夜一町のあやかし夜行〜転生陰陽師の奇妙な巡り合わせ〜

秋春 アスカ

序幕 インクは揺れる

「さぁーてさて、少し小噺をしようか」


 スーツ姿の男は椅子に腰掛け手に持った古書を開く。

 その一冊はまるで呼吸をしているかのよう。空気を吸うように本の作る角度が狭くなり、広がった途端、大量の文字を空中へと吐き出していった。

 文字たちはまるで自我でも持っているのか、跳ねて回ってくるくる飛んで。

 男が吐き出された文字たちから1つの単語を栞に挿むと、辺りには並べ替えられて説明文となった文字たちのブロックが複数現れた。


 悪傀あくかい。生者が抱く妬み、嫉み、僻み、恨み、悲しみ、怒り、孤独感、死への願望といった凡ゆる負の感情が一定量を超えると形成される、悪霊や怨霊とはまた少し異なる人間に害をなす存在。

 普段は負の感情が流れつく先、裏世界に形成されていない負の感情と共に蓄積されているが、時に表世界にあふれ出てくることがある。

 悪傀自体があふれ出てくることが認知されるようになったのは、世界規模の戦争がやっと終結した辺りから。

 もとは地面を這うだけの力しか持たなかった悪傀だが、現代になるにつれ人間や妖を襲い全てを喰らう凶暴性を持つようになる。

 最近では理性を持ち知能を使う悪傀まで現れ、脅威は高まっていた。


「しかし厄介なことに、強い霊感を持つ人間じゃないと悪傀の存在には気づけないのだ!例え、悪傀に食べられている最中だったとしても」


 表世界に時おり発生する『足取りも掴めず存在自体がまるで消え去った』とメディアで取り上げられる失踪事件は殆どが悪傀によるもの。食べられるのは霊力や心の身といった優しいものじゃない。骨、肉、皮。そのすべてを食らい尽くされる。

 では、そんな危険あふれる悪傀の存在を、あまたの神々を信仰する日本が野放しにしていたか。否、表世界に溢れ出た悪傀を祓う者たちは存在する。


「それが、陰陽師っていう職業の人たち。現代社会になるにつれ科学が発達し仕事が減っていた彼らは、新たな事業として悪傀祓い・悪傀討伐を始めたんだ」


 なんなら、現代の陰陽師のイメージは悪霊祓いや祈祷よりこっちで有名である。明治時代以降、政府に陰陽道を迷信と断じられ民間での活動も禁止されていた時代を経、悪傀出現によって再び国家公務員の地位に返り咲く。

 平成に入ってからは堂々と警察官や消防官とおなじ正義の味方として肩を並べ、なりたい職業人気ランキング上位に食い込むことや訓練学校の設立にまで至っている。

 特に最近は悪傀と戦いながらアイドルをしているグループや陰陽師系ユーチューバー、悪傀と戦う陰陽師の人気ドラマも存在するくらいだ。


「あぁでも、流石に陰陽師だけしか悪傀を倒せないってわけじゃないよ」


 陰陽師しか倒せないって言うのは、かなりキツくなっちゃうからね、人間ってすぐ死ぬし。

 男は新しい栞を胸ポケットから取り出すとまた新たに並んでいた羅列を変えていった。カチカチ、パラパラ、ヒュルヒュル、整列完了。


あやかし、彼らもまた悪傀を倒すことができる。まあ、自分から悪傀を倒しに行くような奴はそういないけどねぇ」


 前世に強い感情や願いを持って死んだ者や、世界の理から外されるほどの大罪を犯した者が、偶然か必然か呪いかおまじないか。どうしてか妖として転生する事がある。

 彼らは、陰陽師の使う術とは異なる不思議な力『妖力』が備わっていた。この力は陰陽師の持つ霊力と同じで、悪傀を倒すことができる。

 とはいえ、男が言うように妖の全てが悪傀を倒してくれることはない。前世で人間に対し強く恨みを持っていたならば、人命救助をするわけがなく。

 そんな彼らの人生ならぬ妖生は様々だ。妖の中には同じ妖を統べるものもあれば、大切な存在を守るために己が力を振るうものいる。中には裏仕事に身を堕とした妖もいた。


「でも、ほんとに表世界がヤバそうなんだよねぇ」


 数えきれないほどの問題を背負う現代の人間から流れる負の感情の量は、過去に比べ大幅に裏世界へと送られており、悪傀の数も強さも年々増加の傾向を示していた。


「ほら現代ってストレス社会じゃん?不安定な情勢に経済格差、いじめの陰湿化に親ガチャ問題、高齢化社会に少子化問題…他にはジェンダーマイノリティの問題とかね」


 いや〜怖い!と男は言葉とは真反対の表情をする。

 瞳はアーチを描き、口の端は吊り上がる。面白さしかないと言った顔をした男はまるで人智を超えた、人ならざるモノの様なオーラを纏っていた。


「なんだか最近は陰陽師側でも面白い事があるって聞くし。いやはやどんな事が起きるのかとってもワクワクするね!」


 俺こういうの大好き!という発言と共に男は古書を閉じた。

 ビシャ!まるで一瞬だけ大雨が降ったかのように文字は黒いインクとして床に落ちる。地面に古書を近づけると、まるでここが戻る場所だと分かっているようにこぼれたインクがぴちゃと音を立てて帰っていった。


「さて、今日はここらでお終い。初めましてから情報を出しすぎるのも面白くないからね」


 男は椅子から立ち上がり、まるで観客がいるかのようなお辞儀をして言った。


「それでは、またいつかお会いしましょう」

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