5 さあ、ちょっと落ち着いて

 政府による処分?

 なんらかのペナルティ?

 ただ、どんな違反行為による処分なのかというと、全く見当もつかない。


 軍としての行動は既に無くなって久しい。

 戦争ないし紛争らしきものは、ここ三百年以上もない。

 連日、瓦礫ヶ原に巣くう先時代の殺傷兵器の始末と有用金属の回収という「任務」をこなすだけの毎日である。

 軍には半ば愚連隊にも劣る堕落した者たちも多い。

 しかし、東部方面攻撃隊は違う。中でもサリは、規律を守り、成績も優秀な第一級の戦士。


 そんなサリが、再生不可処分になるほどの、どのような不始末をしでかしたというのだろう。



「サリという子の処分について、僕は知らない。ただ言えることは、ペナルティによる再生不可処分しか考えられないかというと、そうでもない」

「どういうこと?」


「君も勉強しただろ」


 チョットマが肩を落とし涙ぐむ。

「私さ…」

「ゴメン。さあ、ちょっと落ち着いて」

「うん…」



 再生不可処分は、必ずしも再生拒否ではない。

 むしろ、より良いステージに上がるために、稀にではあるが、同等あるいは類似系の再生ではなく、人としてのより多くの才能を付加した再生も現に行われている。

 そんなとき、元いた仲間達の元に戻ることはまずない。当然ながら、相応の「任務」が与えられるからである。

 また、本人が望んで、別の人格として再生することもできる。

 この場合も、通常は元の仲間達とは疎遠になるだろう。



「分っているんだろ。サリが、必ずしもペナルティによって再生を拒否されたわけじゃないって」


 チョットマは黙って下を向いた。

 この子にしてみれば、いや、毎日を精一杯生きている仲間たちにしてみれば、認めたくはないのだ。

 サリがなんらかの形で、つまり政府のお声掛りによって、あるいは自らの意思で「抜けた」のかもしれないことを。

 サリの成績が優秀であればあるほど、品行が正しければ正しいほど、その可能性が高いということも分かってはいるのだ。



「でも、パパ…」

「なんだい?」

「サリは、私たちを出し抜くような人じゃない…」

「うん」

「それに…」




 イコマは、記憶の中から、サリという兵士の輪郭を思い出していた。

 チョットマから、親友として、何度も話は聞いている。

 

 背丈はかなり高い。

 体にフィットする柔らかいカーボン繊維のバトルスーツではなく、硬い装甲に身を包んでいた。

 ボディスーツにもヘッドギアにも、ハードな戦闘を潜り抜けてきたものが持つ、容赦ない傷が無数についている。

 ただ一点、ブーツに金糸がバラの花を描くように使われていて、女性であることを物語っていた。




「パパ、私たち、どうしたらいい?」

「生き返らせたい?」

「……」

「今、どうしているのか、知りたい?」

「……」



 イコマはサリの消息を知らない。

 ただ、調べることはできるかもしれない。

 政府が取った処置を調べることは、不法行為でもなんでもない。意図して隠されていなかった場合は。



「うん」

 チョットマが頷いた。

 そして涙を拭った。


 イコマはできるだけ優しい目をして、この少女を見つめた。


 年齢は定かではないが、十七になったばかりだろうか。

 少女が大人への入り口を覗いているような年ごろ。


 自分の記憶量に比べて、チョットマの記憶量は万分の一にも満たないだろう。

 しかし、この子が、世間の簡単な仕組みさえ勉強しなかった、とは思っていない。

 現実に目の前にあるものを激しく吸収するあまりに、少し前に仕入れた知識、むしろ常識といえるような事柄までも次々に捨てていくタイプの人であることを知っていた。 

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