第24話 アリスの友達
ザシキワラシまた女の児なることあり。同じ山口なる旧家にて山口孫左衛門という家には、童女の神二人いませりということを久しく言い伝えたりしが、或る年同じ村の何某という男、町より帰るとて
――遠野物語18
アリスが友達だという、明らかに年の離れた少女。こけしのようなおかっぱと古典柄の着物という古めかしい出で立ち。総司郎に座敷童子、と呼ばれた少女は目を伏せて頷いた。
「そう呼ばれることもあります」
「……やっぱりそうだったのね」
思い当たるところがあったのか、アリスはゆっくりと頷いた。
「アリスさん……やっぱり、って」
黙り込んでしまった彼女に、晴臣は問いかける。アリスは少し迷うように視線を落としたが、やがて口を開いた。
「小さい頃、きくは私の家にいたのよ。誰に聞いてもそんなのいないって笑われたけど……私にだけ見える友達だったの。きくは何でも話せる、一番の友達だった。学校にもあまり友達はいなかったけど……きくだけは仲良くしてくれた」
滔々と語られるアリスの昔話に、一同は口を挟まず耳を傾けていた。普段自分のことを語ることのない彼女の話は、遮ってはいけない気がしたからだった。
でも、とアリスは続ける。
「私が十歳の時、きくは突然いなくなった。どこを探してもいなくて……そのうち両親が離婚して、母が病気になって……探すどころじゃなくなったの」
語り終え、目を伏せるアリス。
その話から何かを思い当たったように、総司郎は眼鏡をかけ直して説明を加えた。
「座敷童子は言わずと知れた、屋敷に住まう少年や少女の怪異です。彼らがいる家は栄えますが、逆に出て行かれるとその家は没落してしまう。遠野物語では座敷童子に出て行かれてキノコの毒にあたり、一族郎党死に絶えた孫左衛門という男が出てきます」
その話を聞き、夢路の中で昨日の尾行で得た情報が線で繋がった気がした。
アリスの妹から聞かされた、飛鳥原家の貧しい家庭環境の話が脳裏に浮かぶ。あれはきくが出て行ったことによるものなのかもしれなかった。
「先月偶然、山の中で見つけて……どうして出て行っちゃったのか聞かないと、って……ねえきく、私何か悪いことした?」
きくの赤い着物に縋るように、アリスはしゃがみ込んだ。その潤んだ瞳を、座敷童子の少女は悲しそうに見返している。
「わたくしは……わたくし達はいつまでも同じお屋敷には留まらず、いずれ出て行くさだめなのです。……あの時、小さかった貴女がわたくしに何を言ったとしても、出て行くことは止められなかったでしょう。そうやって、悠久の時を生きてきましたから」
「……」
「でも……再び相まみえて嬉しゅうございます。わたくしを追うて来てくれたということなら尚更。……大きゅうなりましたね、お嬢様」
そう言って、きくは初めて微笑んだ。それまでの無機質な表情に突き放されるような思いがしていたアリスの頬に、涙が伝う。彼女は笑って、座敷童子の少女を抱きしめた。
「……本当、こんな年になるまで探すと思わなかったわよ……! 急にいなくなったりして……もう、今度からいなくなる時は一言言ってよね……」
赤い着物に顔を埋めて、アリスは泣いた。きくはその背を優しく撫でる。その姿はどちらが大人か分からないほどだったが、十数年の時を超え親友と再会できた彼女の涙に水を差そうという者はいなかった。
しばらくそうしていて、夢路が茶化すように口を開く。
「メイク崩れてんぞ、アリス」
「うるさいわね! 今日くらいは良いでしょ」
振り向いたアリスの目鼻は赤かったが、いつもの調子の彼女に夢路は口の端を曲げて笑った。
きくは新たに宿る家を探すといい、山中の闇へ消えていった。
「家が決まったら教えなさいよ。絶対よ」
「ええ。お嬢様もお元気で」
赤い着物の後ろ姿を、一行は見えなくなるまで見つめていた。
「……さていつまでもこうしていられません。ヤマハハに見つかる前に山を下りましょう」
総司郎の提案ももっともだった。時刻は八時に迫ろうとしていた。オシラサマ二人と別れ、一行は山を降りた。
「いやー、今日は思いもよらず大漁だったな」
夢路はこっそり撮影していたきくの写真を眺めながら満足げに呟いた。画面には儚げに目を伏せる美しいおかっぱの少女が写っている。
「いつの間に……抜け目ねえな」
横から覗き込む晴臣は呆れた。しかし今日だけで馬男、カヨ、きくの三名の参加を(半強制的に)取り付け、ミスター&ミスコンの開催が危ぶまれることはもうなさそうだった。
「河童、嘉兵衛、サダ、馬男、カヨ、きく……豪華メンバー揃い踏みだねえ」
「この世の人間が一人もいませんけどね」
琴子と総司郎も頷いた。生ける人間の娯楽のために妖怪や幽霊が身体を張ることになろうとは、学祭の来場客もあずかり知らぬところであるだろう。
先頭を歩いていたアリスはというと、先程子供のように泣いた気恥ずかしさを思い出したのか、少しバツが悪そうにボソボソと言う。
「その……今日は、世話かけたわね。こんな時間に、こんな山奥まで探しに来るなんて」
「アリスちゃんが無事で良かったからオールOKだよー」
屈託なく笑う琴子にアリスは余計に照れ臭そうに俯いた。
そんな彼女を茶化すように、夢路はニヤニヤ笑う。
「急にしおらしいじゃねえか。ラーメン奢れラーメン」
「あんたはいい加減年上を敬って……はあ、まあいいわ。皆、今日は私が奢るからどっか行くわよ」
「おや、良いのですか」
「おお、やったなゆめ」
総司郎と晴臣もそう続く。当の夢路は唇を尖らせる。
「えーいいよ釜石線すぐ終電なくなるから」
「奢れって言ったのはあんたじゃない! 人が奢ろうって言ってんだから素直について来なさい!」
「うえー」
照れ隠しなのか半ば強引に、四人は委員長の手によって街灯りに向かい引き摺られていく。いつもの調子を取り戻したアリスはどこか楽しそうだった。
夢路は己の腕に残された殴り書きの事を一旦忘れることにして、その背を追いかけた。
Entry number.3 馬頭の神と座敷童子【了】
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