第7話 吉田家の豚丼♪
店に入ると2人がけのテーブルに向かい合って座った。席につくなりメニューが決まっているのか少年は早速テーブルにある呼び出しボタンを押して店員をよんだ。
「すいません、僕豚丼ネギ玉乗せ特盛りで!それと味噌汁も。えーっとあなたは?」
「え?うーん」
お嬢様育ちの優美はあまりこういったお店には来たことがない。
さらに初めて会った男性の前という特殊な状況下‥メニュー選びは慎重にならざるをえなかった。
「それじゃ、豚丼チーズトッピング並で。それにサラダもつけてください」
「かしこまりました、すぐにお持ちしますね」
そういうと店員はまた厨房へと戻っていった。
「ねぇ、ぼくたち同い年くらいだと思うんですけどおいくつなんですか?ちなみに僕は先月16歳になりました」
「あ、じゃあ同い年よ。私は早生まれだからしばらく15歳だけど」
「やっぱりそうなんだ!見かけない制服だけど都内の学生さんなの?」
「うん。と言っても今日転校してきたばかりで、今は制服がなくて前の学校のを着てるって感じ」
「へぇー、こんな時期に転校って変わってるね。お父さんの仕事の関係とか?」
「それは‥」
言葉を詰まらせる優美。しかしそこに幸運にも2人の会話を遮るように店員はあっという間に豚丼を運んできた。
「お待たせしました。ネギ玉豚丼特盛りと味噌汁。それからチーズ豚丼とサラダです。ご注文以上でよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
優美はこの時店員に2つの意味でありがとうと言いたかった。自分の今の複雑な家の状況、その解決のための転校なんていう重ための話を、ましてや初対面の男性に話すことではないと思ったからだ。
「いただきまーす」
そう言うなり少年はものすごい勢いで豚丼をかきこみはじめた。若い男子のその食べっぷりに優美は見入ってしまっていた。
「食べないのか?」
「いや、あなたの食べっぷりがあまりによかったからつい見入ってしまって」
「あー、朝から何も食べてなかったからさ!お腹空いてて」
そう言うと少年は再び豚丼をかきこんだ。豚丼、豚丼、味噌汁。そんな調子であっという間に食べ終わってしまった。
「早‥」
ブーン、ブーン。
「ごめん、ちょっと電話かかってきた」
そう言ってスマホを取り出し店の外に出て電話に応答していた。優美は少年の食べっぷりに見入っていたばかりに自分の豚丼とサラダが全く減っていないのに気づいた。
あまり食べたことのない吉田屋の豚丼。チーズトッピングを選んだのもメニューに人気1位とデカデカ書いてあったからにすぎない。おもむろにいかにもハイカロリーな豚丼を口に運ぶ。
「うま!」
このクオリティー、サラダつけても800円しないコストパフォーマンスに驚いた。ゆっくり味わいつつ食べ進めていく。少年ほどではなかったが優美もあっという間に豚丼とサラダをたいらげた。
優美が食べ終わっても少年はまだ電話から戻ってこなかった。
「おそいなー」
そう呟きながらチラッと店の外に目をやると優美に衝撃が走った。少年の姿がどこにもなかったのだ。
「うそ!」
慌てて店の外に出ようとしたがすかさず店員が駆け寄ってきた。
「お客様困ります。ちゃんと料金を払っていただかないと‥」
「いや、一緒にいた人が‥いえ、払います。おいくらですか?」
「合計1750円になります‥はい、ちょうどお預かりします。ありがとうございました!」
しぶしぶ会計を済ませ、なんともやりきれない思いで優美は店を出た。東京では道を教えてくれた人に食事をご馳走しないといけないのだろうか。
もう二度と知らない人に道は聞くまい。そう心に誓った優美であった。帰りは苦手なスマホを使ってなんとか越してきたばかりのアパートに帰り着いた。
二階建ての古びたアパートで学園の徒歩圏内には変な時期の転校ということもあってか,良い部屋は残っておらずもうここしか無かったのだ。しかしお嬢様育ちの優美にはとても新鮮な生活ではあった。
部屋にはあまり荷物はなく若い女子の部屋としてはやや物寂しいものだった。
入学初日から模擬戦をしたり道を訪ねた少年のご飯代を払わさせらたり盛りだくさんな1日だったからか疲れているようだった。
シャワーを済ませて部屋着に着替えるとそのままベッドに入った。
父親のこと、一条家のこと、15歳の娘には背負い切れないほど大変な中に優美は今置かれている。しかし今日の模擬戦は第一歩としては大きなものだったと言えるだろう。
「必ず、この学園で序列一位になってみせる。そうすればうちもきっと‥」
一人きりの部屋でそう呟くと優美はあっという間に眠りについた。
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