第23話 喫茶メバセレット
閑静な住宅街の並びにひっそりとその店はあった。
古い造りの建物でパトランプが回転している
懐かしい感じの喫茶店だった。
看板には喫茶メバセレットと書いてある。
「変わった名前の店だな。どこの言語なんだ?」
「イスラエルの言葉で意味は、良き知らせを伝える者みたいだよ。何故か女性系らしいんだけどね」
良き知らせを伝える者というどこか情報屋を匂わせている店名に、先程コーヒーも料理も美味しいと言っていた隆弘の言葉をしゅんは少し疑う。
しかし、今回の目的はあくまで情報であるため
料理への期待はひとまず置いておくことにした。
「まぁ、とにかく入ろうよ」
そう言うと隆弘は入り口のドアを開けて
3人は店の中へと入っていった。
店内はカウンターとテーブル席がいくつかあり
カウンターの奥で、白髪の優しそうな老人が
コップを拭きながら3人を迎え入れる。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
自分達の他に客はおらず、3人はマスターの目の前の
カウンター席に並んで座った。
店内の見慣れない海外の置物や絵画に目をやっていると
マスターの方から3人に話しかけてきた。
「お久しぶりです、隆弘くん」
「お久しぶりです、マスター」
「月島くん、それに一条さん。お2人もようこそいらっしゃいました」
「え?」
隆弘はともかく、しゅんと優美のことまで知られていたことに、2人は思わず声をあげる。
「どうして、私たちの名前を?」
不思議そうに優美が尋ねると
マスターが笑みを浮かべながら答える。
「最年少で東京魔法学園の序列一位になった月島くん。
それに日本の大名家一条家の長子ですからね。
お2人ともご自分が思っている以上に有名ですよ」
有名なことに変わりはないが
顔を一目見ただけで名前を言い当てたマスターに
早くも情報屋である一面を3人は見た。
隆弘はメニューを取ると早速注文をしはじめた。
「マスター、俺はナポリタンと食後にアイスコーヒーで」
そう言うと隆弘はしゅんにメニューを回し、しゅんも続けて注文した。
「じゃあ、カレーと食後にアイスコーヒー」
こいつ今日は金あるんだろうな?と思いながら
優美はしゅんからメニューを受け取り、ピラフと2人同様食後にアイスコーヒーを頼んだ。
注文を受けると、マスターは厨房に立って
調理を始める。長い間一人で切り盛りしているのか
手際のよさは目を引くものだった。
3人は料理を待っている間、ひとまず今回の件の整理を始めた。
「今回の始まりは、福田が一条さんに模擬戦で負けたところからだよね」
「ええ。それが2日前のこと。それで昨日力を得た福田くんが私の前に現れたってことだけど」
「つまり、一昨日から昨日の夕方までの間で
仮面男に俺たちを消すよう依頼したっていう、黒いパーカーの男が福田に錠剤を渡したってことか?」
意外にも真剣に考えるしゅんに驚きながら
隆弘が答える。
「断定はできないけど、おそらくそう言うことだと思う」
「お待たせしました」
話の途中だったが、手早く調理を終えたマスターが、メニューをそれぞれ運んできた。
3人も一旦会話をやめて、ひとまず料理を頂くことにした。
それぞれナポリタン、カレー、ピラフを口に運ぶと
想像以上に絶品で、3人とも夢中になって食べ進める。
「このピラフおいしいですよマスター!」
「ありがとうございます」
優美の言葉にマスターも満足そうな顔をする。
食べ進めながら、隆弘は例の黒いパーカー男についてマスターに質問しはじめた。
「マスター、ここ最近季節外れの黒いパーカーを着ている男について、何かご存知ありませんか?」
「はて、黒いパーカーの男ですか‥」
隆弘の言葉にマスターは少し考えると
思い出したかのように答え始める。
「そういえば、2週間ほど前に日本魔法大学付属の生徒さん達が、気温が30度近いのに黒いパーカーを着た変な男に声をかけられたと話してくれましたよ」
そいつかもしれない!3人は直感的にそう感じた。
日本魔法大学付属高校とは、東京魔法学園の辺りから一駅で、そう遠くない距離にあった。
「その話詳しく聞かせてください!」
「何でも、学校が終わり家に帰ろうと街を歩いていると
その男はいきなり近づいてきて、力が欲しくないかと聞いてきたみたいです。気味が悪いから、その子達はきっぱり断って逃げてきたと話していましたが」
「他にも男を見たと言う話は聞きましたか?」
「ええ、その後も何人か話していました。
ただここ最近は、きっぱり聞かなくなりましたけどね」
ようやく手がかりを掴んだ。マスターの話を聞きながら
隆弘がそう思っていると、しゅんは何やら負に落ちないという顔をしていた。
それに気づいた隆弘がしゅんに尋ねる。
「しゅん、どうかしたのか?」
「いや、おかしいと思わないか?」
「おかしいって、今のマスターの話?」
せっかく話してくれたんだから、という視線をしゅんに送りながら、隆弘は言う。
「いや、おかしいのは福田の方だ」
「福田?」
「ああ。普通そんな怪しい男が力をあげるなんて言ってきたら、マスターが話した高校生のように逃げるもんだろ」
「まぁ、たしかにそうだね」
「けど福田は違った。やつには力を求める理由があったからだ」
「!?」
しゅんの言葉に優美はハッとした。
「私に負けたから‥」
「そうだ。そんなところにちょうど力を与える男が現れる。しかも模擬戦から次の日の夕方までという、わずかな時間で」
言われてみれば、たしかに出来すぎた話だった。
まるでその男が福田の心情を知っていたかのような状況だった。
「それで、しゅんはどう思ってるの?」
隆弘に問われるとしゅんは少し答えづらそうに言った。
「俺は犯人、もしくはその関係者が
東京魔法学園にいると思う」
「なるほどね‥」
「今日の件もそうだ。調査を始めたその日に
俺たちは暗殺者を向けられたしな」
この学園に犯人がいるかもしれない。優美には衝撃だったが
一つ一つの出来事を考えるとたしかに合点がいく。
「そうなると、これからは学園内でも注意しないといけないね。どこで誰が俺たちの話を聞いてるからわからないし」
そう言うと店も閉店時間に迫っていたため
ひとまず今日のところは切り上げて、それぞれ帰宅することにした。
「ありがとうございます。お会計は一緒でよろしいですか?」
マスターがそう言うと、優美は別々にしてもらおうとしたが隆弘はスマートに財布を取り出しながら言った。
「いえ、一緒で大丈夫です」
「だめよ加藤くん。自分の分くらい払うわ」
優美はそう言ったが隆弘は無視して会計を済ませた。
しゅんは払う気が最初から無かったのか会計の時は終始沈黙を貫いた。
男はやはり甲斐性がある方がいい。優美の中で隆弘の株が上がり、しゅんがさらに下がるという株価の変動が起こった。
店を出ると隆弘は別れを告げて家へと向かい
しゅんと優美も同じアパートへと向かった。
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