26 ワールド誕生
しかし、日本国の国家戦略は修正を迫られることになった。
日本のこの動きを、世界は脅威の目で見ていたのである。
しかし、どの国も既に戦争を仕掛ける力はもう残されていない。
世界の国々がとった行動は、驚くべきものだったが、非常にまっとうなものだったともいえる。
日本の動きに対抗する策として、世界の国々を席巻したアイデアは、世界がひとつになり、人類の危機を手を取り合って乗り切るというものだった。
その提案は、国際連合のような単なる話し合いの場を作り直すというような低レベルのものではなかった。
ありとあらゆる国や地域をひとつの漏れなく解体し、地球という単位でひとつにする、という革命的な提案だったのである。
西暦二千百年。
十五年の準備期間を経て、地球というひとつの国が生まれた。
国の名はシンプルに「ワールド」
ただ、その間、日本で生まれた、不死の存在を作り出す技術は、地球上のいたるところで採用されていった。
地球人類は新しいスタートを切ったともいえる。
未知なる社会に向けて。
地球全体をまとめるひとつの国。
そして新しい「人類」
記憶の人、後にアギを呼ばれるようになる「人間」と、不朽の肉体を持つ、後にマトと呼ばれるようになる「人間」
他方、新しい人類について、その脅威も語られ始めた。
つまり、いわば不死身の存在が、地球上のある地点に偏在することへの脅威である。
実際、地球人類の社会、つまり「ワールド」は、非常にいびつな状況になりつつあった。
アギやマトの数が、ある地域にのみ、どんどん増えていくことになったのである。
アギはもちろん、マトも子供を生まない。
生めなかったのだ。
非常に高い確率で死産ないし異形の子を生んだ。
生命の誕生という神秘の秘密は、まだ当時の技術力では、その入り口しか見えていなかったのである。
ワールドの恒久的平和を守るため、人々は何をしたか。
地球統一国家誕生後、半世紀も経ずに、マト、つまり不死の体を持つ人間は、個人レベルで世界各地に無差別に転住させられたのである。
民族による、あるいは元の国や地域による、あるいは一族による団結を完全に解体するために。
個人をバラバラにすることによって、不穏の目を摘み取ろうとしたのである。
22世紀半ばのことだった。
綾は、アフリカ大陸に新造されたある街に。
イコマのような記憶の人、つまりアギは、実質的に定住地は持つ必要がなかったが、便宜的に定めておく必要はあった。
その時点ですでに、日本国という地域は存在していなかった。
あれほど隆盛を誇った東京という都市も消え失せてしまっていたし、かつての国土自体もかなりの部分が海に沈んでいた。
グローバルな存在となったイコマは、便宜的な居住地を、綾のいるジュラシックビーチに定めたのだった。
あれから数百年の年月が流れた。
優を待つこと、六百年。
すでに綾の消息は知れない。
イコマの意識は「英知の壺」を離れた。
いつもと同じように、はるかかなたの過去の記憶をなぞり、希望が再び訪れたあの日々の匂いを嗅ぐと、生きてゆく勇気を奮い立たせた。
優は生きている。
いつか会える。
もはや妄想となった思いだけを抱きしめて、イコマはまた地上に降り立った。
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