空席

 次の月曜日、カノンのいない学校が始まった。

 俺は事情をすでに知っていたが、クラスメイト達はまだ知らなかった。

 先生が朝、事情を説明すると、皆口々にカノンを憐れむような事を言った。


「ええ~! 先生、カノンさんは大丈夫なんですか?」

「どこの病院ですか⁉」

「お見舞い行きたいなぁ……」


 それほど仲良くなかっただろう女子まで、カノンを憐れんでいた。

 日中、あいつが誰と仲が良かったのか、俺はそれを知らないが、この反応を見る限りでは、多少皆と上手くやっていたのだろう。

 人は心にもない事を、問われていない場面では口にしないものだ。

 だから、クラスメイト達のカノンを憐れむ気持ちが、多少なりとも本物なのだという事を俺はわかっていたつもりだった。


 皆、ちゃんと悲しんでいる。

 そう思った。

 だから俺の前に座るこの男・山岸が、こんな言葉を言うとは思わなかったんだ。


「ふぅー……。なんか、俺は少し嬉しいかもしれないわ、木下ぁ」


 山岸は、いつもとは少し違った様子で、振り向きながら俺にそんな事を言ってきた。


「え? そうなのか? ここは残念がる所だと思うんだが」

「うーん……」


 山岸は少し何か思い返しているのか、間をあけてから言葉を続けた。


「隣に可愛い女子がいるとさ、正直ストレスに感じる事ってないか?」

「!」


 ああ、山岸、お前は結構見どころのある奴なのかもしれない。

 俺はそう思ったんだ。


「なんとなくわかるぞ」

「え、ほんとか⁉ だよな、だよな! よかった~、この感覚って俺だけかと思ってたわ! 少しくらい同意してくれる奴がいるとは思ってたけど、まさかそれが木下とはw」

 なんだこいつ。

 やっぱり殴っていいだろうか。

「ストレスっていうか、気疲れみたいな事じゃないのか?」


「そうそれ! 授業中も、なんか妙に神経が隣に向いちゃったりとかしてなw すこーし授業の疲労感が増すんだよ」


「なるほどな。それで最近少し寝てたりしたのか」

「そういう事。正直さー、俺はカノンさんと仲良くなりたいんだけど、勉強だってちゃんとやっていきたいわけよ~」


 なんだ、山岸はやっぱりそこそこ真面目で、そこそこ普通な感覚を持っているんじゃないか。

 山岸を見る俺の目が変わった瞬間だった。


「カノンさん、三か月いないらしいぞ」


 山岸の前では、なんとなくカノンの名前を呼び捨てにできなかった。

 少し恥ずかしかったのかもしれない。


「そうらしいな、木下」


 しかし、山岸は本当にカノンがいなくてもいいと思っているんだろうか。

 山岸の隣の席は、現在誰も座っていなかった。

 どうせ聞くなら今だろうなと思った俺は、山岸にド直球な質問をすることにした。


「山岸って、あいつの事好きだったんじゃないのか」

「え?」


 俺の質問に山岸は、意味がわからない、といった反応を示した。


「あっはっはっは! なんでだよw」


 山岸は、特に顔を赤らめたりはしなかった。

 本心を言い当てられて慌てたりもしなかった。

 俺には予想外の反応だった。

 もっと取り乱すかと思ったのに。


「いやお前、前に俺のところに詰め寄ってきたりしただろ? だからてっきりそうなのかと思ったんだが……?」

「ああ~。違う違う。確かに木下に詰め寄った事あったけど、そういうんじゃないなw」


「じゃあ何なんだよ? 嫉妬じゃなかったのか?」

「嫉妬じゃねぇよw 気持ちを楽にしたかったんだよ、気持ちを」

「楽に?」


「ああ。カノンさんて、うちのクラスでもかなり美人だろ? それで誰と付き合ってるとか、そういう浮いた話も出てきてなかったから、気掛かりだったんだよ」


「だからそれは気になるって事で、好意があったって事なんじゃないのか?」


「好意はそこまでなかったんだぜ? むしろ、早く誰かとくっついてくれねぇかなって、俺は思ってたくらいだ」


「そうだったのか⁉」

「まぁな。彼氏がいてくれたほうが、なんか気持ちが切り替えられるだろ。諦めも付くっていうかw」


 ああ。そういう事か、山岸。

 お前の事を誤解してたよ。


「中途半端に気になるくらいの相手は、さっさと誰かとくっついてくれた方が、俺は気が楽なんだ。もう考えなくて済むっていうか」


 そういう事だったのか。

 俺は山岸の気持ちを完全に誤解していたらしかった。

 俺からすると、山岸はずっとカノンの事が好きで、嫉妬していたのかと思っていたんだが。人の気持ちってわからないもんだよな。


 このクラスで浮きまくっていたはずの爆撃のようなカノンの金髪も、居なくなってしまうとなんだか虚しいものだった。

 紅一点の喪失感。

 女子は他にもいたが、その中でもやっぱりカノンは際立っていたからな。

 ある意味で、爆撃は止み、穏やかになったと言っていいのかもしれない。


 昼休みも放課後も、授業のない時間になると、どこかあいつの存在を気にしている自分がいたんだな、と、今更になって俺は自分の気持ちに気が付いたようだった。

 あいつに恋をしているとかじゃない。

 やっぱり自分とどこか似ている部分を持つ者には、達観したつもりになっている俺でも多少関心が湧くんだろうな。


 俺はその日の昼休み、あいつにメッセージを送信した。


「 授業で出たプリント類はどうするんだ? 家族の人がカノンに届けるのか?」


 俺もずいぶん世話焼きな性格になってしまったな。

 たぶん、誰かがカノンの家にプリントを届ける事になるだろうな。

 メッセージを送信した後、俺は客観的にそう思ったんだ。


 すぐに返信は送られてこないだろうと思い、俺はその日、屋上で昼食を取る事にした。

 なんとなく、昼休みは教室にいたくなかった。


 というより、誰もいない所でご飯を食べたい気分だったんだ。

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