天空浮遊都市バルローネ・シャンゲリス

五郎猫

エピソードⅠ --戦いの前奏曲--

 地平線の彼方に今まさに沈んでい行こうとする赤とオレンジ、そして黄色と白の混ざった二つの夕日が照らし出す壮大な風景───

 夕日の前の黒々とした山脈は、二重連星の太陽の前に立つ巨大な恐竜の背びれのようにも見える。

 そんな絶景を巨大円盤の縁、曲線階段の段の途中で眺める一人の少女がいた。

 少女の名はマリーレ・トート・ビーラ。

 天空に浮かぶ浮遊円盤都市『バルローネ・シャンゲリス』を守る守人の一人である。

 深く曲げた膝を抱える彼女の茜色のギャザーミニスカートからは乳白色のすらりとした足が伸びているが、ふとももの付け根あたりまではレースの付いた黒いニーハイソックスで覆われていた。

 夏の季節とは言え地上1500mを超える夕暮れの風が冷たく、彼女は薄い檸檬色の長袖カットソーの上に薄いプラチナグレーのジャケットを着こんでいた。

 ───と、突然、彼女の左横に、曲線階段の上から一辺が1cm程の白い金属製キューブが一つ転がり落ちてきた。

 キューブは一つまた一つと勢いを増して転がり落ちてきたが、その都度集まり、やがて身長が50cmほどのミニドロイドの姿となった。

 しかし、4つあるはずの眼立方体キューブ・アイの2つがまだ集合していないようであった。

「何をしているのかしら?・・・テオドール?」

 マリーレは彼女の左隣で構築されたミニドロイドではなく、自分が座っている段より一つ下の段の正面辺りを見つめながら言う。

 そこにはマリーレを足元から見上げている眼立方体キューブ・アイの1つが鎮座していた。

「やあ、マリーレ、夕日は綺麗かい?」

「・・・あなたは、何を見ているの?」

「夕日に照らされた君の綺麗な姿さ・・・でも、本当の色は白かな?」

「もう!エッチなんだから!」

 マリーレは右足の先で眼立方体キューブ・アイに蹴りを見舞ったが、その眼はそれをスルリと躱し、彼女の右斜め下の空中でホバリングした。

「ハハハ、ゴメンよ・・・ところで真面目な話なんだが、どうもコロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)の軌道が微妙に変わったようで、97日後には、この『バルローネ・シャンゲリス』に接触することになりそうだ」

 眼立方体キューブ・アイから発せられる言葉からはひしひしと緊張が伝わってきた。

「それ!・・・本当なの?!・・・何てこと!」

 マリーレは腰を半分浮かし、前のめりになりながら眼立方体キューブ・アイを睨み付ける。

「残念ながら本当だよ。マリーレ。直径2.1km、推定質量34憶7700万トン、分速80cmで移動中だ」

 いつの間にか彼女の右背後の空中にもう一つの眼立方体キューブ・アイが到着し、ホバリングしながらコロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)の情報を伝えてきた。

「そうなの・・・」

 マリーレは一気に意気消沈した様子であったが、自分を奮い立たせるように言葉を続けた。

「ところで、テオドール! 今回のチャレンジャーの男のデータを見せてくれる?」

 マリーレは膝を崩して右方向から後ろを振り向いて問いかけたので、彼女の太ももの間はもう少しだけ広げられることになった。

「おっと!...マリーレ、さらにいい感じだよ」

 マリーレの右斜め下をホバリングする眼立方体キューブ・アイがそう言うと、彼女の右背後の空中をホバリングしていた眼立方体キューブ・アイが、マリーレの左前の空中に3Dの立体画像の投影を開始した。

「男の名前はカーイツ・ゲレンタン。真砂鉄王国フラゲルタンの庭園都市から来た箱庭猟兵だ。

 フラゲルタンのキャレリリア姫は、反磁力魔帝マグダネ・トネロンの呪詛コードによって300年の眠りに入ってしまったらしい・・・彼女を早く目覚めさせないと、フラゲルタンとその住民は63日後には自然崩壊を開始してしまう・・・彼女を目覚めさせるために、我が空中都市の中心部にあるインフィニティ・コバルト・プラチナの結晶が必要不可欠なのだ・・・それで挑戦しに来たらしい」

 背後の眼立方体キューブ・アイの説明に、マリーレは3D画像の男の姿を見つつ、「フーン」と言った後付け加えた。「・・・で、私の映像を見て、あなたは楽しんでいるわけね?」

 右斜め下をホバリングする眼立方体キューブ・アイに向かってマリーレが言うと、ミニドロイドは、「ああ、実に役得だね」 と答えた。

「もうっ!」

 マリーレはミニドロイドに左手で軽くパンチを見舞ったが、ミニドロイドは一旦バラバラのキューブ状態になってパンチを回避すると、また、すぐに元のキューブ集合体の人型として復帰した。

「・・・まあ、いいわ! 私もすぐに行くから!」

 マリーレが左後方に体をひねるようにして一気に立ち上がると、彼女の開いた足の間を眼立方体キューブ・アイが上方を見上げつつスィーッと通り抜けた。「またぁ!!」 マリーレは右足の先でミニドロイドに蹴りをお見舞いし、ミニドロイドのキューブはまた一気に崩れたが、今度は再度集合することをせずに、そのまま階段の上に向かってキューブの集団で波状運動をしながら登っていった。

「お先に!マリーレ!」

キューブの集団となったミニドロイドはそう言い残しつつ階段の上に姿を消した。

 マリーレはチャレンジャーの男に対して若干の緊張を感じていたが、すぐにそれを打ち消すように、軽快なステップで階段を駆け上がり、円形広場の中央にある筒形の光子昇降機オプティカル・リフターに乗り込むと一気に階下に下っていった───

(負ける訳にはいかない!)

 彼女はそう心に誓っていた。

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