8 戦闘行動で死んだのではない

「どこを探せばいいのかも分からない。ンドペキもサリを見失ったエリア、特定できないんだろ」

「ああ。何度も話したとおりだ」

「計算上、少なく見積もっても半径四キロ。サリが自分の意思で移動したとすれば、半径二十キロ以上の範囲になる。聞いたんだけど、あのエリアには穴ぼこがたくさんあるって。中には地下洞窟になってる穴もあるらしい。そんなところ、どう探せばいい?」

「洞窟じゃなく、昔の地中基地の跡らしい」

「今は単に洞窟」

「だから、それを明日、話し合う」

「私のレーダーは地中は探査できないし」

 はあ、とスジーウォンが大きなため息をついた。

「もし鳥が連れ去ったのなら、お手上げ」




 俺は、スジーウォンの嘆息がよく理解できた。

 サリが別の人間として生まれ変わった可能性について、ハクシュウも俺もあえて触れはしなかった。

 しかし、探しにいくという無駄な行為の裏には、サリが我々を捨てたと認めたくはないという気持ちが働いていることは明らかだ。


 それはスジーウォンにも理解できるはず。

 口にはしないまでも、悔しいのだ。

 だから探索という無駄な行動をとるしかない。

 執拗に愚痴をこぼすのも、我々自身のやるせなさの表れなのだ。




 サリの死は、俺にも解せないことだった。


 あの日、俺はサリを殺すつもりだった。

 しかし、俺は殺してはいない。

 あの巨大な鳥、つまり海鷹にやられたのだ。


 ただ、確信はない。

 鳥が飛び去った窪地は、もともとの俺達の進行方向ではなかった。サリがもしあの窪地で鳥に襲われたのだとしたら、なぜあそこまで移動したのだろう。

 進路を変えた俺を見失ったのだろうか。

 サリの能力では、ありえないことだ……。



 もうひとつ、俺を悩ませていることがある。


 兵士がパーティを組んで行動しているときに誰かが死亡すれば、おざなりとはいえ、通常は事情聴取が行われる。

 死亡事故の頻度は高くはないが、我々の部隊でも年に一人くらいは亡くなるものだ。

 その都度、軍の調査部から呼び出しを受ける。

 緩慢な行動で、同僚を死なせてしまったのではないか、と詰問を受けるのだ。

 万一、仲間の窮地を見て見ぬふりをし、見殺しにしたのなら、重い罰を受けることになる。


 今回はわずか二人の軍事行動。

 行き先も報告してあった。

 監視衛星の映像は、我々二人が基本隊列を組んでアドホールに向かっていることを映し出したことだろう。

 なのに、呼び出しが来ない。



 それは、サリは戦闘行動で死んだのではない、つまり鳥に殺されたのではない、と当局が判断していることの証ではないのか。


 つまり、サリは死んではいないのではないか。


 では、なぜサリは姿を消したのか。



 俺は、事情聴取がないことを誰にも話していない。

 マスター、つまり隊長であるハクシュウには、軍から、あるいは当局から、何らかの連絡が入っているのかもしれないが。





 スジーウォンは、言いたいことを言うと、手近なコンフェッションボックスに入っていった。

 パパかママに、今のような愚痴を聞かせるのだろう。


 俺もパパに面会でもしてみるか……。


 今月は規定時間に大幅に届いていない。

 あてがわれたパパかママに数日置きに面会することは、兵士であれ商店で働く者であれ、市民全員に課せられた義務。

 数百年も続いているシステム。


 決められた相手に決められた時間以上の面会をしないと、死亡時の再生に多大なペナルティが課せられるということになっている。



 不定期に入れ替わっていくパパないしママ。

 ほとんどの場合は約三年で交代となるのだが、半年ほどで別のIDつまり別の人物が親として紹介されることもある。

 俺の今の親はパパだが、本名はおろか職業さえ知らない。


 わかっていることといえば、微妙に精神が壊れつつある男、ということだけ。

 俺のことにはこれっぽっちも関心はないようで、自分の昔話を繰り返し聞かされ続けるだけの面会。

 几帳面でくそまじめでおせっかいな人間より、よほど付き合いやすいが、月に六時間以上と決められた面会時間が苦痛であることに変わりはない。



 ふと俺は、どうでもいいじゃないか、という気になった。

 どうせ、俺は……。



 チョットマがコンフェッションボックスから出てきて、また街を駆けていった。

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