エピソードⅢ --地上の小王国--

 反磁力浮遊帝国マグダネリアドの魔帝マグダネ・トネロン───その名は俗称であり、彼の真の名前を知るものは誰もいない───

 また、かつては、マグダネリアドは小王国であり、国自体も地上にあったのだ───そして、話は30年程遡る───

 強い風が吹き、きみどり色の草が波打つ草原・・・そこかしこに石灰岩が顔を出すカルスト台地・・その場所が、少年───いや、年の若い王子の遊び場だった。

 ひとり遊びが好きな彼であったが、その傍らには常に側近である剣士の男が控えていた。

「ホーリン王子、そろそろ王宮に戻る時間ですよ」剣士は優しく告げる。

「ねえ。トーセン。もう少しだけ!・・・トォッ!」

 王子は大きめの石灰岩の上で白銀色の剣を振り、剣の師匠であるトーセンの真似をしていた。

「王子。そこは上段から振り下ろした後、すばやく右斜め上に振り上げて、二の太刀を振るってください」

 トーセンは腕組みをしながらも目を細めた。

 遊びの剣術とはいえ、毎回、剣を振るうことで王子の太刀筋はそれなりの型になってきている───

「おーい! ホーリーンーl!」

 やや離れた石灰岩の影から、これもまた王子と同じ位の年の、一人の少年が現れた。

「やあ!ナルディーじゃないか!」

 ホーリンは後ろを振り向きつつ声を上げる。

「そろそろ、戻るようにと、王宮からの伝言だよーっ!」

 ナルディーと呼ばれた少年はホーリン王子の従弟であった。

 ひとり遊びが好きなホーリンであったが、ナルディーとは模造刀で剣術の遊びをすることが度々あったのだ。

 と、そのときだった───、体に感じる弱い地震とともに、彼らから50mほど離れたカルスト台地の地面に大きな長い裂け目が出来ると、白く熱い蒸気が勢いよく噴き出してきた。

「なんだっ?! 何が起こったんだ?!」

 思わず叫ぶホーリン。

「ホーリン王子! 私が見てきますので、ここを動かないでください!」

 剣士のトーセンは軽い身のこなしで、カルスト台地を駆けていき、熱い蒸気が大量に吹き上がった後に、じわじわと蒸気を噴き出している大地の裂け目の様子を見に行った。

 10秒ほど裂け目の様子を見ていたトーセンであったが、何か分かったらしくすぐに二人のところに戻ってきた。

「ここは危険です! 離れましょう!・・・いずれ噴火が起こるかもしれません!」

 普段は冷静なトーセンであったが、その顔は強張っていた。

「トーセン!何があったの?」王子は聞く。

「裂け目の奥に黒銀色の巨大な歯がいくつか見えました・・・間違いなく、コロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)です!・・・恐らく長い時間をかけて地殻の中を通過してきたのでしょう・・・あるいは地下で停止していたものが起動を開始したのかもしれません」

「コロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)!!最近、微小重力検知器に変位が表れていたのは、これが原因だったんですね!」 科学技術に興味のあるナルディーが言った。

 危険な場所から離れる為、三人は近くに停めておいた六本足の移動燭台機ムービング・キャンドルの上部の籠に乗り込み、トーセンが操縦を開始した。

 六本足の移動燭台機ムービング・キャンドルは、5mほどの高さまで籠を持ち上げると、器用に六本足を使って凸凹のカルスト台地の上をスムーズに歩行し始めた。

 「・・・ハル・ベルタ博士!聞こえますか?! コロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)が北のカルスト台地に出現しました!」

 トーセンが遠隔電磁通話機リモート・トーカーを使って連絡を開始する。

『ジーッ、ザーッ・・・』

 遠隔電磁通話機リモート・トーカーからは雑音の後に、ややしわがれた声が聞こえてきた。

「・・・トーセン君か!コロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)だと?!・・・予測はしていたが・・・ついに地表に現れたか!」

「はい!・・・監視のために、フライング・ミニドロイドを残していきます!」

 トーセンはそう言いながら左手で操作をして、彼らが乗る籠の端にあった金属製のポッドから身長40cm程の背丈のミニドロイドを空中に射出させた。

「監視を頼むぞ!ケルデラン!」

「承知しました。トーセン様」

 ケルデランと呼ばれたミニドロイドは、1辺が1cm程の金属製のキューブがいくつも集って身体全体が構成されており、射出したときの衝撃で一旦体がほぐれてバラバラになったが、すぐに一塊の人型ミニドロイドとして空中をホバリングし始めた。

 移動燭台機ムービング・キャンドルは、コロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)が出てくると予測される大地の裂け目から500m程離れた地点まで来ると、一旦停車して六本の足を畳み、三人は平地の草原の上に降り立った。

「どうでしょう?・・・ハル・ベルタ博士、コロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)の動きは?」

 トーセンが再び遠隔電磁通話機リモート・トーカーに話しかける。

「ザーッ・・・今、ケルデランからのデータを解析している・・・ああ、解析結果が出たぞ・・・コロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)の円弧の曲率から推定される直径は約700m、推定質量1億3000万トン、分速40cm・・・ルート解析によれば・・・大変に緩やかなクソロイド曲線を描いている・・・今は軌道がほぼ直線に近いが・・・いずれ・・・少しずつ曲率が大きくなって・・・マグダネリアドの首都への直撃が予測される・・・今のところの予測だが・・・」 

 ハル・ベルタ博士からは衝撃の情報が伝わってきた。

「なんてことだ・・・!」

 トーセンが悲痛な声でつぶやいた。

「止められないの?! コロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)は?」

 ホーリンは問い詰めるようにトーセンに尋ねる。「・・・何がコロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)をコントロールしているのかは誰も分かっていないんだ・・・なおかつ破壊・・・いや傷つけることさえ無理なんだ・・・何しろあの超巨大ノコギリは褐色矮星の表面にある超硬度かつ超強度の物質で構成されていて、2万度の高温にも耐えられるし、その表面自体が超排斥場で覆われているから、あらゆる物質を切り離してしまうことが可能なんだ」 

 科学に詳しい知識を持つナルディーがトーセンの代わりに答えた。

 ナルディーはそう言いながら、移動燭台機ムービング・キャンドルから10mほど離れたところまで歩いていき、コロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)が出て来るであろう大地の裂け目を見つめていた───が、!!!

 空気を割く鋭い落下音と共に何かが空から猛スピードで落ちて来た!!

 そのものは、黒光りする細長い金属製のパイプだった。

 そして───、そのパイプは槍の凶器となり、ナルディーの肩口から突き刺さり、彼の身体を一気に貫通した!

「がっ・・?!」

 ホーリンが見ている前でナルディーは崩れ落ちた。

「!ナルディー!!」

 ホーリンが彼の元に駆け寄るが、ナルディーは最後に左手をわずかに持ち上げて、彼を抱きかかえようとするホーリンを見やると最後の言葉をつぶやいた。

「元気で・・・ホーリン・・・」

 そして・・・ナルディーは息絶えた・・・

「ナルディーっ!!・・・!!」

 ホーリンはその場に泣き崩れた。

************

 後日、その事故を起こしたパイプは真砂鉄王国フラゲルタンからの工事用の落下物と分かり、フラゲルタン王国からは丁重な見舞いの言葉と、かなりの額の慰謝料が支払われた・・・だが、落下の大元の原因については明らかにされず、空中に浮かぶ大国であるフラゲルタンへの政治的配慮から、それ以上の追求は行われなかった。

 真砂鉄王国フラゲルタンとマグダネリアド小王国とは、450年前から時折小競り合いを起こしていたが、ここ50年ほどは大きな争いはなく、両王国は平和協定および貿易協定の重要な交渉の真っ最中であったことが、疑惑の追求が深く行われなかった大きな理由の一つつであったのだ。 

 そして、マグダネリアド王国は王国と言いながらも、実際には王室は飾りにすぎず、実質の政治権力は、社会的公平を表向きに掲げる独裁党によって握られており、王室の政治的権限はほぼ皆無に等しかったのだ。

 ───しかし、ホーリン王子だけは違っていた。

「見ていろ!フラゲルタンめ!いつの日か王室政治を復活して・・・必ず復讐してやる!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る