もう1つの東西冷戦―KGB少佐・ヨシエ=クツーゾネフ編

阿月礼

第1話 モスクワ


1-1 新居

 赤軍中尉・倉本芳江は、蒙古人民共和国を地元民の馬車で西に移動し、その後、中央アジアを経て、鉄道でモスクワに移動して来たのであった。

 芳江があてがわれたマンションは、党、軍の幹部用のそれなので、モスクワ市内でも良い環境の方であるようである。2部屋があり、キッチン、洋式トイレ、シャワー等があった。

 このモスクワにて、一人暮らしのスタートである。自分だけの生活空間を持てたのは、30年以上生きて来て、ここ数か月が初めての事であろう。モスクワのこの家に入居してから、数か月が経ち、季節は冬、12月になっていた。

 芳江は勿論、モスクワに来た当初、ロシア語は理解できなかった。しかし、当然ながら、モスクワでの生活は、芳江にロシア語を理解せざるを得ない状況を作り出し、日本での女学校中退の学歴である芳江をして、ロシア語を理解させるようになっていたのであった。

 労働者と農民の国・ソ連邦ではあった。人々の生活は帝政時代よりも大分、よくはなっているとのことである。芳江は勿論、貧富の差が激しかったとされる帝政時代のロシアの事は知らない。それでも、帝政が否定された今日においても、芳江があてがわれたマンションと一般市民との生活にはやはり、格差があるようにも思われた。

 しかし、それでも、日本にいた時よりも、貧富の差は少ないようにも思われた。集合団地もあり、日本にいた時の、木造家屋の、しかも、何事につけでも、軍が優先され、多くがみすぼらしいいままになっている東京等で見た家々よりは良いような気がした。

 食料品等は、やはり、芳江も自由市場で買うことも多かった。コルホーズ(集団農場)やソフホーズ(国営農場)を中心とした計画経済の下では、能率の良い生産は、食料品といえども、余り期待できないようなのである。そういった生活上の必要性としての自由市場等での買い物という日常生活に欠かせない状況での行動が、芳江にロシア語を実地に鍛えこんでいたようなのであった。

 芳江は、自由市場で、今日も、肉、野菜等を買い込む等、地下鉄に乗り込んだ。この地下鉄は、スターリン時代にモスクワの都市建設の一環として造られたものである。地下鉄建設の労働者等にねぎらいの挨拶を現場にて行なったのは、当時のソ連共産党書記長・ヨシフ=スターリンであった。そして、

 「レーニンとスターリン率いるわがソ連邦は勝利した」

 と声高に演説したのが、今日のソ連共産党書記長・ニキータ=フルシチョフであった。

 地下鉄の車内には、帰りのラッシュ時にさしかかってていたかからか、多くの乗客で混み合っていた。芳江と同じように、アジア系の顔つきも見受けられる。ソ連が多民族国家であることを具体的に、示していた。

 

1-2 地下鉄車内にて

 芳江は思った。

 「私の祖国・日本は、朝鮮や台湾を支配しているし、それに、大東亜共栄圏の勝利が言われているものの、それでも、外国人を初めて見たのは、黒龍丸でのアナスタシアが初めてだったわね」

 そのアナスタシアによって、ソ連体制に編入されたのが芳江である。芳江はさらに心中にてつぶやいた。

 「そして、満州やハイラル外郭要塞で、多くの非日系将兵が反乱で暴れているのを見た。祖国・日本は、『共栄圏』を言いながら、或いは『五族協和』を言いながら、恨まれる存在だったんだ」

 そのように、これまでの人生の中で遭遇した各場面を回想しつつ、やはり、芳江の脳裏にはっきりと残っていたのは、

 「初の戦闘体験」

 と言うべき、橋田至誠射殺の記憶であった。つい、数か月前の事であり、簡単に忘れられる記憶でもなかった。そして、それは、藤倉妙子にあてた手紙以上に、祖国・日本との実質的決別宣言であった。

 芳江は覚悟を以て祖国を捨てた女性であった。

 満州国という対ソ戦略の要地において、その重要拠点を預かる責任者の将校を殺害した以上、ソ連に帰順して生きていくしかない存在であった。

 芳江のこれからの人生は、ソ連邦という体制と共にある、といっても過言ではないだろう。ソ連邦のためなら、如何なる努力も惜しむことのできない存在になった、とも言えるかもしれない。

 但し、ソ連邦もまた、巨大な歯車である。その巨大な歯車において、芳江という一個人が、どのような任務を課せられるのかは、―既に、彼女はソ連邦に忠実に生きていかねばならない存在であるとはいえ―芳江その人にもまだ、うかがい知れないものがあった。

 芳江は、現時点では、ソ連という歯車の下、その歯車のために待機させられている存在と言えた。

 芳江は改めて、傍らの乗客に目を移した。アジア系の母子である。男児は、―芳江がまだ、ロシア語に耳慣れていないからか、母子の言葉の会話が少数民族語であるからかもしれないからか、内容は理解できないものの―、何か、楽しげな会話である。暖かい家族があるのかもしれない。黒龍丸の船内で同室となった母子にも同じに感じた芳江である。

 こうした日常生活の光景に洋の東西は無関係のようである。

 しかし、幸せな家族が洋の東西を問わず、存在するならば、何故に、芳江はそれを得られなかったのだろうか。

 芳江は思った。

 「洋の東西を問わず、か。しかし、黒龍丸で会った親御さんと息子さんも、生活が苦しいとかで、満州への移民だった。親御さんとして、息子さんの将来の幸せのためをも思って、移民を決断したんでしょうね。だのに、母が子を思う心が同じでも、体制の違いは、人々の幸せにとっては、『洋の東西を問わず』ではないのかも」

 芳江も、それ故に、祖国を捨てたのである。

 しかし、黒龍丸の船内にて、アナスタシアにつかまる形で、芳江はソ連邦の一員になった。一つの体制から他の体制へと、何かしら、目に見えない運命によって、運ばれて来た感がある。妙子に対しては、大連からの書簡内にて、

 「これから、どこかへ流れていきます」

 と末尾に記した。体制から離れ、自分の自由意志にて生きていく、という意味である。大日本帝国⇒ソ連邦と所属の体制が変わったことによって、必ずしも、すべて、

 「自由意志」

 にて暮らしているとは言えない。しかし、女学校時代から、それこそ、目の前の権力というべき教師によって、あたかも当然の如く、教え込まれて来た

 「天皇」

 を中心とした

 「天皇制」

 という体制から、初めて切り離され、本格的に自信の意志で問い直し、批判してみるという機会が芳江に与えられたとも言えた。その意味では一定の

 「精神の自由」

 を与えられたと言えるかもしれない。勿論、これは、日本という

 「社会」

 の現実から、彼女が自身の意志で離れようとしたことから始まったものである。一つの「体制」の内部から出るという自身の意志で為した行動が、芳江に与えた機会であった。

 先程から、車内を見渡せば分かるように、多民族国家・ソ連邦であった。

 ソ連は、15のソビエト社会主義共和国から構成された連邦(同盟)であり、又、ロシアをはじめとして、各ソビエト社会主義共和国内に民族自治共和国、民族管区、自治州等が存在している。満州国よりも複雑な他民族国家、社会であるともいえる。

 「各民族の共存、共栄」は上手くいっていると言えるのだろうか。既に、赤軍(ソ連軍)中尉として、謀略将校となっていた芳江は、頭の中で色々と考え巡らせていた。

 そうこうしてるうちに、芳江の乗る地下鉄は、下車すべき駅に到着した。


1-3 モスクワ市内

 12月のモスクワは、当然の如く、冷えが厳しい。多くの周囲の乗降客同様、芳江もコートを着込んではいるものの、身体には寒さが染み入った。実家のあった北関東の寒さ等は比較にならない寒さである。

 階段を上がって、地下鉄出口に出てみると、外は雪であった。曇天の空から、雪がちらついている。人々は、身をすぼめるように歩いている。おそらく、そうした人々の中で、モスクワの寒さに慣れない芳江は、特にそうした格好になっているのであろう。

 雪の降る街の周囲を見回してみれば、既に1953年に逝去したヨシフ=スターリンの肖像画が方々に掲げられている。

 芳江は心中にてつぶやいた。

 「同志スターリンか」

 日本でも、天皇のご真影が飾られ、小学校等でも奉安殿に飾られ、又、各家庭でも、大切に飾っている家もあった。学校での清掃の時間には、写真の天皇に埃がかからぬように、注意していた。具体的には、教師等から、

 「陛下への忠誠心が足りぬ」

 「非国民」

 「それでも大日本帝国を担う婦女子のあるべき姿か」

 等の怒声等を浴びないように注意していたのである。ドジな芳江にとっては本当に神経をすり減らしかねない不快な

 「作業」

 であった。清掃は、本来、環境を清潔にする快い作業とも言えたものの、「ご真影」がそれを妨げている面があったとも言えた。しかし、勿論、その

 「不快さ」

 を口に出したら、更なる制裁を受けかねなかった。故に口には常々、しなかったのである。こんなところにも、振り返ってみれば、芳江への抑圧の歯車が存在していた。

 そんなことを思いつつも、芳江は思った。

 「それに比べれば、モスクワの市内に飾られている同志スターリンの肖像画には、私は触ることはないだけ、妙に注意して、神経を使う作業はしなくてもよいだけマシかしらね」

 勿論、この台詞とて、周囲に聞かれたら、何が起こるのやら分からない。以上のつぶやきはそれ故、芳江の心中のみでのつぶやきである。

 日本時代からの経験で、心中の思いを余り表情に出さないという特技のある芳江である。少なくとも、周囲は芳江の心中を察することはないであろう、というより、そもそも、言葉に出さなければ、芳江がどのような表情であろうと、他人のことなど、彼等彼女等にとっては、無関係である以上、察せられることはなかろう。どんな体制であろうと、少なくとも、心中の世界はその者自身の自由な世界である。

 マンションに戻った芳江は、誰もいない自宅に入った。自分一人だけの自宅なので、―まさか、盗聴器でも仕掛けられていない限り―、彼女の自由な空間である。

 芳江は電灯をつけ、キッチンの湯を沸かし、夕食の準備と、その後のコーヒーの準備を始めた。

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