第4話 「女神の間にて」

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―「ライブ」って最高!

 こんなに楽しくって気持ちいいことは今までなかった!

 ステージの上!スポットライトの下!!

 この光のなかで、俺はもっとすごいことが出来る!

 もっと、もっと、弾いて歌って、俺の音楽の中で、みんなを笑顔にしたい!!

 もっと、もっと……もっと!!

   

……。

   

…………。

   

………あれ?

   

……。

   

…………。

   

……ここはどこだ?   



 一面真っ白の、部屋……?

なのか良くわからない空間に佐倉幸さくらこうは居た。


 そこに壁があるのかも分からない。

ただただ、もやがかった白が延々と続いていて、それに果てが無いのか、

鏡の様に反転して写っているだけで実は向こう側に手が届くほど近いのか、

それすら分からなかった。


 物凄い爆音に包まれていたライブハウスとは違って、なんの音もない。

   

 ……なんだ?

俺は今の今までライブハウスにいたんだぞ。

   


………大鳥さんは!?



”birds”のみんなは!?

   

お客さんは!?

   

……誰もいない。

   


「???」ってのが頭に浮かぶ。


 そうか、気持ちよくなりすぎて夢を見てるんだ。

」ってのがこれなんだ。

幸は自分の置かれている状況が非現実過ぎて、一番可能性の高い事に縋る。

笑顔のまま、少し落ち着いたらまたさっきの熱気のむせ返るライブハウスに戻れると信じて、

ギターを掻き鳴らす。


   

―――「ちゃうで。」

 

  

「???」ってのが頭に浮かぶ。


 この最高潮にわけの分からない状況で、普段から殆ど聞きなれないような、

関西弁が聞こえた気がした。

いや、でも流石にそんなわけない。この「静」の空間の中に真逆と言える「関西」があるはずがない。


 やっぱり夢だ。


 ハイになり過ぎて、夢ごこちでいるんだ。

起きた時に音楽が止まっていてはいけない。

幸はギターを掻き鳴らし続ける。

   

   

―――「いや、ちゃうで?」



 俺は後ろに確かな声の主を感じて振り返った。

   

 そこには、ほのかに光る布をまとった「これぞ女神様」としか言えない神々しい女性が立っていた。


「あんたいつまでギター弾いてんねん!

 しかもどんだけ笑顔やねん!

 まぁ、ええ笑顔やけど。」

聴こえはしないはずのツッコミの“ビシィッ!”と手で胸を叩かれる音がした。

    

「よう来たな。

 ここは転生の間。

 違う世界と違う世界を結ぶ唯一の場所や。」

殆ど裸みたいな美しい女神が何故か関西弁で語りだす。

   

「あんたは選ばれてん。

 あんたの今いる世界から、別の世界への転生者にな。

 めちゃめちゃ珍しいことやからなー。

 珍しい言うても今日2なんやけどな。

 まぁ珍しいのは珍しいんやから!

 

 喜びやー!

 

 はちょっと違うか。

 

 残念でしたー!

 

 も、ちょい違うな。」

状況を把握してない幸を完全に置いていくテンションで喋って行く。

    

「これからあたしと、ちょ~うっと面談みたいなことしたら

 すぐに異世界に飛ばされるんやでー!

 そしたら大スペクタルな冒険譚が始まるんや!」

女神は嬉しそうに言う。

   

「……え、選ばれた?

 いっ、異世界……!?」

幸は状況が飲み込めない。

   

「やからぁ!!

 あんたは今から別の世界に向かうの!」

関西人は自分の当たり前がすんなり理解されないとイライラする。(もちろん人による)

   

「……別の世界?」

まるでライトノベルの様な展開に幸はついていけてない。

   

「そう。

 【シンフォニア】にな!

 あんたは今からシンフォニアに向かう事になります!」

女神はどこに向けてか分からない指さしをしながら言葉を続ける。

   

「あっ、そうや。

 あたしが誰か言ってなかったな!

 ごめんやでー!

 ドラクエとか王道のRPGならまず名乗るのが鉄則やのにな。

 あたしは運命の女神"アルメイヤ"や。

 今からこの“人間ノート”で、あんたのこれまでの人生を神判します!

 それから転移の呪文を唱えるで。

 まぁ、ノート見た所ですることは決まってるんやけどな。」

関西弁の女神は矢継ぎ早にこれから始まることについて喋った。

   

 人間ノート?


人生の神判?


 ……転移?


 全く話について行けない。

何よりも「ライブ」は?

あんなに楽しかったのにもう終わりなの?

   

    

 パラパラと広辞苑ほど厚みのあるノートめくる。


「えー佐倉幸……、さ行……さ、さ、で、か行からく……。」

かなり原始的な調べ方である。

   

「はい、あったー。佐倉幸。まずは基礎情報やなー。

 なになに、20XX年。

 高校2年生。いっちゃん楽しい時期やーん。

 身長168cm。普通くらいやなー。

 54キロ。え、あんた168cmで54は痩せすぎやろ!もっと食べや!!

 顔は……、まぁ普通やな。

 でも笑顔がいいわ。そこは満点あげる。

 で通知簿は~、なにあんた全部1てめちゃあほやんw」

1つ1つの項目にアルメイヤは丁寧に感想も添えていく。

    

「ほんでから次は基礎能力や。

 筋力とか判断力とか……。

 まぁゲームで言うたらパラメータやな。

 なになにー……。

 ……えっ!?

 !?!?

 そんなことあんの!?」

アルメイヤは驚愕の顔を隠せない。

    

「0てあんたそれ10かけても0やんか!?信じられへんわ。

 そんな人間おらんで!?

 あたしの女神史上初めて……。

 どうやって生きてきたん!?

 よっぽど生きにくかったんやろなぁ……。」

今まで高かった女神のテンションがシュルシュルと下がっていく。

    

「ほんであんたの歴史……。

 うわっ。

 いきなり親御さんに捨てられて施設入ってんねや。

 あっ、でも施設の園長せんせはいいひとやったんやなぁ。

 良かったなぁ……。

 ほんで後に入って来た子らを妹みたいに可愛がって……。

 いいやんか。高校生までは楽しそうに笑ろてるわ。

 ほんで高校から……。

 なによ……。あんたイジメられてたん!?

 うわっ、しかも、こんなひどい事されてたんや……。毎日……。」

アルメイヤのテンションは地に堕ち、いよいよ涙がポロポロと溢れ出している。

    

「もうこんな見てられへんわ……、靴に画鋲とかそんな古典的なこと今どきするか?

 タバコ押し付けられるとかありえへんやろ……。

     

 それを必死で施設のおかぁさんにバレへんようにひた隠しにして……。

 泣くしかないわ……。」

女神はおいおいと泣いている。

こんなに自分のことで泣いてくれる他人に出会ったのは初めてで、幸は心が少し温かい。

     

根性焼きのアトでいっぱいの頭をなでなでしながら、

「異世界くらいでは楽しいと思える人生を送ってもらいたい。

 って心から思うわ……。」

そしてアルメイヤはその手を背中に回し、抱きしめていた。


 俺はそのほとんど裸の女神の感触を感じながら、今置かれている状況が未だに飲み込めずにいる。


 ただあんなに楽しかったライブがもう終わってしまったという事実だけは把握し、

心に灯った楽しいの気持ちが消えていくのを感じている……。

     

 アルメイヤは少しの沈黙の後、抱きしめた腕をほどき、

肩をガシッと掴み、意志が決まったという顔でまた語りだす。


「……今から転移の呪文を唱えるんやけどな。

 別の世界に行くあんたらに転移ボーナスっていうのがかかんねん。

 本当はあたしらのルールやとになるねん。

 分かる?

 あんたの能力は全部0やねん。ほんまに0。

 0は10かけても0や。

 そんなんあっちの世界では絶対に生きていかれへん。」

アルメイヤは少しずつ事態を飲み込みつつあるが放心状態である幸に続ける。


「幸、あたしはあんたを助けたいと思ってるねん。やからルール破るわ。

 さっきほとんど0っていったやろ?あんたの能力。

 ……ほとんどって言ったやろ?

 一つだけあんねんあんた才能が…。

 あんたギターの技術、音楽の能力値だけ高いねん。

 それも見たことないくらい飛び切りに。

 ……やからな……。」

     

 アルメイヤが目を閉じ幸の額に両手をあてがうと、

温かい光が彼の全身を包みやがてその光が彼の中にスーッと入って行った。

     

「これからもあんたには辛い事とか悲しい事とかあると思う。

 ……やけどなそれとおんなじくらい、

 いやそれの10倍くらい楽しい事も嬉しい事もあるから。

 その力で、困難を切り抜けてって。

 あんたなら絶対出来る。

 

 …………【成しなさい。】」

     


___朧げて行く意識の中、俺は最後のアルメイヤの言葉だけはいつまでも心の奥に残っている事を後々知る___


     

 白い光が来た時と同じように広がり、またベールの中に包まれていくのだった。

     

……。


…………。


…………………。


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