耳は四つあれども、「二つ」と「二つ」で分かれているわけではなく、全部が同じ耳であるらしい。
なるほどつまり、苗の頭に生えている耳は偽物ではなく、そこにあるだけでもなく、本当に『耳』らしい。
「あんた、最近どこかで猫を殺した?」
「なんで急に最低人間認定!?」
「いやだってこういう風になる話って、死んだ猫の恨みとかそういうやつじゃない?」
「えー、でも私猫好きじゃないし。そもそもここら辺で猫ってあまり見なくない?」
「そういえばそうだった」
最近は野良猫駆除が進んでいるのか、猫を見かけることも少なくなった。
それは、野良犬を見かけることが減った理由と一緒かもしれないし、あるいは『平成狸合戦ぽんぽこ』めいた理由かもしれない。
私としては後者が良い。好きだからとか殺すのはかわいそうとかそういう理由じゃなくて、罪悪感を抱えなくてもいいという理由だ。私が殺したわけでもないのに、殺されているのだという情報を知ると、なんだか犯罪者な気持ちになる。
だからできれば苗にも猫を殺しててほしくなかったし、なんなら死んだ猫を見かけて、丁寧に埋葬したみたいなそんなエピソードも欲しくなかったので少し安堵した。
では。
じゃあどうして苗の頭に猫の耳が生えたのだ? という話だ。
さすがになんの因果もなんの繋がりもなく猫の耳は生えない。そんなの伏線のないミステリ小説ぐらい許されない。
「とにかく、思いだしてみてよ。猫と苗の関係性を」
「そうだなあ……あ」
あ。
となにかを思いだしたように声をあげる苗。
私は彼女の顔を見上げる。しかし彼女は私の顔を見ていなかった。
彼女は廊下の方を見ていた――廊下の窓を見ていた――窓の向こうを見ていた――まんまるにした目で――じっくりと――じいっと――見ていた。
「……苗?」
「声がする」
「なに言ってんの、私が喋ってるんだから声がするのは当然でしょう」
「遠いなぁ、声が。向こうから聞こえるのは確かなんだけど」
「苗?」
「ちょっと近づいてくる」
苗は私を避けて、廊下へふらりと歩きだした。
妙だった。まるで私の声が聞こえていないかのような、そんな様子。
私を避けて廊下に出たということは、目も見えてないとか気が狂ってしまったとか、そういうわけではない。声が聞こえていないだけ。でも、声がすると言ってるから、声は聞こえてるはずで。
その答えはすぐに分かった。
「ちょ、ちょっと苗。耳を隠して!」
私は振り向いて、驚いた。
苗の髪はショートで人間の耳も、髪の隙間から見える髪型であった。そうでなくても、人間、髪が膨らんでいて、そこに耳があるのだと分かるものである。
でも、苗の耳があるであろう場所は膨らんでいなかった。
びゅう。と風が吹いた。苗が廊下の窓を開けたせいだ。彼女の髪がバタバタと揺れて人間の耳の位置が露わになった。
耳が無くなっていた。
まるでさながら、はじめから耳がなかったみたいに。
なくなっていた。
驚く私を置いて、苗は窓のさんに足をかけた。窓を飛び越えて、グラウンドに出ようとしているのだ。
「ははっ」
苗は笑う。
「分かっちゃった。うんっ、声の主が」
振り向く。にこりと笑う彼女の頬には猫のヒゲが生えていた。
「私は猫に成るんじゃないんだ――産まれた時から、運命だったんだ」
「だ――」
あの窓を越えてはいけない。そう思った私は苗を引き止めようと手を伸ばしたが、それよりも先に彼女は窓の向こうに落ちた。
急いで窓の外を見る。
苗の姿はなかった。
代わりに、一匹の白猫が私の方を見ていた。
***
猫に成るんじゃなくて、産まれた時から運命だった。
なんの因果もなんの繋がりもなく猫の耳は生えない。
最近は野良猫駆除が進んでいるのか、猫を見かけることも少なくなった。
野良犬を見かけることが減った理由と一緒かもしれないし。
あるいは『平成狸合戦ぽんぽこ』めいた理由かもしれない。
苗が消えたあの日から、私はとある仮説を考えていた。
彼女は人間から猫に成ったのではなく。
猫から人間に成っていたのではないか? というオチだ。
これならば、人間時代に猫と因果がなくても返信できる。産まれた時が猫だったのなら、因果もなにもないのである。
最近猫を見かけることも少なくなった。その理由は本当に『平成狸合戦ぽんぽこ』だったのかもしれない。駆除されそうになっている猫が人間に化けて暮らしてるから。
そして人間のように暮らしているうちに猫であることを忘れている化け猫もいて――苗もそういう猫だったのではないか。
なにせ名前が毛物苗――けものなえ――犭苗である。猫じゃん。
そんな彼女を心配した仲間の猫が、どこからか彼女のことを呼んでいたのかもしれない。
彼女にだけ――猫の耳がある彼女にだけ聞こえていた声は猫の声だったのである。
彼女がもう――人の耳がない彼女には聞こえていない声は人の声だったのである。
なんて羨ましい。私も猫の声が聞こえてみたいものである。
にゃあ。と猫の鳴き声。
声の方を向いてみると、白猫が私の方を見ていた。
ふむ。あの猫がなにを言っているか、想像してみようか。
「想像しなくても大丈夫だよ、だってあんたの名前も漂――ヒョウだよ?」
猫はそう鳴いた――苗はそう言った。
私の頭の上には、丸い耳がぴょこんと映えていた。
あれ……もしかして私も、忘れてた側?
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京都金杯
3-2,7,6 ワイド 流し
中山金杯
3-1,5,8-1,5,7,8,11,15 三連複フォーメーション
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