第2話「ギターのことと俺の家族のこと」

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   “ギュゥゥゥ~ン!”


 幸はギターを唸らせた。

ギターの“ヘッド”と呼ばれる、身体から一番遠い側の先端のフレットからピックを滑らして12フレットまで、まるで弓を弾く様な恰好。


 絶妙なピックと弦のタッチで奏でるグリス(左手指で弦を押さえながら指を上下に滑らし音を出す技法)。

まるでロケットが宙へ打ちあがる様な勢いで音が昇っていく。


 そこからは”ハイフレット”(12フレットよりも高い、ピックアップに近い位置)で、力任せに、気持ちのままに音を積み上げていく。


 幸の気持ちをキラキラとしたエレキサウンドに変えて奏でるギター、まるで幸に弾いてもらうために生まれたようだ。


 幸がつま弾くギターは竜の目のように深い緑の色をして、引き込まれるような虎の目模様であった。

形は“ストラトキャスター”と呼ばれる左右非対称の、どのジャンルにも合わせられる汎用性の高い種類である。

   

 幸が好きなようにギターをかき鳴らしているこの場所は、星城市にある小さな商店街の中。

”ビッグバード”と呼ばれる楽器屋であった。


 幸がギターを弾くと、この小さな商店街のどこにこんなに人がいたのかという程、沢山の人が集まってくる。


   「ティティロ、ティロティロ、ダ~ン♪」


 超高速の美しいアルペジオからの最後はCのオープンコードで締め。

幸はほとんど即興で自由に弾いていたが、その曲はロック調にアレンジしたパッヘルベルの”カノン”であった。

   


「「「お~!!」」」

   


 見てた人達の大歓声。

   

「幸ちゃんのギターやっぱりいいね。」

 近所のおばぁちゃんが笑いかけてくれた。


「幸坊は将来スターだ!間違いねぇ」

 近所のおっちゃんが頭をくしゃくしゃと撫でてくる。


「幸にーちゃんみたいになりたーい!!」

小学生の子が目の前で拍手喝采。

   

 他にも取り上げていたら、切りがない程沢山の称賛を浴びていた幸に、時代遅れとも言える、モヒカンをした大男が喋りかけてきた。


「うしし!幸、今日も絶好調だな!

 明日のライブに向けて練習しに来てくれたんだな!

 一緒にステージに立てるの俺はホントに嬉しいよ。

 客の唖然とする顔、楽しみだ。

 ……幸のギターがやっと世に出る。

 明日から幸は色んな人に声かけられて、

 引っ張りだこになってスターになるぞ!!」

満面の笑顔のこの男は、“大鳥”というこの店の店長である。

   

「大鳥さん。

 そっ、それは言い過ぎだよ。

 俺にどれだけできるか、わっ、分からないけど、

 明日は店長のバンドのサポート、精一杯やってみるよ。」

幸は垂れた前髪の下で微かに笑うようにして答えた。

   

「……幸、お前学校でいじめられたりしてないか?

 高校入ったばっかのここに通い始めた時はもっとよく笑うやつだったと思ったけどなぁ…。」

大鳥店長は幸の前髪を掻き揚げ幸の目を見て喋る。

   

「だっ、大丈夫。

 たっ、楽しくやってるよ……。」

大鳥店長の本気の心配の目に、少し気圧されながらも、必死に取り繕って答えた。

   

「俺はホントに、こっ、ここでこうやってギター触らせてもらえるの幸せなんだ。

 しかもこのギター、いつも弾かせて、もっ、もらってたやつ。

 ライブに向けて俺にくっ、くれただろ?

 ほら、こっ、こんなに大事にしてるんだ。」

幸は肩から下げたギターを優しく撫でた。


 毎日”オレンジオイル”(一般的なギターの磨き材)を使っての磨きと乾拭きを怠っていないのであろう、幸のギターは埃や汚れが全くなくピカピカに光っている。

   

「……そうか。

 そのギターも幸に弾いてもらえて幸せだよ。

 とにかく明日は、幸とそのギターのタッグの初舞台だ。

 もちろん緊張するだろうが、精一杯楽しめよ!」

大鳥店長は嬉しそうに言う。

   

「うん!」

幸は精一杯の笑顔で答える。しかし長い前髪で顔は隠れてあまり見えていない。

   

十分にギターを弾いて明日に備えた幸は、ビッグバードを後にした。

   

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 ご飯の時間、18時に間に合うように帰路に就く。

幸の帰った家の表札には【佐倉児童保護施設】と書いてある。

   

「ただいま。」

   

「「ああっ!幸ちゃんだ!」」

ドタドタと幸の声を聞いて小学生の少女が二人駆けてくる。

   

「「おかえりー!」」

ガシシッ!と幸にしがみついて来たのは“陸”と“空”という双子であった。

   

「陸、空ただいま。」

しがみついて来る双子を両脇で抱えながら、幸は優しい気持ちになる。

   

「おかえり。

 今日もギター弾いて来たのかい?

 ごはんちょうど出来たところだよ。」

優しく微笑む“園長先生”。

   

「……かぁさん、ただいま。」

幸の顔はまた一段優しくなった。

   

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――俺は物心ついた時からこの佐倉児童保護施設で暮らしてるんだ。

 園長先生がずっと「母さん」なんだ。

   

 俺は本当の親の顔は知らない。

親の顔知らないなんて不幸だって言われるけど、別に知りたいと思わない。

俺にとっては、園長先生が本当の母さんさ。

   

 色んな事を教わった。

箸の持ち方とか字の書き方とか。

母さんみたいな優しい笑顔とかさ。

……俺には上手く出来なかったみたいだけど。

   

 陸も空も俺の本当の妹だよ。血は繋がってないけどさ。

俺はみんなが大好きだ。

この佐倉が俺の本当の家だよ。

陸と空の面倒見ながら、ずっとここで暮らしていきたいと思っている。

   

 だからあんまり学校でいじめられてるとか辛いとか、そんな顔を見せたくないんだ。

 そしたらみんな俺とおんなじように辛い顔するからさ。

これでも精一杯隠してるんだ。

 

 隠すって意味では、毒巻先輩は僕の顔や、服とか見えるところを絶対傷つけないから助かるんだ。

 多分背中とかいっぱい跡がついてるから、みんなに背中を見せないように過ごすんだよ。

  

 このまま何とか卒業するまで隠し続けようと思っている。

この地獄の日々をね。

      

…………。


………………でも……。


 こんなに悲しい毎日の中でも、ほんの一瞬の夢くらい見てもいいでしょ?

   

   

 そんな時に大鳥さんが誘ってくれたんだ。

星城商店街の楽器屋、ビッグバードの店長が、僕のこと誘ってくれた「」。

自分がステージに立つなんてそんなの夢だった。

スポットライトの下、真っ白な光の中でギターをかき鳴らせたら。

そう思ったら、大鳥さんの”birds”のギターサポート引き受けてたよ。

   

 ライブっていうステージが決まったら、わくわくしちゃって。

そしたら、その日に向けて辛い毎日も忘れちゃう勢いで、頭がギターのことばっかりになれたんだ。


 今は地獄の日々を忘れよう。


 きっとこんな気持ちでギターを弾いたら……。

高いステージの上で、俺の気持ちを弾けたら……。

 それこそ異世界みたいに、見たことのない信じられない「」に、俺の世界が変わるんじゃないかなって思ったんだ。

 ほんの一瞬だけでもね。

   

……。

   

…………。


………………。


…………。


……そして、その「ライブ」で俺の世界は…………。



---本当に180度変わった---。


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