2. 思惑
第10話 謎の新薬、アーカム
「くっそ!」
見失ってしまった。息も上がってしまっている。全国高校総体の決勝でトップ3に入った元陸上部の俺があんな娘ごときで力尽きるとは。距離が全然縮まらなかった、というよりむしろ距離が離れていった気がする。
なぜだ?高校生だった頃より体力は落ちているだろうが、それでも体力には少なくとも一般の人よりは多少の自信はあったのに。
かなり長距離歩いたがそれでも俺は諦めずついていった。だが、
今回は博士が作った薬の効果と彼女が両足で歩いているという証拠が取れればよかった。別に深追いしなくとも研究所に彼女はいるわけだし、逆に俺の顔がここでわれてしまうと研究所で万が一すれ違ったときに警戒されてしまう。
というか、ときおり後ろを振り返っていたが、もしかして俺の追跡がバレていたのか?風景をみて楽しんでいるとも見えたが。もし、あとをつけられている疑惑を持たれたとしても、距離はかなり空いていたから顔までは分からないだろう。
だが、これで写真は何枚か撮れたからこれを
それにBeforeとなる、旭川ヒナが車椅子に座っている写真はすでに手に入れている。
前方にちょうど角を曲がって来たバスが見えた。ちょうどいい。あれに乗れば、研究所までは数十分でつくことができる。だが、バス停が――。バス停、バス停……、
俺はあたりをみまわして見たが、周辺にバス停がないだと……。
一番近いバス停はここからだと少し歩かなければならない。
くそっ、運が悪い。あれを逃すと、次のバスは10分後だ。その時間くらいなら待ってもいいが、せっかくここまで来たんだ。スターゲイザー社に寄ろう。運は悪かっったが、気持ちを切り替えれば問題ない。少し歩くことになるが。
とにかくこの証拠の写真を安田に見せて感想を聞きたい。少し苛立っていた感情は期待へと変わっていった。
善は急げ。俺はすぐさま、上着の胸ポケットに入れてある携帯を取り出すと、安田の番号にかけた。彼は仕事中のはずだが――というより俺もだが、2コール目ですぐに出た。
「あ、もしもし?安田さん、仕事中悪いが例の件で話がある。今大丈夫か?うん、ああ、了解。後ほどそこで会おう」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「これが例の写真か。こっちのこの車椅子の写真は最近撮ったものなのか?」
安田は、制服――半袖のブラウスを着て学校へ登校中の少女――車椅子に座った旭川ヒナの写真を指さして言う。
「ああ、この写真が、えーっと、2ヶ月前の8月かな?で、普通に歩いているこっちが今日撮った写真。彼女は今どうやら秋季休みのようだ。だからほんの数ヶ月で完全に治ると思うか?それも麻痺がある、ということは何らかの原因で脊髄が損傷したってことだろ?」
「そうだな。確かに一度損傷してしまうと、基本的には再生しないって聞くな。いまの医療技術だと」
「だろ?これはもうあの博士が何らかの新薬を開発したとしかいえないんじゃないか。それも即効性のある薬を。君はどう思う、杉井?」
今日もなぜか同席している安田の部下、杉井に俺は問いかけた。前回も一緒にいてすでにこの話を話してしまっているのでいまさら追い払うわけにはいかない。せっかくいるなら聞こう。いろんな見地を知りたい。
「そうですね……。写真を見る限り私も回復しているとしか思えません。彼女、何年も車椅子生活だったんですよね?歩けるようになったとしても筋肉が衰えているはずなのでフラフラしてしまうと思いますが」
「そうだよな。この写真のとおり――というより俺は実際にさっき見たばかりだが、ふらついているどころか、キビキビと歩いていたぞ。俺を引き離すスピードだった」
俺の話に、まじかよ、という顔をする安田。安田は俺の陸上部時代を知っているからこそ、俺が引き離されたことに対して、驚くのに無理はない。
「どんな薬なのか分からないが、この薬を解明できれば、長期滞在する宇宙旅行士にも応用して使えるな」
俺は、安田に――宇宙関連事業に関わるスターゲイザー社なら絶対に興味を示すだろうと思って言った。
「そうだな。だが、残念ながらこれだけの証拠じゃ上は動かない。食いつくきっかけになると思うけどね。まあ、……実際に物が無いと、ね。それはどう用意するか今後考えるとして、それで博士が作った新薬の名前何と言ったんだっけ?」
あの日の夜のことは安田に一度話しているが、聞き慣れない薬の名前だから覚えていなくて当然だ。俺も一度しか聞いていないから少し忘れかけているが。えっと……確か――。
「俺も途中からだったからすべての会話を聞いたわけじゃないが、彼は確かにこういった。――アーカム、と」
カツンッ――。
その時後ろで音がした。
その音の正体――小石は物陰から飛び出してきた。それはコロコロと道端に転がってきた。
だが、何者かのつま先がちらりと見え、すぐに隠れたのを俺はそれを見逃さなかった。
すぐさま、物陰に隠れている人物に向かって叫んだ。
「誰だ!そこにいるのは分かっている。出てこい!」
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